Vol.544-1/4 傷つき乱れた心を‥<史跡探訪-こんぴら周辺編02:まんのう町> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

新居宮池の動静

先報の続きですが、会話は「私:よく分からないが」、「ご婦人:私は昨日、ご近所の方にお聞きしたのですが、お釈迦様が寝ている姿に見えませんか」、「私:そのように見ると、見えます。顔の部分で少し落ち込んでいるのは眼ですかねぇ~」、「ご婦人:そう言われれば、そのように見えます」といった内容でした。もう一度、ご覧ください。

 

宮池と涅槃仏(国分台、猪尻山、五色台-青峰)

宮池と涅槃仏(説明)、阿蘇の大自然が生み出した神々しいお釈迦様の涅槃像。

 
 
 

沁みる言葉

傷つき乱れた心を調える

 

日本大衆文学の草分けの一人に、平山蘆江(ろこう)(1882-1953)がいる。

その蘆江の都々逸の代表作は、----このあたり/いつも二人で歩いたところ/思ひ出しては/廻り道、である。東京・目黒の五百羅漢寺に歌碑があるらしい。

 

この廻り道するのは誰か---

訳ありの女と別れた男なのか、あるいは、連れ合いに不意に先立たれた男か---。いずれにせよ、ややうつむき加減に歩く後姿がイメージされる。暗いといえば暗いし、未練がましいかも知れないが、この世にある限り、思ってもみなかった不可解な別れに、人は弄(もてあそ)ばれる

 

そんな時はしばらく、過ぎ去った日の思い出に身を委ね、ひたり切るようにしたいと思う。

私たちの社会はまだ「若さや明るさだけに価値がある」と考えているから、暗くて未練がましいイメージは、良くないが、輝いた一瞬を頼りに、怖ず怖ずとでも歩いて行けるから、遠慮などは要らない。

廻り道は、傷ついて乱れた心を調える道でもあるからだ。

 
 

Walking & Potteringの風景

国道377号線と高松自動車道の交錯地点-観音寺市大野原町大野原、豊浜町和田。

 

豊浜南部集会所、和田小学校跡碑(観音寺市豊浜町)

 

五十鈴神社(観音寺市豊浜町和田)

 

国祐寺(観音寺市豊浜町和田)

 

獅子ケ鼻城木戸口、獅子鼻城址の石碑(観音寺市豊浜町和田)

 

院内貝塚、姥ケ懐池(観音寺市豊浜町和田)

 

 
 

Flower arrangement

 
 

頭上に広がる空間、空(そら)

 
 
A seasonal flower

史跡巡りの山中出会ったスイカズラ()

別名はニンドウ(忍冬)、冬場を耐え忍ぶ事からこの名がついた。5-7月に咲き、甘い香りがある。花弁は筒状で、先の方は上下2枚の唇状に分かれ上唇はさらに4裂、はじめ白いが徐々に黄色くなる。そのため、一つの枝に白い花と黄色い花が同居することが珍しくない。

 
 
史跡巡りの道中出会った庭石菖(にわぜきしょう)
北アメリカ原産で、1890年頃に渡来した。開花時期は5月上旬~6月末頃で、きれいな白または紅紫色の小さい花が咲く。
葉が石菖(せきしょう)というサトイモ科の植物に似ていて、庭によく生えるところから、庭石菖の名になった。

 

JR端岡駅構内いていたユッカ

春と秋に二度咲きする。秋の花は、9月下旬頃から咲き出すものと、11月になってから咲き出すものに分かれるようだ。さらにそれが年を越して咲きつづけるものもある。アメリカ大陸が原産で、1596年にイギリスに渡り、日本へは明治中期に渡来した。葉は先端が尖り、固い。

お椀を逆さにしたような白い花がたくさん咲く。

 

 

ウォキングコスのおいている蛍袋

開花時期は6月上旬~6月末頃で、まさに「袋」形の花である。英語では「bellflower(鐘の花)」という。名前は、「花の中に蛍を閉じ込めると、その明かりが外へ透けて見える」ところからきているらしい。

 

 

史跡巡りの道中出会った季節外れの御柳梅(ごりゅうばい)

Vo522(2018.02.15)で掲載、冬から春が花期だが何かの巡り合わせで出会ったので掲載する。

 
 

akijiiの塗絵-(102)

写仏-22.重源上人坐像(ちょうげんしょうにんざぞう)  

東大寺復興に尽くした、お坊さんのリアルな像

東大寺俊乗堂(とうだいじ・しゅんじょうどう)(奈良県)-1951年・国宝指定

 

 

 

引き続き、Vol.544-2/4をご覧ください。