Vol.369-2/3続けてご覧ください。
▼探勝の道-8
▼茶花の里の説明板、しょうぶ園と八ツ橋
ぽっかりと現れたる池は「白蓮池」で、以前は白い蓮の花が咲き誇っていたことからこの名前になったとのことである。
▼探勝の道-9、白蓮池(びゃくれんいけ)
▼探勝の道-10
▼漱玉爆(そうぎょくばく)、探勝の道-11
まるで山のおへそのように丸くて大きな岩に「如々」と刻み込まれたのが山臍石で、「如々」とは変わらない平等と真実を表す真理の言葉で、竹林上人が自ら刻み込んだそうだ。曼荼羅巌とあわせて竹林上人が芸術的な才能に溢れていたことがわかる。
▼探勝の道-12、山臍石(さんせいせき)
▼探勝の道-13、水楽台(すいらくだい)
しばらく歩くと大きな岩の壁が現れるが、これが「曼荼羅巌」で。この岩には大きく阿修羅の「阿」という梵字が刻み込まれている。「阿(あ)」とは仏教で最も尊い大日如来のことを指すという。
▼探勝の道-14、曼荼羅巖(まんだらがん)-1
▼曼荼羅巖-2
見えて来たのが「兎渓橋」。なぜ兎?なのか、近づいてみるとよくわかる。
二つの石が自然と重なりあって橋になっていて、うさぎのようにぴょんぴょんと渓谷飛び越えなければいけないので兎渓橋というわけだ。
▼兎渓橋(とけいきょう) 、探勝の道-15
▼浣花渓(かんかけい)、長嘯岩(ちょうしょうがん)
▼獅子洞(ししどう)、碧落碑(へきらくひ)
独楽堂では竹谷問答百巻を書き「とにかくに思いなければほうろくの尻は焼けても胸はこがさず」の歌を作り、友人を招いては仏話や文学に花を咲かせた。「遊僊石」は竹林上人が座りの時間を過ごした場所で、後世の人々が竹林上人を偲び、竹の模様を彫り込んであり、そこに貯まった水は大変風流である。
▼遊僊石(ゆうせんせき)、独楽堂跡(どくらくどうあと)
▼有無橋、独木橋(どくぼくきょう)
▼竹林上人と萬竹園(ばんちくえん)の説明板、閼伽泉(あかせん)
▼高松自動車道の下は工事中で通行禁止、高松自動車道(三木トンネル)
▼間川跨道橋(こどうきょう)へ向かう
▼雲附山登山口、間川跨道橋に着いた
▼志度IC(東)の方向、さぬき三木IC(西)の方向
▼ことでん志度駅へ向かう-1
▼ことでん志度駅へ向かう-2、間川32勝の駐車場への入口を通過
▼ことでん志度駅へ向かう-3
▼ことでん志度駅へ向かう-4
▼ことでん志度駅へ向かう-5
▼ことでん志度駅へ向かう-6
▼ことでん志度駅へ向かう-7、ことでん志度駅に到着・帰宅の途に就く
JR志度駅から、JRで帰宅した。
▶▶▶▶▶▶ 今報了◀◀◀◀◀◀