Vol.364-3/3 一時の成功で<ふるさと健康のみち-01:盆栽といん石のまち(国分寺町)> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

Vol.364-2/3に続けてご覧ください。

▼下山-1、下山-2(ロープ伝い)
  
▼国分寺町新居の町並み、新居宮池の望遠景
  
▼下山-3(笹漕ぎ)、ハイキングコースへ降りた
  
▼讃岐国分寺跡へ向かう-1
  
▼讃岐国分寺跡へ向かう-2(白峯寺・根香寺への遍路道入口付近)-3
  
▼左()側に大禿山、白峯寺へ5.4kmの道標
  
▼四国のみちの指導標、讃岐国分寺跡へ向かう-4
  
▼讃岐国分寺跡へ向かう-5(東奥集会所を左折)-6
  
▼左側に御厩富士(六ツ目山)、右側に連光寺山
  
▼讃岐国分寺跡へ向かう-7
  

奈良時代の寺域は南北240m・東西220mで、現在の国分寺や東隣にある宝林寺を含んでいる。伽藍は大安寺大官大寺式伽藍配置で、中門・金堂・講堂が南北一直線上に並び、中門と金堂を回廊で結んだ内側の区画の東側に塔が建てられていた。遺構の保存状況はよく金堂、七重塔などの礎石が原位置に残っている。


現在、国分寺の本堂は奈良時代の講堂跡に建ち、現本堂はこの礎石を再利用している。他に、回廊・僧房・鐘楼・掘立柱建物・築地塀の遺構が発掘で確認されているほか、中門・南大門があったと推定される。

旧伽藍跡は遺跡公園として整備され、奈良時代の伽藍が縮尺10分の1の石造模型で再現されているほか、築地塀の一部が実物大で復元されている。また、僧房跡は残存状況が良好で遺構を覆屋で覆い、建物の一部が復元されている。


▼讃岐国分寺跡-1:僧房跡・覆屋 築地塀(ついじべい)
  
▼讃岐国分寺跡-2:伽藍配置模型
  

仁王門をくぐり八十八ケ所の石像が両脇に並ぶ参道を進むと、左に閻魔堂があり右に四国最古の釣鐘があり、更に行くと礎石の並ぶ間を行き小さな橋を渡ると正面に本堂が立つ。本堂の右手を進むと白い多宝塔があり、それが大師堂である。その右の門から店内に入るとそこが大師堂拝殿である。

▼第80番札所:讃岐国分寺に着く、讃岐国分寺-1:仁王門
  
▼讃岐国分寺-2:境内の礎石 鐘楼
  
▼讃岐国分寺-4:本堂、大師堂
  

世界遺産登録推進協議会の活動や4県の取組み、「四国遍路」の魅力を地図や写真で表現したパンフレットが作成され、活動の取組みや四国遍路の魅力を紹介することで、世界遺産暫定一覧表への記載に向けた機運の醸成を図り、「四国遍路」の世界遺産登録に広く多くの理解と協力を求めている。

▼四国88ケ所(開創1200)の幕、四国88ケ所(世界遺産登録へ)の幕
  

讃岐国分寺跡資料館は、特別史跡讃岐国分寺跡保存整備事業の一環として平成5年に開館した資料館で、史跡指定地から東へ約50mの場所に建設され、発掘調査で出土した瓦・土器・金属器などを展示し、讃岐国分寺創建時の金堂模型(1/20)やイラストパネル等を使って分かり易く説明している。映像学習室では、アニメーションを取り入れた讃岐国分寺跡のVTR(7:30)を見ることができる。

▼讃岐国分寺跡資料館
  
▼帰宅の途-1:左に国分台、右にだんご山3兄弟と堂山
  
▼帰宅の途-2、帰宅の途-3:左に大禿山と奥に猪尻山
  
▼帰宅の途-4、帰宅は直ぐそこだ(お疲れ様!)
  

▶▶▶▶▶▶ 今報了◀◀◀◀◀◀