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新居宮池とWalking &
Potteringの風景
2015年も宮池の池面のように穏やかな一年を祈願する。
<どう捉え、どう考えるべきか>
安岡とドラッカーの言葉に学ぶ-1/3。
2015年頭から、今なお多くの人々に影響を与え続ける二人の巨人について取り上げてみます。
安岡正篤とPFドラッカー両氏の言葉を通じて、両者の教えの共通点を3回で見て行ってみよう。
その後、マネジメントに関し諸識者や先輩方のご教授を基盤とした私事の想いを、当時を振り返りながら18回で綴ってみたいと思っています。
以前に掲載した内容が一部あるかも知れませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
第一回は、「活学、実践こそが教えの基本である」
人々は意識しないけれども、何か真剣で真実なるものを求めるようになる。これが良知というもので、人間である以上誰もが本具するところであります。知良知(ちりょうち)とは、その良知を発揮することであり、それを観念の遊戯ではなくて、実践するのが知行合一であります。
(安岡正篤「人生と陽明学」)
自らを、成果をあげる存在にできるのは、自らだけである。(中略)したがってまず果たすべき責任は、自らのために最高のものを引き出すことである。人は、自らがもつものでしか仕事はできない。
(ドラッカー「非営利組織の経営」)
知識とは、それ自体が目的ではなく、行動するための道具である。
(ドラッカー「既に起こった未来」)
両者の著作は膨大ですが、その教えの根本は活学であり、実践である点で一致している。
さらに二人の教えは、学びの手法でも共通している。
一度古人に師友を求めるならば、それこそ真に蘇生の思いがするであろう。
(安岡正篤「いかに生くべきか」)
理論化に入る前に、現実の企業の活動と行動を観察したい。
(ドラッカー「現代の経営(上)」)
自分を知り、自分をつくすことほど、むずかしいことはない。自分がどういう素質、能力を天賦されているか、それを称して「命(めい)」という。これを知るのを「知命(ちめい)」という。知ってこれを完全に発揮してゆくのを「立命(りつめい)」という。
(安岡正篤「安岡正篤一日一言」)
自らの成長のために最も優先すべきは卓越性の追求である。そこから充実と自信が生まれる。能力は、仕事の質を変えるだけでなく人間そのものを変えるがゆえに重大な意味をもつ。能力なくしては、優れた仕事はありえず、自信もありえず、人としての成長もありえない。
(ドラッカー「非営利組織の経営」)
安岡の説く「知命」「立命」は、ドラッカーの「自分の持っているものを発現させる」「卓越性の追求によって社会の役に立つ」という言葉によって、より現代人にも分かりやすい教えに転換されている。
A seasonal flower
ウォーキングコースに実をつけていた南天
開花時期は6月中旬から7月上旬で、中国原産。花は比較的地味な白い花、真ん中は黄色。
漢名の「南天燭」を略して「南天」。「なんてん」は「南天」を音読みしたもの。
秋に赤い実をつけ、鳥が食べない限り冬中見ることができる。鳥の大好物のようだ。
実を乾燥させたものには「せき」止めの効き目がある。また、葉には「ナンジニン」という成分を含み、殺菌効果がある。福寿草の花と南天の実とセットで「難を転じて福となす」という縁起物の飾り付けが されることがある。特にお正月に多い。また、無病息災を願う、「南天の箸(はし)」というのもある。
防火・厄除けとして庭先や鬼門にも植えられる。
<Flower arrangement>
今に息づく その時 あの言葉 その時 歴史が動いた
この身 滅ぼすべし 、 この志 奪ふべからず 山本五十六
1941(昭和16)年1月7日 山本五十六 真珠湾攻撃の作戦書を提出
駐米武官としてアメリカを視察し、圧倒的な国力を見た山本五十六は、対米戦は日本を破滅させると確信。軍部強硬派に命を狙われ、死を覚悟し遺書をしたためながらも、非戦論を訴え続ける。
しかし皮肉にも、山本は連合艦隊司令長官として戦争を指揮することとなる。苦悩しながらも使命を全うすると決意した山本はこの日、アメリカの軍事拠点・真珠湾を航空部隊で撃破する作戦を発表。
この前代未聞の作戦で、山本は戦争を短期終結させ日本を多大な犠牲から守ろうとしたが、狙いは外れ戦争は長期化。日本に悲劇がもたらされることとなる。
<Akijii展、作品-117>
今報はシェイプアートの「獅子舞」です。
引き続き、Vol.303-2/2をご覧ください。