Vol.295-1/2 心の道しるべ④。<想いdeフォトシリーズ1-⑱:新居宮池一年の移ろい> | akijii(あきジイ)Walking & Potteringフォト日記

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「凡に中なる、これ非凡なり」(論語)、「何事も自分に始まり、自分に終わる。自分を救う道は自分以外ない」(夏目漱石の言葉)を座右の銘に、我流(感性だけ)の写真を添えて日記を綴る。

今報の雑学  水戸光圀が「黄門」様と呼ばれるのはなぜか

元禄13(1700)126日、水戸光圀死す(亨年72)

    水戸光圀は徳川御三家のひとつ、水戸藩の二代藩主で、一般には「水戸黄門」あるいは「黄門様」の名で知られている。テレビ番組などでおなじみの水戸黄門は、悪人を前にして、おもむろに葵の御紋をふところから出し、「余は先の中納言、天下の副将軍なるぞ」の名文句をはく。このセリフでも解るように、水戸光圀は隠居前、中納言(権中納言)の職にあった。中納言というのは太政官の次官にあたり、中国ではその中納言に相当する職務の者を「黄門」と呼んでいた。ちなみに、黄門という言葉の由来は、宮中の門が黄色く塗られていて、そこから出入りしたからだという。水戸光圀が「黄門」と呼ばれるのはこのためだが、黄門=中納言は勿論、彼ひとりではなく、常に810人ぐらいいた。また、例の諸国漫遊記は単なる作り話で、著作活動に専念していた黄門様には、のんびり各地を歩き回る余裕などはなかった。 

 

Flower arrangement
 

<どう捉え、どう考えるべきか>

佐藤 初女(森のイスキア主宰)「いのちのことば=心の道しるべ」の4回目は、「「有言行」ではなく「行有言」で」「づいたことから、まず行する」「理屈で自分をまもらないで」「おとなは子どものお手本となるように」を紹介します。

 

056.「有言実行」ではなく「実行有言」で

<森のイスキア>のスタッフが私のことを「しゃべったことをやっている人だ」と言ったんですよね。でも私は「やったことをしゃべっているのよ」と言ったんです。私は言葉より、行動が先なのね。

今みたいな大変なときだからこそ、これは大事なことだと思います。

言葉であれこれ言う前に、まず行動。黙ってやればいいです。

 

061.気づいたことから、まず実行する

どんなことでもやらないよりは、とにかく一歩でもいいから踏み出すこと。

「私にはこんなことしかできない」と思ってやらないと言う人もいますけれど、それは大きな間違いです。

行動すれば、そこからすべて変わります。

 

124.理屈で自分をまもらないで

なにか相談に来ても、すんなりと「そうですか」「はい」って口にできる人は変われるけれど、「でも」「だって」とか、「私の場合は違うんです」「経験していないとわからないですよ」と言っている人は、いつまでもそこにとどまって、自分で自分を囲っているんです。

素直に受けとめられる人は、変われる人です。

 

084.おとなは子どものお手本となるように

おとなの姿を見て、子どもがその通りに真似をする。

おとなの行動そのものが、ぜんぶ子どもに受け継がれていくんですから。

子どもを叱るばかりではだめなんです。

 

 

新居宮池とWalking & Potteringの風景

水鳥軍団が泳ぐ宮池。

朝靄に包まれるだんご3兄弟。

  

 

A seasonal flower

最寄りのJR陸橋の下にいていたユッカ蘭(厚葉君が代蘭あつばきみがよらん)

  

竜舌蘭(りゅうぜつらん)科。開花時期は、5月下旬~6月中旬(二度咲き→9月下旬~11月末頃)春と秋に二度咲きする。秋の花は、9月下旬頃から咲き出すものと、11月になってから咲き出すものに分かれるようだ。さらにそれが年を越して咲きつづけるものもある。アメリカ大陸が原産で、1596年にイギリスに渡り、日本へは明治中期に渡来した。葉は先端が尖り、固い。白い、おわんを逆さにしたような花が たくさん咲く。一つ一つの花が重いため、花柱が倒れてしまうこともある。

別名「厚葉君が代蘭」(あつばきみがよらん)。学名が「Yucca gloriosa」で「gloriosa」が「立派な、栄光ある」という意味があり、そこから立派な和名がつけられた。

  

 

Akijii展、再展示

今報はシェイプアートの「わら帽子」です。
 

引き続き、Vol.295-2/2をご覧ください。