私の住んでいる町の広報誌には、毎月地域の保育園児の将来の夢を掲載しているページがあって、今月号に長男・二男の通う保育園が出ていてました。
そこで、今長男が将来なりたいと思っている職業は、“やおやさん”だということが判明しました。
以前は、おもちゃやさんだったのにと思いながら、「へえ~。そうか?」って感じです。
何を見て、そう思ったのでしょう。
最近は、八百屋さんを見ることが少なくなったので、絵本とかの影響かな?
だけど、妻のリアクションが。
「え~?本当に?いいの?八百屋さんが。」
この反応は良くないでしょう?
長男の中で八百屋営業は、無くなったと推測されます。
キャリア・カウンセラーの私は、自身の生い立ちを話すのが精一杯でした。(失格!)
長男の八百屋で思い出したのですが、私の祖父母は街路市(八百屋系)を出していました。(私が中学生2年生の頃まで)
そこで、私は小さい頃からずっーと手伝っていました。(小学低学年時は手伝いになっていたかは不明)
小学校に入る前後くらいだったか?祖母が「座ってても、つまらんやろう?あそこで、キュウリ売っておいで」に、拒否もせず、祖父母の店から30Mくらい離れたところに、ビーチパラソルに手押し車で、店を出していました。
お金の計算ができないものですから、キュウリ1かご100円に設定してもらって、売りにでました。
可愛い子が売っていると、結構買ってくれましたね。
祖父母の店よりもキュウリの売上げは良かったはず。
3週くらい続けたでしょうか。
来ましたね。やっぱり!
おまわりさん。
「ぼく、ぼく、お家の人は?」
何事かと、人だかりが形成され、何がなんだかわからず、
「あそこ!」と指をさす私。
警察官は、祖父母に説教していました。
で、敢え無く撤収。
そりゃあ、そうです。
お肉屋さんの店先だったし、営業許可も取ってないし、今なら児童虐待でしょう。
どんな説教されたのか、確認しなかったのが、心残りです。
あの街路市の経験は、すごく良い思い出となっています。
お昼には、近くの喫茶店に行き、焼きめしを食べて、その後にはフルーツパフェ。
それが、楽しみで行っていたのかも。
でも、売ることは楽しかったです。
数ある街路市の中から、我が家の店を選んでくれたり、お得意さんになってくれているというのが嬉しかったし、「ありがとう」って返ってくる言葉もやりがいを感じていました。
あと、「僕、偉いねえ」なんていうお客さんの褒め言葉もかなりモチベを上げてくれました。
だから、「ありがとう」って言いましょう。
子供には、積極的な声掛けをしましょう。
反応が無くても、喜んでくれています。
高校生でも小売業でアルバイトをしている生徒は、『「ありがとう」って喜んでくれるのが嬉しいから、接客をしたい』って言いますから。
そんな些細なことでも、職業観の形成に役立ちます。
社会で子供を育てましょう。
再来年から、全中学生のインターンシップが始まります。
大人の関わり方次第で、その成果は大きく変わってくると思います。
大人、そして社会の名誉挽回のチャンスだと思います。
その街路市周辺も今は、都市開発のあおりですっかり様変わりしています。
楽しみだったフルーツパフェを出してくれた喫茶店も営業していません。
もちろん、祖父母が出店していた場所には、その名残さえもありません。
なにより、祖父は他界し、祖母は寝たきり状態。
何だかね。
私のルーツがだんだん消えていくようで、寂しい気持ちです。
私の歩んで来た足跡が無くなっていくような。
人間は、そんな思いを乗り越えて、進化し続けなければならないのでしょうかね?
『足跡は心の中へ』って感じでしょうか。
子供の将来の夢から、私の郷愁話になってしまいました。