シンクロニシティを感じさせる出来事があった。
昨日宣言してしまったので、「理想の上司とは?」について書かなければ、と今日一日中、考えていた。(まとまらなかったが…)
ところが、子供を寝かせ付けるまでの間に、昨日コーチングセミナーで借りて来たコーチングの本を読むべく、昨日の続きを開けたところが、「管理職とは?」のような章だった。(やっぱり想いは通じる)
教員にとって上司とは、校長、教頭、事務長のいわゆる学校では管理職と呼ばれる方たちが、その他大勢の平教員から見れば、上司ということになるだろうが、他にも私のような者からすれば、学科長、公務分掌上の部長あたりも上司(中間管理職的な立場かな?)というような位置づけをしている。
今回は絞って、理想の校長について私見を述べてみたい。
理想の校長や学科長というのは、これまで接してきて、「この校長(学科長)いいなあ」、「この校長(学科長)のここがいいなあ」「この校長(学科長)のここを直したらいいのに」なんていう経験から私なりに築きあげたものである。
(コーチングの本の内容はすごく良かったのだが、ここではそれを忘れることにした)
まずは校長から。
今まで6人の校長に仕えてきたが、やはりNo1はトータルでR校長。
私はこの校長に仕えることで、「校長が変われば、学校が変わる」を経験した。
R校長は、教諭の頃から「この人のことを悪く言う人を見たことがない」というような人物である。
どんなに人物的にも能力的にも優れた人でも、100人その人を知っている人がいれば、1人くらい、悪く言う人がいても良さそうなのに、本当にいないのである。
ただ温厚というだけでなく、喧嘩もする。
だけど、禍根を残さないので、相手の方も後になって、「悪かった」と謝るし、しばらくすると尊敬の念に変わっていたりする。
抽象的に紹介したが、具体的に言うと、
まず、想いというのが、わかりやすい。
すごく生徒に目線をあわせ、大事にするし、生徒の可能性を信じていて、肯定的に捉えているというのが、言動の端々で、ひしひしと伝わってくるのである。
それを確信したのが、飲み会の3次会くらいだったか(みんな大酔い)、ある教師が、「うちの生徒は馬鹿ばっかりだから、そんなの無理!」っていうことを言った瞬間、R校長は持っていたコップをテーブルに叩き付け、「馬鹿な生徒は1人も合格させてない!」って。
感動したね。
酒はいつもニコニコ飲む人が、キレたわけだから、余計にインパクトがあった。
飲み会では、どんなにへべれけでも、必ず最後までつきあい、一緒にストレスを解消しあうような庶民的な校長でした。(もともと酒は好きだったのだが)
私らのような者の前でも、飾らず、包み隠さず、ありのままを見せてくれるような方で、信用もおけた。
それから、話しやすかったというのもある。
今、カウンセリングやコーチングを学び、コミュニケーションの重要性に気付いたわけだが、きちんとそれができていた。
「聴いてくれてる」って感じがした。
で、私どもの「こうしたい」を精一杯叶えようとしてくれた。
「あ~、R校長、もういいって」ってこっちが言いたくなるくらいに。
そりゃ、そこまで、校長が必死になってくれたら、こっちも「頑張らなきゃ」「やらなきゃあ」って思う。
その時に感じたのは、「さすが、委員会上がりの校長ではないな!」ということ。
もちろん、委員会上がりでないがために、制度を知らず、不利益を被ることもあったかもしれない。
でもね、私らはそれでもいい。
現場の声をくみ取り、それを叶えるために、必死になってくれたら。
その気持ちだけで、一生懸命になれるし、様々な課題にも、“この校長と一緒なら立ち向かえる”って気になれるから。
特に、「こうしたい」とか「こうありたい」っていうビジョンを語ることは無かったように思うのだが、日々の姿勢で、それは感じ取れた。
むしろ、我々の「こうしたい」をビジョンに据えるという感覚だったのかもしれない。
(あれま!こういう校長の下だったら、「平教員が変われば学校も変わる」んだ)
(本当は、モチベを上げているのも、下げているのも自分自身で、校長の責任にしてはいけないんだな)
それと
高校くらいになると、校長と生徒との間にはすごく遠い距離があると思うのだが、「あの校長、良いね」なんていう声をよく聞いた。
「なぜそう思う?」って聞くと、
「親しみやすいし、一生懸命って感じがする。僕らのことを考えてくれてるような感じがする」と。
集会や、式典、校長訓戒などでしか校長の話を聞く機会なんて無いと思うのだが、生徒も感じるんだなと。
R校長の素晴らしかったところは、みんなに分かる軸を持っていたし、それがぶれなかったところかな?
まだまだR校長については、語り足りない。
でもうまく表現できない。
文章能力ゼロだな。