日本キャリア開発協会から、機関誌が届いた。

そこに、機関誌とは別に1枚きりの「キャリアカウンセラー向上応援レポート」なる企画広告が同封されていた。

「キャリアカウンセラーも差別化、専門家の時代へ」「キャリアカウンセラーがこぞってNLP(神経言語プログラミング)を選ぶ理由」「NLPが企業研修でどのように活かされているか」などが紹介されていた。


キャリアカウンセラーの勉強を始めた頃から、興味・関心を持っていたが、こうして提示されると、ますます学びたくなってくる。


しかし、そこでふと、セルフコーチングしてしまった。

「それを得たら、お前はどうなる?」「何に活かす?」って。

もちろん、「カウンセリング技術を高め、生徒の夢を紡ぐため!」や「自己実現(夢の実現)のため!」って真っ先に出てくる。

しかし 他にも、「エンプロイアビリティを高めるため!」っていうのも出てきたりするんだ、これが。

矛盾してない?って自分に問うてる。


教師力を高めるためでしょうが!

その一方で、エンプロイアビリティを高めるためってどういうこと?

転職も考えてるの?って。


キャリアカウンセラー養成講座内で、職務経歴書を書いてくるっていう宿題があって、13年間教師やって来た私には、書けることが無く、お粗末な職務経歴書になってしまい、「ダメだなあ、教師って」って思わされた経験がある。

「そんな奴に、これから社会に出る高校生を指導する資格なんか無い」って。

そこのあたりから芽生えだしてきた考えが、「転職もいいかも」。


おい、おい、マジか?って感じ。

ものすごく不純というか、はっきり絞れてなく、目標があいまい。


確かに、NLPは「自己実現をしていくためのツール」でもあるので、ただ純粋に、学ぶことではOKなのだが。


しかし、なんか符に落ちない。

(コーチを雇う必要があるかも?)


というよりも、受講のための軍資金もない。


最も。

今、キャリアカウンセリングしてもらうと、「教師が、適職であり、天職に一番近い(kazuo-fさんの記事より引用)」という結果になるのは間違いない。


てなことで、NLPは、自主学習していこう!っと。

(でも、短時間でいいから、聴いてみたい)

では、(妻が)「振り込め詐欺」に遭った話。


1年前の秋、午前11時頃、入電。

「○○高校の教頭の△です。

実はご主人が2年1組の○○という女子生徒に婦女暴行をはたらいたということが判明しまして、

今警察で取り調べを受けています。

取り調べ中で、話もできない状態なんですが、

ご主人は罪を認め、泣きながら『一からやり直す』と言っています。

その被害生徒が自殺未遂を図って、事件が発覚したのですが、

被害生徒の父親が、全国紙(読売か朝日か毎日だった)の記者で、

大変立腹していて、『記事にする!』って言っています。

それだけは、避けたいと思い、現在、先方の弁護士と交渉中です。

取り急ぎ300万円必要なんですが、校長と私とで、150万円用意しますので、

ご主人のためにも、残りをお願いします。

交渉は時間との勝負になります。」


「そんなにもお金が無いのですが・・・」(真顔で答えてます)


「いくらなら出せそうですか?」


100万円くらいなら・・」(恥ずかしながら、貯金が無いので、借金できる限度額)


「ん~、わかりました。結構でしょう。今から銀行へ行って、今から言う番号の所へ電話してください。口座番号を聞いておきますから。」


「はい、わかりました。」


で、妻は当時まだ乳飲み子だった長女を実母に預けるがために、実母に電話。

妻 「じつは・・・、これこれこうで、今から銀行、行くんで長女を見てて」

義母「あんた、それ、『振り込め詐欺』じゃあない?akinboくんに電話してみなさい。」

妻 「電話出来ないって!」

義母「ダメもとで、電話してみなさい。」

妻 「わかった。してみる。」


で、私の携帯へ電話

妻「あんた、今、どこにおる?」

私「はあ~??? 職場!」

妻「職場ってどこ?」

私「研修場所!?」

妻「わ~ん、え~ん」←思いっきり泣いてた

私「おいおい、どうした?」

妻「実はこうこうで、こうこうでこう、」と先のやり取りを聞かされ、

私「ふ~ん。」

妻「どうしよう?これから。」

私「警察に電話しい。逮捕に繋がるかもしれんし、・・・」

妻「わかった」

で、ちゃん、ちゃん!


顛末

警察に言っても、「今度電話があっても無視してください。」って言う程度ですって。

こちらから、電話しなかったので、しびれを切らした詐欺団から電話がかかると思っていたのですが、かかってきませんでした。

私なら、「今銀行です。お金も用意できました。」って遊ぶだろうな。

あと、「今からそちらへ行きます」とか、言ってみたいですね。


電話でのやりとりには、おかしなところがたくさんあります。

まず、教頭はそんな名前ではありません。

私は、研修中で、学校現場にいません。

所属校には、「1組」がありません。(改編によって1組は欠組になっています)

所属校と私の名前は合っているのですが、他は作り話です。

所属校が分かっているなら、もう少しリサーチしとけよ!って言いたいですね。


後から振り返れば、馬鹿馬鹿しいと思うそうですが、その時は、信じたようです。

「自分だけは振り込め詐欺なんかにひっかからない」と思っていたそうですが、

妻は私が「罪を認め、泣きながら一からやり直す」って言ってるというところで、信じたようです。

おかしな話ですけど、ひっかかる時には、ひっかかるようです。


妻が信じたのは、

私に信用が無いからでしょうか?

妻の洞察力が弱いのでしょうか?

詐欺団が優秀だったんでしょうか?


教訓

家にいる妻には、自分の所属校の情報はしっかり伝えておこう!っと。


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本日の収穫です。私の地域では、こんなに小さいのは「つの」って言ってます。角ね。1つ大きいのがありますが、真っ直ぐ根が伸びていて往生しました。
理想の校長に書き抜かっていたことが。

昨日はあまりに長くなったので、「もういいや」で終わらせていたが、大事なことを書き忘れていた。

である。


昨日読んだコーチングの本では、組織におけるマネージャーとリーダーの違いについて書かれていた。

リーダーは外に目を向け、戦略を立て、突っ走る。

に対して、マネージャーは内に目を向け、戦いが出来るように組織内を整える。(だったかなあ?)

なるほどと、何か納得。


という解釈に倣えば、学校という組織では、校長がリーダー的立場で、教頭がマネージャーという枠組みか?

だけど、今まで見てきた管理職像(平教員が求める管理職像)を見ていると、校長にはリーダー的資質とマネージャー的資質を求め、教頭にはそのサブ的資質を求めてきたような気がする。


どちらが、どうっていう期待は特にはないが、管理職にはリーダー、マネージャーの両方の資質を持っていてもらいたい。


R校長にはあったね、両方。

まずは、「内に目を向け、体制を整え、それを持ってして、外へ打って出る」のような。

抽象的でごめんなさい。

本当に温厚で、派手派手しさは無いんだけど、信念(軸)を持っていて、それから外れると譲らない。

また「こうしろ、ああしろ」はあまり言わず、自らの行動で示すから、いつの間にか納得させられる。


難を見つけるのが、難しいって感じ。

難癖を付けるなら、風貌が校長らしくないかな?と。

首脳サミットで、各国首脳に囲まれた宮沢喜一総理って感じ。

端から見ていて、弱々しいかな?と。

でも、その活躍ぶりを知ってるから、一目置かれてはいる。

難とは言えないんだなあ。

風貌によって「らしくない!」って言われちゃあ、かなわんもんね。


歳をとったせいか、今、理想の上司と言える方が少なくなったように思う。

5人もの校長を見てくれば、校長観も出来上がってくるしね。

それによって、「あ~、この校長ダメだ」なんて言ってたら、本当はダメなんだと思う。

理想は、ダメだと思ったら、教諭が変わって、校長を変えるぐらいにななることだと思う。(コーチングの本から)

ん~理想だね。


教員人事に携わっている方へ。

「もっと精査してくれ~」って言いたい校長が結構いるよ。

「振り込め詐欺事件」は今、思いだし中です。

妻が銀行に出かけようとしたところまで、思い出しました。

シンクロニシティを感じさせる出来事があった。

昨日宣言してしまったので、「理想の上司とは?」について書かなければ、と今日一日中、考えていた。(まとまらなかったが

ところが、子供を寝かせ付けるまでの間に、昨日コーチングセミナーで借りて来たコーチングの本を読むべく、昨日の続きを開けたところが、「管理職とは?」のような章だった。(やっぱり想いは通じる)


教員にとって上司とは、校長、教頭、事務長のいわゆる学校では管理職と呼ばれる方たちが、その他大勢の平教員から見れば、上司ということになるだろうが、他にも私のような者からすれば、学科長、公務分掌上の部長あたりも上司(中間管理職的な立場かな?)というような位置づけをしている。


今回は絞って、理想の校長について私見を述べてみたい。

理想の校長や学科長というのは、これまで接してきて、「この校長(学科長)いいなあ」、「この校長(学科長)のここがいいなあ」「この校長(学科長)のここを直したらいいのに」なんていう経験から私なりに築きあげたものである。

(コーチングの本の内容はすごく良かったのだが、ここではそれを忘れることにした)


まずは校長から。

今まで6人の校長に仕えてきたが、やはりNo1はトータルでR校長。

私はこの校長に仕えることで、「校長が変われば、学校が変わる」を経験した。

R校長は、教諭の頃から「この人のことを悪く言う人を見たことがない」というような人物である。

どんなに人物的にも能力的にも優れた人でも、100人その人を知っている人がいれば、1人くらい、悪く言う人がいても良さそうなのに、本当にいないのである。


ただ温厚というだけでなく、喧嘩もする。

だけど、禍根を残さないので、相手の方も後になって、「悪かった」と謝るし、しばらくすると尊敬の念に変わっていたりする。

抽象的に紹介したが、具体的に言うと、

まず、想いというのが、わかりやすい。

すごく生徒に目線をあわせ、大事にするし、生徒の可能性を信じていて、肯定的に捉えているというのが、言動の端々で、ひしひしと伝わってくるのである。


それを確信したのが、飲み会の3次会くらいだったか(みんな大酔い)、ある教師が、「うちの生徒は馬鹿ばっかりだから、そんなの無理!」っていうことを言った瞬間、R校長は持っていたコップをテーブルに叩き付け、「馬鹿な生徒は1人も合格させてない!」って。

感動したね。

酒はいつもニコニコ飲む人が、キレたわけだから、余計にインパクトがあった。


飲み会では、どんなにへべれけでも、必ず最後までつきあい、一緒にストレスを解消しあうような庶民的な校長でした。(もともと酒は好きだったのだが)

私らのような者の前でも、飾らず、包み隠さず、ありのままを見せてくれるような方で、信用もおけた。


それから、話しやすかったというのもある。

今、カウンセリングやコーチングを学び、コミュニケーションの重要性に気付いたわけだが、きちんとそれができていた。

「聴いてくれてる」って感じがした。


で、私どもの「こうしたい」を精一杯叶えようとしてくれた。

「あ~、R校長、もういいって」ってこっちが言いたくなるくらいに。

そりゃ、そこまで、校長が必死になってくれたら、こっちも「頑張らなきゃ」「やらなきゃあ」って思う。

その時に感じたのは、「さすが、委員会上がりの校長ではないな!」ということ。

もちろん、委員会上がりでないがために、制度を知らず、不利益を被ることもあったかもしれない。

でもね、私らはそれでもいい。

現場の声をくみ取り、それを叶えるために、必死になってくれたら。

その気持ちだけで、一生懸命になれるし、様々な課題にも、“この校長と一緒なら立ち向かえる”って気になれるから。


特に、「こうしたい」とか「こうありたい」っていうビジョンを語ることは無かったように思うのだが、日々の姿勢で、それは感じ取れた。

むしろ、我々の「こうしたい」をビジョンに据えるという感覚だったのかもしれない。

(あれま!こういう校長の下だったら、「平教員が変われば学校も変わる」んだ)

(本当は、モチベを上げているのも、下げているのも自分自身で、校長の責任にしてはいけないんだな)


それと

高校くらいになると、校長と生徒との間にはすごく遠い距離があると思うのだが、「あの校長、良いね」なんていう声をよく聞いた。

「なぜそう思う?」って聞くと、

「親しみやすいし、一生懸命って感じがする。僕らのことを考えてくれてるような感じがする」と。

集会や、式典、校長訓戒などでしか校長の話を聞く機会なんて無いと思うのだが、生徒も感じるんだなと。


R校長の素晴らしかったところは、みんなに分かる軸を持っていたし、それがぶれなかったところかな?


まだまだR校長については、語り足りない。

でもうまく表現できない。

文章能力ゼロだな。

今、私は非常に気持ちがいい。

なぜか。

コーチングセミナーに参加し、良い学びを得、帰宅して好物のペペロンチーノを食べながらビールを飲んだからだ。(ビールはもちろん発泡酒)

「ん~、幸せ」って感じ。

コーチングセミナーは、4回目になるが、毎回学びがある。

今日はセミナーのお手伝いということで、後ろで参加者の様子を観察をすることが多かったが、それでもこれまでとは違った充実感がある。

そこで、感じたこと。

私も結構、話をすることが好きなんだなってことに気付いた。

参加者が楽しそうに喋っているのを見て、私も喋りたいと思った。

私は、人見知りする方で、初対面の方とは喋りにくいと思っていたのだが、喋りたいと思った。


だからと言って、決して欲求不満ではない。

参加者が楽しそうに喋っているのを見て、同じように満足したからだ。

参加者みんなと同じような、充実感を味わえたのである。(今回の私の立場が、主催者側に近かったかも知れないが、性格的に、周りが楽しそうにしていれば自分も満足しやすいタイプかも知れない)


やっぱり、「人間って喋ることが好きなんだ!」っていうことを客観的に観ることによって確認することができた。

「私はコミュニケーションが苦手です」とか、「話すことが苦手です」なんて言う人がいるが、それは大勢の人の前でとか、面接の場面とかでの話であって、共感的態度で肯定的に話を聴かれると、我先にと喋るものである。

現に、気心の知れた友人なんかとは、ほとんどの人がベラベラと時を忘れて喋るのである。


キャリアカウンセリングやコーチングでも学んだことだが、相手に喋らせてあげないといけない。

その中で、キャリアカウンセリングは、キャリア形成に導くような話を引き出すし、コーチングでは、目標達成に向けて、相手の主体的な行動を促進するようなコミュニケーションを行う。


私は、これらのマインドやスキルを持って、生徒との普段のコミュニケーションや進路相談にあたりたいと考えているわけだが、どんどん生徒に喋らせたいと考えている。

高校生くらいになれば、ティーチング(教えること)は、教科内だけで、後はカウンセリング、コーチングではないか?とさえ思えてきた。(もちろん教科指導でも、コーチングマインドやカウンセリングマインドは大事である)


これまで、学校の中では、教師は言いたいことだけを言って、聞きたいことだけを聞いていたように思う。

まさしく教師病で、自己満足でしかなかったのだ。(「教師は教えることが命」っていう感じで)


人間喋ることが好きなので、言いたいことを言い、聞きたいことだけ聞いていれば、満足するよねえ。

「やめられまへんなあ~」になるはずだ。


教師が気持ち良い分、生徒にとっては、すごく苦痛な時間でしかないのである。

苦痛な時間からは、何も学ばないだろう。

だけど、教師は「この間、注意したばかりなのに、全然分かってない!」と言う。

当たり前の話である。

コミュニケーションが成り立ってないから。


とりあえず私は、現場に帰ったら、生徒に多く喋ってもらおうと思う。

目安は7:3で、生徒が多く喋る感じかな。



「振り込め詐欺にあった話」を書こうと思っていたが、今日感じたことは、今日中に記しておきたいと思い、勝手に予定変更しちゃった。

あと、オリオリさんから、「理想の上司とは?」というお題もいただいたので、それも後ほど書きたい。




肉屋さんに、「今月は19日からずっと続いていますね」と褒められてから、調子に乗って、無理して毎日更新している。(そんなにも無理していないけど)

自分でも超不思議。


そもそも私は、家のPCに向かうのが億劫なのだ。(子供と寝てしまうしい

なぜなら我が家のPCはスペックが非常に悪いからである。

それだけではなく、今時アナログ回線。

すっご~く、遅いんだから!

信じられないくらい。

ネット検索していたら、ページが開くまでに、マンガの週刊誌なら1話くらい読めちゃうくらい。


そんな私が、ブログを毎日更新しているなんて、嘘みたい。

天然記念物クラスやね。


そんなこともあって、ネットするのは妻くらいで、ネット代金なんかブログ書き始めるまで、パックのやつで2000円位だった。

しかし、私がブログを書き始めてから、8000円の請求が!

妻はたまげました。

「あんた!これ何よ?いかがわしいとこ、つないでいるんじゃない?」

「実はブログやってる」

「それなら、もっと大きいパックにしなさい!」

「いや~それなら、光なんかにしたほうが・・・」

大きめパックにしました。


すごいでしょ?

私、偉いでしょ?

自慢にもなりませんね。


“いかがわしい”で思い出しました。

実は、昨年夏に「振り込め詐欺」に遭いそうになりました。

長くなりそうなので、明日?

いや、次回書きます。

先ほど、自分のブログを開いたらビックリ。

昨日書いた日記が出ていないではないか!

で、折角書いておいたものなので、載せておきます。

何だか興ざめ。(まっ記事自体も大したことないけど)

今日は大変暖かい1日でした。

このまま春が来ればいいのにって思いました。


そう感じると、行かなければならない場所が、行事が私にはあります。

それは筍掘り。


実は3週間前にも行っていて、5個収穫してきていました。

で、こんなに暖かいので、今日はもっとたくさんあると思い、長男・二男を引き連れ、ニヤニヤしながら行って来ました。


結果は前回より1個多い6個。

ん~、期待外れ。

今の時期に筍を掘ってきたと言うと、驚く人が多いのですが、確実にあります。

確かに地上に顔を出していません。

では、なぜ見つけられことができるのか?

筍が潜んでいるところは、モアっと土が盛り上がっているんです。

そこを掘ると、例の筍の先端部分が見えてくるわけです。


かと言って、100100中で掘り当てるわけではありませんでして、「ここじゃ!」と思って10回掘ったら1回掘り当てるくらいのものです。


竹藪なので、薄暗く、視力の弱い兄貴などは、見つけることができません。

結構私の中では、得意技になっています。

だけど、年末からこの時期って、私以外に筍を掘りに来る輩がいて、そいつと競争です。

その輩とは、イノシシ。

奴らは視覚によって、筍の場所をあてるのではなく、嗅覚によって見つけられるそうで、人間では到底かないません。

前任校には、イノシシ先生とあだ名の付いた先生がいたのですが、由来はそこから。

お正月用にと筍を掘ってきます。

このレベルになると、イノシシもかなわないのでは?と思わせます。


今転職し、面接で自己PRする機会があったら、必ず言いますね。

「私は筍を掘るのが得意で、2月の初旬に掘ってくることができます」って。

これって、どうでしょう?

「面白そうな奴!」って思わせることができないでしょうか?

そんなことしか、アピールできることが無いのも寂しいですが。


この筍掘り。

私の趣味だけでなく、

我が子たちに、季節感ってものを味わせたい。

運動音痴な我が子のトレーニング。(山はまるでアスレチックです)

小遣い稼ぎ。(食べません。母に直販市で売ってもらいます)

亡き父の技を引き継ぐ。(父もなかなかの名人でした)

というような目的もあります。


でもやっぱり趣味の要素が強いですかね。

掘り当てたときの、感激が大きいんです。

まるで、魚釣りで、魚がヒットした時やパチンコで、フィーバーがかかった時のショックと同じです。

ですから、やめられませんし、筍が地上に顔を出すと、興味が薄れてしまいます。(疲れるだけって感じ)


そんなことで、3月中頃までは楽しめそうです。

それが終わると、田植えの準備。

春へ突入って感じです。

今日は午前中、家族全員で小学校まで歩いた。

1歳4ヶ月の長女も初めて靴を履き、一部歩いた。(他は私がだっこ)


午後、長男・二男がピアノのレッスンへ行っている間、長女と昼寝。

すごく気持ちよかったし、疲れて私の腕の中で眠る長女は超かわいかった。(親バカです)

しかし寝過ぎか、何か分からないが、目覚め後、頭痛がやってきた。


だらけたのを取り戻すため、その後は車庫&倉庫の掃除をした。

以前にもかいたが、父健在の頃は農業をやっていて、ここに農業資材や農業機械を置いており、ここが農業の起点

だった。

だから、たくさん農業関連のものがあって、必要ないものは処分しないといけない状態。

父が使おうと思って置いておいたものや必要だと思って買っておいた新品の物が結構あったりする。

中には、私には何をするための物か、分からない物もあったりする。


「余命3ヶ月。処置無し」と言われ、本当に3ヶ月で逝った父。

あれから3年近くになるが、当時のままのところが結構ある。

今でも父が帰ってきたら、農業ができる状態かも知れない。

父が使っていたものが、徐々に減っていくことはすごく寂しいが、仕方がないことなのだろう。

こうして、掃除&処分を続けていくと、そのうち父が使っていたものはなくなるかもしれない。

ものを残すことはできないが、心の中にはしっかり思い出が残っているから、それで良しとしなければ。




最近暖かい日が続きますね。

このまま春にならないかなあなんて思ってしまいます。


このブログも4ヶ月になろうとしています。

書くことで、気づきがあったり、読者の方から新たな気づきを与えてもらったりと、大変ありがたく思っています。

是非多くの方に始めてもらいたいと思う今日この頃です。

想いが同じような同僚などには、「やらない?」って声をかけてみようと思います。

その際には、自分もやっていることをうち明けなければなりませんが。

共感して貰えたり、意見を出し合えたりできて、切磋琢磨できれば素敵です。


今日は、研修の報告会用のプレゼンの原稿をメンターにチェックしてもらいました。

もう、さすがです。納得させられます。またまた参りました。

メンター的には、「あんまり全部言っても仕方無いだろう」ってな感じかもしれませんが、私にしては、「これでいいのかな?」と不安が多々あったので、かなり精神的に救われます。

指摘を受けると気付くのですが、そうでないと、なかなか気づけませんねえ。

まだまだ修行が足りません。

教師始めて14年目。

もういい加減に自立しないとって思いますが、そんな日が来るようには思えません。

「思えません」なんて言葉使っていけませんね。

「努力しています」って感じか!