涙が落ちるほどは泣かなかったですね。
すっかりお兄ちゃんになっていて、すごく逞しく思えました。
教師のさがでしょうか、どうしても式典の運営に目がいってしまいます。
(我が子の卒園式くらい・・・って思うのですが)
と言っても、今日は運営には、首を傾げることはなく、むしろ保育士さんの苦労が伺え、頭の下がる思いで、見ていました。
改善を求めるのは、“お客さんのお祝いのことば”かな?
余りにも形式的で、誰に向けた言葉なのかが分からない言葉遣いと内容が多かったような。
首長代読の文章ももっと考えるべきだと思うし、代読する者ももっと感情が入っていてもいいのではないかと(文章棒読みでした)。
こういう式典では、聴いてもらいたい相手のレベルより、やや上の言葉を使ったり、内容にしている場合が多い。
だけど、聴かせたい、伝えたいならば、やはり確実に相手が理解できる話でなくてはならないと思う。
保護者会長も大人が聴くといいことを言っているんだけれども、子供たちには怪しいと思う。
「愛を大切にしましょう」って言われても分からないような。
その点で言えば、お客さんの中でも、さすがに小学校の先生の話は、園児に届いたかなあ、分かりやすかったなあと思う。
「人の振り見て我が振り直せ」です。
私も改めなければならない点に、新たに気が付きました。
とにもかくにも。
新生児仮死で生まれた長男が、早くも保育園を卒園し、小学校に上がるなんて、感慨深いものがあります。
記念品でもらったアルバムを見ながら、子供はどんどん、親の目から、親の所から離れて行くようで、寂しい思いをしました。
保育園で、親の知らない色々な体験をしているんですね。
いつまでもその体験に寄り添っていたい、その時間や場所を共有していたいと思うのですが、離れてあげなければならないんでしょうねえ。
もちろん、心の基地であり続けることには変わりはありませんが。
今日は、喜びの反面、寂しい想いもしました。
