私が研修のテーマに「キャリア・カウンセラーについて」を選んだのは、4月にカリスマ・キャリア・カウンセラーの小島貴子先生の講演を聴いたからです。


講演を聞く前は、就職内定率100%を続けているということに対して、「無理矢理マッチングさせたんだろうっ!」って思っていました。


実際話をきくとそうではありませんでした。

(最初の4年間は条件で仕事を探させていたということですが。)


「すごいな。これだな。」と思いました。


それまでの私は、進路指導と言えば、1・2年生時には、自己理解を深めさせたりしておいて、いざ3年生になれば、「この求人票の中から選びなさい」という指導でした。

また、「何していいかわからん。何にむいているかわからん。」という生徒に、閉口し、効果的なアドバイスというか、対応方法が分からずにいました。

そんな状況でしたから、小島さんの講演は衝撃的でした。


師匠の後押しもあって、自分もキャリア・カウンセラーの勉強をしようと思い、資格取得にチャレンジしました。

幸いにも1次試験に合格し、2次試験前に、もう一度あの衝撃を味わうために、また自分を奮い立たせるために、講演に参加しました。


4月は、学校の教員対象でしたが、今回は保護者対象でした。

内容も変えていて面白かったです。(被る部分も若干ありましたが)

やっぱり勉強になりました。

保護者対象といっても十分教員にも通じるところがあって参考になりました。

また頑張ろうとやる気がわいてきました。


今現在、正社員雇用されている人は、6割。

そのような社会で、就職しなければならない若者。

大人や社会から、ツケをまわされる若者。

支援する必要があります。


小島貴子先生のようにはいかなくとも、そのマインドでもって若者と接する、スキルでもって支援する人が必要です。

そういう人が現状では、足りていないと思います。


私は、まずはそのマインド・スキルを自分のものにしたいです。

次は企業や行政と良好な関係でいられるような高校教師になれればと思っています。

そんなのってっていいなあって思います。

就職希望者が多い私の所属校には、就職サポーターと呼ばれるせいとの就職を支援して下さる方が配置されています。

求人企業開拓から始まって、生徒との面談まで、就職に係わることを一手に引き受けて活躍してくれています。

(教師はおんぶに抱っこ状態。困ったものです)


その人の仕事ぶりがすごい。

一番恐れ入ったのは、企業様との会話です。

県内求人倍率は0.5倍。まさしく買い手市場。企業様の方針や言動にはあまり逆らえません。


ですが、このサポーターは違います。

はっきりと言います。

試験日を伸ばし伸ばしにする企業様とのある電話でのやりとり。

「そちらの都合もあるでしょうが、こちらの都合もあってねえ。生徒の一生がかかっているのですよ。何とかしてくださいよ」と、怒りといらだちの口調で。

本当、普段は気のいいおじさんなのですが。

ことが生徒のことや内定率の数字のことになると変わります。


対等に会話ができます。(大手食品会社を退職されて、企業の中で闘ってきた人です)

年の功かも知れませんが、学校の教員であれだけの会話ができる人はいないと思います。

もちろん彼が、それまでの企業訪問なので築いてきた信頼関係も手伝っている部分は大きいとは思いますが。


そういえばある企業様が言っていました。

「就職サポーターが配置されて良かった。学校の人と会話が出来るようになったから」と。

教師として恥ずかしい。でも現実。


教師として、彼の内定率至上主義的な部分をすんなりと肯定はできませんが、その姿勢は見習うべきものです。

しかし、それも教師が3年の9月までに職業観や勤労観をしっかり身に付けるような指導をしていれば、すんなり肯定もできるでしょうが。

そもそも、本来教師がやるべき仕事でして、頼り切っているのが問題ですが


とにもかくにも、私は企業の方とも対等に会話ができるように教師でありたいと思っています。

そういう点で言えば、キャリア・カウンセリングの学習の中で、企業社会のことなども学べて良かったです。


現場に帰ると「○○協会認定キャリア・カウンセラー」と名刺に印刷し、それを持って企業訪問したいです。

ただ求人のお願いをするのではなく、こちらからも何かその企業様にとって、有益な話題を提供できたらと思っています。

そうすると次第に会話も増え、信頼関係も生まれてくると思います。


学校現場にずっといて、仕事は与えられる(決められる)ものという習慣が身に付いていましたが、今は「進路指導部でキャリア・カウンセリング的な仕事がしたい」と自発的な考えを持っています。

これを大事にしたいです。

(現場に帰ると忘れそうなので、書き留めました)


我が家の男の子2人(6歳、4歳)を連れて、母校の学園祭を見に行ってきました。

子供たちは、誰が教えたか、「お祭りだー、お祭りだー」と大喜び。

そういえば確かに、金魚すくいや焼きそば、たこ焼きもあったなあ。

そうか、我が子たちにとっては、夏祭りの出店も学園祭の模擬店も同じ。

お祭りに思えてもしかたがないです。


学園祭では、生徒達が生き生きとしていました。

(授業中には見せない顔だよねえ。こっちのほうがよっぽど勉強になるかも)

先生方も頑張っていました。


この日を迎えるために、準備などにどれほど大変だったことか。

研修の身である私は、ただただ「ご苦労様です」とねぎらうばかりでした。


生徒達も準備から本番まで、大変だったと思います。

あの催しの中には、色々な役割があって、自分の思いを伏せて、裏方に回ったりした生徒達も多かったことでしょう。

しかし役割をこなしていく中で、様々な気づきがあったことと思います。

是非ともそれを大事にしてもらいたいです。

あの会場内は、まさしく職業社会の縮図であったと思います。


自分はその中で、どういった役割をどういう気持ちで、全うしていたのか?

後日、掘り起こしをして、周りの友人達とシェアしてもらいたいです。


先生方も、ただの反省会ではなく、職業人生(社会)に結びつけるような反省会にしてもらいたいと思いました。


昨日のインターンシップの話に引き続き、似たような締めになりました。

インターンシップだけが、キャリア教育ではありません。

学園祭なども、展開の方法によっては、その学校のキャリア教育の核になる行事だとも思いました。
子供を寝かしつけてから、書くことが多いのですが、一緒に寝てしまい、朝まで寝てしまいます。

途中で起きられません。

「毎日更新。いや、せめてでも2日に1回」が目標だったのですが、破ってしまいました。

ルーズな私、自分でもよくわかっています。



ところで昨日、気分がよくなる“いい光景”をみせてもらいました。


行きつけ(と言っても多くて3日に1回程度)のコンビニですが、いつもと雰囲気が違います。

「いらっしゃいませ」の声、店の明るさ(物理的でなく、空気)が違います。

店員の数が違いました。

よくみると中学生2名が混じっていました。

『原因はこれか!』と。


中学校と高校とのキャリア教育の連携をについて考えている私は、『願ってもないチャンス』とばかり、横目でちらちらと、彼らそしてその店員達を見ていました。


Win-Winの関係が成り立っていました。

中学生2人は、店長の言うことを守り、緊張の面持ちながら「何でも吸収します」といった表情と姿勢で頑張っています。


店員(40代と50代のおばちゃん)の方も「中学生に下手な所は見せられない、お手本にならなくては」とばかりに張り切っています。

おそらく、店長の導入の仕方が上手だったのでしょう。

インターンシップの目的が、本当にうまく果たされているように見えました。



今、若者が怖くて叱ることができない、地域の教育力が無くなった、などと言われますが、この店で顔を合わせ、共に仕事をした店員の方と中学生との間には、そうした関係は無いでしょう。


こうしたことが行われていれば、地域全体にかつてのような見知らぬ子供でも平気で叱れる、気にかける、というような空気が生まれ、それが広がると思います。


そうした意味でも地域の事業主の皆様には、是非受け入れを快諾してもらい、地域の子供は地域で育てるという想いを持っていただきたいです。


すると社会がよくなり、子供もよくなると思います。



そして学校。

職場体験=キャリア教育ではないと思いますが、1つの大きな手段ではあると思います。

今後、あの生徒達には、今回の体験で得た価値観を大事にし、他の仲間にも伝え、また他の仲間の体験談やそこで得たものも吸収し、自分の今後の生き方や働き方を考えるきっかけにしてもらいたいです。


また中学校の先生には、学校へ帰ったときにシェアする場面を設定するなどするととにブラッシュアップしてもらいたいです。

そして、それらを高校に持ち運んで来てもらいたいです。



そう考えると、やはり中学校にもキャリア・カウンセラーは欲しいです。


そのような中学校の先生方と高校の教師が連携し、情報交換ができれば、本県のキャリア教育は強くなり、優れた職業人がうまれることになるだろうなあ、なんて想像してみました。


今回のコンビニ内では、店―中学生―店員の3者がWin-Win –Winだったと思います。

これが、地域、社会に広まるともっと大きなWinの輪が広がることでしょう。

そんなのって素敵だと思います。


オリオリさんから「頑張らない努力」というコメントを頂いたのですが、そんなに頑張っていたとも思えず、少し心が痛みます。(頑張った後っていうのは、得てして体調もよかったりするのですが・・・)

随分と体調は良くなりました。

腸炎ということですので、お腹のぐるぐるは分かりますが、37.5度の熱と頭痛は何なのでしょう。

医師では無いので理解に苦しみますが、もう少しで治ると思いますので、もう少しおつきあいしたいと思います。


キャリア・カウンセラーはどのような人が実際は向いているのだろうか、なんてことを考えたりします。

通信講座でもスクーリングでも、「どのような人が向くのか」なんていうものは無かったと思います。

ただ強いて言えば、職業興味検査や職業適性検査などで、「人を援助することや人に係わることが好き、興味がある」というような人なんでしょうか。

(あくまでも適性であって向く・向かないはまた別の次元ですが)


それだけだと私は十分適性があると思いますが、「自分のキャリアを描けない人は、他人のキャリアに介入できない」とか、「カウンセラーはクライエントの感情に同調はするが、感情移入し過ぎてはいけない(涙を流すクライエントに対して涙をこぼしてしまうとか)」などの部分では、首を傾げざるを得ないかもしれません。


確かに、公務員という待遇にあぐらをかいていた部分があったと思うし、どんな仕事をしていきたいかなんてのは、周囲(その学校の環境や職員のバランス)が決めるもののようにしか感じていませんでした。


さらに人生における役割(家庭生活など自身の役割など)もあまり考えていなかったし、正直今後どうなるかわからないとさえ思っている自分がいます。


ただ今は前々回に書いたように「具体的な目標を描き、計画を立ててそれに向かって生活していけば、それは叶う」は信じられますし、それは生徒達にも伝えていきたいと思います。

教員というのは、キャリア・カウンセラーか否かに限らず、生徒のキャリアにも大部分の面で係わっているので、教員自身がキャリア目標を持っていなくてはならないし、それを生徒達にも情報開示すべきだと思います。

よく生徒は聞きます。

「先生はどうして先生になったの?」。

これは生徒達が、教師に対して「この目の前の大人は、どうしてこのキャリアを選んだの?」そして、「どういうキャリアを今後描いていくの?」という質問ではないかと思います。

生徒達は自分自身の今後のキャリアに対して不安を抱いています。

目の前の、しかも聞くことの出来る大人をとおして、自分自身のキャリアのモデルを描こうとしている、探しているのではないかと思えます。

生徒の話によると、「教師しか無かった」と言った教師がいたそうです。

がっかりしたようです。

そんな先生が、私たちに教えているのかと。


私はどんどん情報開示し、その時点におけるキャリア目標を伝えていきたいと思います。

そんな大人でありたい。

情報発信していますと、その夢は叶えられるということに気づきましたので。

生徒の気づきになるかも知れないし、自分も目標に近づける(これもWin-Winになるのかな)と思います。

今日は、午後から早退しました。


嘔吐・下痢に始まって、悪寒・節々の痛み・頭痛がひどくなったのです。


2・3日前より、お腹のぐるぐるはあったのですが、急に来た!って感じです。


寝て直そうかと思いましたが、体温38.4度に、「いかん、病院行こう」と。


容態の説明後、触診。風邪から来る ”腸炎” とのこと。


点滴を1時間やってもらい、随分と楽にはなりました。でも症状は相変わらずです。


そう言えば、毎年?2年に1回くらいは、この腸炎に悩まされているような。


その他にも、私には持病のような、毎年恒例の病?がおそってきます。


まず春先というか、4月・5月ですが、顔に症状が来ます。


その年によって症状は違いますが、副鼻腔炎か、ものもらい、虫歯ではないのに激しい歯痛が必ずやってきます。


免疫機能が落ちて来るのだと自分なりに見立てをしています。


学校現場ではその頃というのは、非常にバタバタと忙しい時期なだけに通院するのが心苦しくなります。


後、肝臓も弱いです。γ-GDPでしょうか?値が健康な人のの3倍くらいになったりもします。

今は2倍くらいに落ち着いていますが。


あと、病歴で言えば突発性難聴。浜崎あゆみがなったというあれです。


そもそも私がこんなにも病弱なのは、気の持ちようが悪いということではないかと思っています。


少し症状が出ただけで、「ああ、ダメだ。癌かもしれん」とか、世の終わりのように思ったりします。


完全に病に負けています。


でもいいこともあります。


病気の時って、自分が弱っているせいか、すごく人に優しくできるとか、自分の身体をいたわるとか、健康

の大事さとか、気づかせてくれます。


神様が「休め」と言っていると思って静養します。

(休めと言われるほどのことはしていないので、心が痛みますが)










キャリア・カウンセラーの資格取得向けて、行動を起こし初めてから、世の中は私中心に回っているのではないかと思うようなことが度々あります。


自己実現っていう本には、そういうものを「人生には目に見えないガイド役がいる」とし、また「なりたい自分になる」っていう本などもあります。何かそういうものを信じられるような気がしてきています。


その①リクルート社の「キャリア・ガイダンス」

という雑誌が、私が「知りたいなあ」あるいは自分の勉強にとって「ここが不備だなあ」と思うことが、特集されているということです。

「キャリア教育の学校への導入」、「キャリア・カウンセリング」について、などなど。

その時々において私が心の中で、求めたものが特集として出されるわけです。

キャリア・ガイダンス編集部の方が私の胸の内を知っているかのように。


また最近では、同誌のプラス版。

私は現場に帰った時に、キャリア教育を展開したいと思っているのですが、それをするにあたって「、「何をメインに据えるべきか」を考えていました。

カウンセリングの勉強、コーチングの研修、これまでの数々の研修から何となく、コミュニケーション能力の育成を”キャリア教育の土台”としたいなあ、と思っていました。

そしたら、今回のそのプラス版では、「コミュニケーション教育」のことが紹介されていました。

まだまだ、どう展開するかとか、ビジョンは描けないのですが、もう少し念じてみると言うか、自分なりに追求してみたいと思います。

するとまた、どこからともなく、救いの手というか、情報がさしのべられると思います。(ただ待っていてはいけないんですけど)


②師匠です

キャリア・カウンセリングを学びたい・・・、けどお金が・・、家族が・・、ふんぎりが・・っていうところへ師匠の背中を押す言葉。

飛べました。


これにチャレンジしたところから、何か自分が大きく変わり始めたように思います。


それから、キャリア・カウンセリングを学んでいる最中、「これだけじゃあ、生徒の想いを紡ぐのは難しいなあ」って思っているところへ、師匠から「コーチングのセミナーへ行ってみない?」の言葉。

コーチングにもはまりそうです。(深い所へ行くにはキャリア・カウンセリングをもっと自分のものにしてからだと思っていますが)


あと、師匠をとおして間接的に紹介されたNLP(神経言語プログラミング)という技術?なのですが、これもカウンセリング、コミュニケーションスキルを高めてくれそうです。


本当は師匠が1番に来なくてはならなかったです。

そもそも師匠との出会いが私を変えてくれていますから。


③このブログ

今まではあまり意識しなかったことですが、私には恐怖心がすごくあります。

キャリア・カウンセラーの資格取得にチャレンジ時もそうだったのですが、恐怖心のあまりすぐ飛び込めません。(経済的負担をかけてしまう、家族に迷惑をかける、見ず知らずの人とのスクーリング、などなど)

今までの自分だと飛び込めなかったのです。(師匠のお陰かな?)


この研修の半年間で随分変わりました。

その変わった私が新たに始めることができたのが、ブログです。

初回にも書きましたが、記録として残しておきたい、自分で自分のコーチをしたい、と思うようになったのです。


それまでの自分だったら、文章が下手で笑われるのではないか、ブログの掟みたいなものがあってそれを壊すのではないか、なんていう恐怖心があったのです。


そして、日常生活でも、自分の内面をうち明ける、さらけ出す、というようなことを避けていました。

弱い人間に見られる恐怖心があったからです。


しかし、コメントをいただく子羊さんやオリオリさんに支えられ、救ってもらっています。

大げさかも知れませんが、「1人じゃないんだ!」「面識の無い人達だけど見てくれている!」って。

この経験から1人でも多くの生徒に、「支えられている、救ってもらっている」っていうような想いを抱かせられる教師でありたいと思うようにもなりました。


こういうように恐怖心を少しずつ克服していけば、もっと自分が思っているような教師に近づけると思っています。



自分の内面をさらけてしまいましたが、『想いを言うこと』や『書くこと』は、なりたい自分になるための第1歩だとも思っています。


過去の私から未来の私への手紙みたいなものになってしましました。

前回の記事内の「底辺校」ということにコメントをいただきましたので、私なりにそれについて頭の中で考えていたことを整理してみました。

きっかけを作って頂きまして、ありがとうございました。


底辺校って誰が決めたのか。

底辺校って誰が作ったのか。

の2つについて私なりに考え、整理してみました。


まず、私の経験から言うと、

高校入学前、

「なんで○○高校なんか行くの?」「バカにされるよ」という同級生の意見。

親からも「考え直したら?」(両親も母校だが)。

で、高校入学。

比較的成績が良かったので、先生方からは、ちやほやされました。

不平等感があってそれが嫌で、反発し若干悪さもしたが、特に嫌々通うこともなく、過ごしました。

しかし、中学校の同級生と同窓会などすると、市内の高校に通っている多くの友人とは話が合いません。

いつのまにか、友達の輪から除けられていたのです。(被害妄想かも)

大学受験の為に赤本を勉強していると、それを見た市内進学校に通う同級生は、「あっこれ授業で習った」。

英語だったのですが、私は1行につき、分かる単語は前置詞だけの状態。

劣るんだなあ、と。


大学入学。

勉強面では苦労しましましたが、そこは大学生。楽しく過ごすことができました。

しかし、やはり中学校の同窓会では、「いくら大学へ行っても○○高校卒だからなあ」の言葉。


大学生の頃からは、例え卑下されても「○○高校卒業で何が悪い?お陰で今の私がある。やりたかった仕事を一生懸命やっている」と胸を張れるのですが。


教師として母校に帰ってきてから、生徒に入学の動機を聴くと、「中学校の先生にここしか入れんと言われた」「親がとにかく高校だけは行けというから」「他に行くところがなかった」「△△高校落ちて行くところがなかったから」という生徒の何と多いことか。

いわゆる「偏差値による輪切り」です。

そんな生徒でも「○○高校へ来て良かった」と胸を張って卒業し、自信を持って、前向きで豊かな人生を送ってもらいたいと、自分が顧問をする部活動に勧誘したり、生徒会役員に入れたり、色々な行事に参加させたり、スポットライトを当てるようにとしました。

しかし想いが通じなかったりして、不本意な時間を過ごさせてしまった生徒もいます。

もっと自分にすくい上げる人間力があれば、と感じずにはいられません。


こんなこともありました。

県の教育委員会が主催する「高校を紹介するフェア」(仮称)がありまして、各学校がテントを設けて、学校の紹介をするものですが。

生徒とともに学校の紹介などをします。

そこで母校のテント近くで、ある中学生の保護者が、「もし行く高校が無かったら困るから、○○高校のことも一応聞いておこう」と発しました。

もちろん生徒もその言葉を聞いていました。

みな一様にショックを受けました。

もちろん私もですが、「腹立つなあ。言いたい奴には言わせておけばいいよ。」としか言えませんでした。


そんな経験から

底辺校っていうのは、誰が決めたのでもなく、人それぞがそれぞれの経験から決めることであって、それぞれの心の中に持っていること。

例え、底辺校と呼ばれる学校に通っていようとも、通ったとしてもその気持ちや心、人生の過ごし方が上を向いていれば、全くそんなことは関係ないことで、むしろ豊かで「いい学校に通ったと言える」ということです。


とかく、周囲は勉強の出来る・出来ないでランク付けしたがるが、本人次第であるということだと思います。


一教師としての私は、生徒が発達段階における何かしらの問題や課題(学習面であったり、不安なことなど)を持っていれば、介入・支援し、この高校へ来て良かったと胸を張って卒業し、自信を持って、前向きで豊かな人生を送ってもらえるように支援したいし、それが役目だと思っています。



では、その底辺校って言われる学校って誰が作ったのか。


まさしく、教師です。

かつては、偏差値の低さや問題行動の多さなどによって底辺校と呼ばれていた学校が、「いい学校」と呼ばれ、入試での倍率が高くなっている学校があります。

そう呼ばれるためには、色々な要素があると思いますが。

様々な活動によって生徒が活き活きとしている、難関大学への進学者が増えた、就職内定率が高くなった、クラブ活動が盛んになった、などなど。

その指標は、入学希望者の数で表現される場合が多いようですが。


「いい学校」になるための生徒が入学してきたから、「いい学校」と呼ばれるようになるのではありません。

そこにいる教師が、どれだけ真剣に一人ひとり生徒のことを考え、その生徒にとって望ましい教育を提供できているか、だと思います。


学校の善し悪しを言い、その責任を生徒に押しつけているようでは、生徒はもちろん、学校は変わりません。



真剣に一人ひとり生徒のことを考える時・・キャリア・カウンセリングのマインド・スキルがきっと役に立つと確信しています。



私なりに考え、整理したつもりですが、それをうまくを表現できないもどかしさもあります。

不愉快な表現等がありましたら、申し訳ございません。

でも、コメント下さい。

新たな気づきが生まれると思いますので。


学校現場から離れて研修に出て変わったこと。たくさんあります。


師匠(私の研修中の指導教官)の影響。それとゆっくりとした時間。

それらが私の内面を変えつつあります。


何が変わったのか、の前に、教師になるまで。


私は、県立の底辺校と呼ばれる高校を卒業し、大学へ進みました。

そして教員免許を得、採用され、教員やっているわけですが。

どうしてこの道を選んだのか。


まず、高校での先生との出会いです。

その先生によって、それまでの16年間で形成された価値観をひっくり返されてしまったのです。

(いい方向へ)


言葉は不適切かも知れませんが、”改造”されました。

その影響で、私も「改造人間を作りたい」と、心の片隅に教員という職が浮かび上がりました。

その先生のバックアップのお陰で大学にも進学することができました。


いよいよ大学3年。職をどうするか、考える時期。

民間企業へ就職したいと考えていましたが、大学進学時の親との約束で、地元に帰らなければならないことに。


地元で、人がそこそこ羨むような職業を考える(底辺高校に進んだ私はバカにされていて、見返したい想いがあった。要するにコンプレックス)と、公務員?教師?銀行員?ってところが浮かんだのですが、高校時代の想いもあり、教員を目指すことに。


そして、底辺校と言われる母校の教壇に立ったのですが、「改造人間」を作れません。

生徒は自信を喪失しています。

当時は気づかなかったのですが、承認されるという経験が少なすぎます。

否定の連続でこれまでを過ごしてきています。

何とか奮い立たせたいと思っていましたが、十分ではありません。

力不足を感じていました。


それは、師匠の域まで、生徒の側に立った支援ができていなかったのだと、師匠の想いや行動に触れるにつれ、気づくことができました。


恐怖(この恐怖というのは色々とありますが、自己実現を果たすためにはやっかいなものです)を克服できない私の人間性では、とうてい師匠の域には届きそうもないのですが、少しでも近づくスキルとして、キャリア・カウンセラーのスキル獲得(まだ十分ではありませんが)はイベントとして大きかったです。

またその挑戦はわずかですが、恐怖(大金を遣う、未知の分野へ参加するなど)からの脱出にもなったと思います。



しかし、恐怖はまだまだ克服できていません。

少しずつ克服できれば、と考えていますし、「克服の種は蒔かれた」とも思っています。


ただ現場に帰った時、克服できつつある恐怖が再現し、元の自分になっているのではないか、という恐怖もあります。


その恐怖を克服するためにも、そうならないためにも、師匠からはずっと、刺激をもらい続けたいと思っています。


そして、刺激を与えてくれる人との出会いを大切にし、勉強会のようなものをしていきたいです。


 本日4話目ですが、実は幻の2話があります。

 記事を書き終わった後、保存しましたけど、再接続?再ログイン?しているうちに消えてしまったということがあります。

 

PC機能?に弱く、ブログの仕組みに疎い私は、為す術もなく、ただ呆然。

どちらも書き終えたのが、午前3時くらい。

書き直す気力もなく、悔しい想いを胸に、睡魔に食われてしまいました。


また最近、更新していませんでした。

子供を寝かしているうちに、自分も寝てしまうのです。(言い訳になるんでしょうねえ)

午前1時頃、目が覚めて(更新しなきゃ、と言う想いがあるため、起きることも)書いた時もあります。


どの県にもあると思うのですが、教員のための教育・研修機関があります。

私はそこで進路指導の勉強をしています。

そういうことから、キャリア・カウンセラーの資格も取りやすい環境にあります。

年度末には報告書も提出します(税金で勉強の機会を頂いているのですから当然ですが)。


で、キャリア・カウンセリングの有効性の実証ということで、週に2~3回、所属校にてカウンセリングをさせてもらっています。

やや外部の身ですので、生徒の進路先の決定までの介入は控えて、話を聴くことをメインとしてやっています。

で、前回のような生徒が来てくれるということになります。


 キャリア・カウンセリングを学びそのマインドやスキルをとおして相談などを受けていると、たくさんの今までの反省点や学校の進路指導体制の課題などが浮かび上がってきます。

 細かい内容については次回以降にさせていただきます。


研修前にも言われたことですが、学校現場から離れて、生徒・教員・学校を見ると、たくさんのことが見えていいですね。

今の気持ちを学校現場に帰っても持ち続けなければと思います。

そういう面でも、今の気持ちをブログに書き残すという試みは正解だったと思っています。


少し最近、さぼっていましたが、たださぼってはいませんでした。

ネタは仕込んでいました。

オリオリさん。プレッシャー、ありがとう。