「愛情―それは総じて奇跡を創造し、最大の人間的価値を造り出す最大の感情である」

ロシアの教育学者 マカレンコ


これに尽きると言っても過言ではないでしょう。

私たちは、人に接するとき愛情を持って接しているでしょうか?


全ての人に!っていうわけにはなかなかいかない。

教師である私はせめて、「全ての生徒に!」とはいってなかった。

今、とても反省している。

しかし4月からは、全ての生徒に愛情を持って接することができそうだ。


9月から12月までのキャリア・カウンセリングの実践(検証)でも体験できた。

愛情を持って接することがすれば、生徒もそれに応えてくれる。

人間ってそんなもんだと思う。

検証では、“奇跡を創造し、最大の人間的価値を造り出す”というところまではいかなかったが、それを感じさせる手応えは得たと思っている。



それから、あらゆることに感謝することが大事である。

その心からは無限の可能性が生まれてくると信じるようになった。

まだ私は、その心の思い(感謝)を声に出して、相手に伝えることは出来ていないが、したいと思っている。

まずは、母親に感謝の気持ちを伝えたい。(父には言えなくて、とても後悔しているので)

それが出来たとき、もっと私は飛躍することができ、様々な恐怖心を軽減させることができ、夢に近づくと思う。

(多分、それを言いながら私は泣くだろうし、母も泣く)

言えた時、その先に何が見えるか、見てみたい。


こんなことも生徒たちに伝え、実践していくのも、キャリア教育なんだと思うようになった。


ここ1ヶ月くらい、長男(4月より小学校)が保育園での出来事を話してくれませんでした。

「今日、保育園で何して遊んだ?」に対して

「何にもしてない」という返事が続いていたのです。

何となくの原因は、推測していましたが、無理強いはせず、

「ふ~ん、そう。何もしなかったのか~?また、何かしたら教えてね。」

を繰り返していました。

思い当たるふし以外にも、本当に保育園が面白くないのかなあ?とか、ストレスたまってるのかなあ?とも思っていたりしたのですが


ところが、今日はしっかり話してくれました。

ひと安心ですが、明日も話してくれるのかなあ、と少し不安です。(思い当たるふしは解決されてませんが)


こういう結果に結びついたのも、キャリア・カウンセリングの勉強の成果だと思います。

待つことが出来はじめたということ、子供の言うことを繰り返す(オウム返しみたいなもの)ことで、ずいぶん変わるということを実感しています。


無理に聞き出そうとすると、ますます閉ざすでしょう。


子供が言うことを繰り返してあげることで、子供は「聴いてくれている」という感情にもなるし、私が繰り返す言葉によって常に「うん、そう」と頷きながら、「それでね、それでね」と次の言葉が生まれてきます。

わずか、これだけのことがとても有効だったとは、カウンセリングのおかげです。(本当はまだまだのスキルですが)


キャリア・カウンセラーの資格を勉強した人もよく言います。

仕事以外の実社会や家庭内でも非常に役に立っていると。


しかし、この分野も奥が深いです。

まだまだ足りないと思い、本屋へ行くと魅力的で勉強になりそうな本が山ほどあります。

挙げ句には、大学院へ行って臨床心理士の資格も取りたいなあ、なんて思う始末です。(実際は無理でしょうけど)

実践を積みながら、少しずつ独学でやっていくしかないでしょう。


4月まで高校生の話を聴くことが出来ませんので、今は子供の話を聴くことで、学んだことを忘れないようにするだけです。


今日は仕事始め。

学校が休みのためか、通勤時間が10分くらいは短縮されています。

なぜ、学校が休みだと車が少なくなるのかを議論したことがあります。

①教師が休むから

②教師が定時に通勤しないから

③通勤時間帯に児童生徒がいなくなると、車の流れが良くなり、車が少なくなったように感じるため

④子供を学校まで送り迎えする保護者の車が無くなるから

などの意見が出ましたが、①~④のまで全ての要因が絡み合って少なくなっているのだと思っています。


研修場所は県庁内にあるのですが、今日は仕事始めのため、普段と違った光景が見られました。

研修場所には他の部・課も入っておりまして、今日は入れ替わり立ち替わり背広姿のおじさんがやってまいりました。


新年の挨拶回りの方たちなのでしょう。


「未だにそんな風習があるんだ~」って感じです。

公務員が横柄になるわけです。


あまり見たくない現実でした。


それで思い出しました。

別の階の○○部長室前には名刺を入れる箱があります。

「挨拶に来た人は名刺を入れておけ」みたいなための箱のようです。


????????


他意はないのでしょうが、何かしら胡散臭いと言いますか、そんな体質?って聞きたくなってしまいます。



大学4年の時に、県の職員採用試験を受けました。(教員採用試験を前にして、試験に慣れておこうと思って)

対策もしていなかったこともありますが、試験問題は全く分かりませんでしたので、鉛筆を転がしていました。

あのような難しい試験を突破したのだから、優秀なはずですけど...。

長年、そういう組織にいると、そういう体質になってしまうんでしょうねえ。


人の振り見て我が振り直せ!です。

明日(4日)から通常勤務です。

あっという間の冬期休業でした。

しかし、まともに休みも取れなくて、正月返上で働いている人もいるので、贅沢を言ってはいけません。


私も結婚するまでは、正月らしい正月はありませんでした。(妻実家にはお正月らしいお正月がありますので)

前にも書いたかも知れませんが、私は農家の二男です。

農家には暮れも無ければ、正月もありません。

祖父が健在の頃は、暮れに餅つき、元日は新年会というのがあり、それらしい雰囲気はあったのですが、祖父の他界とともに無くなりました。


親戚一同が集まる新年会であっても、元日も朝からキュウリを収穫しなければなりませんでした。(植物は生長を止めてくれませんので)


幼い頃から、そんな環境で育ってきたので、元日も365日分の1日という感覚しかありませんでした。

さすがに高校生くらいになると、「大晦日やお正月くらいは、早く仕事を終えてゆっくりさせてやりたい、飲みに行かせてやりたい」と思い、手伝ってはいました。


私はこういう自分がたどってきたお正月も悪くないなって思っています。

家族全員がその日だけは早くゆっくり出来るように(終えられるように)、「それぞれがそれぞれにできることを一生懸命にやる」というような。そんな時間をすごすことが。

家族みんなで(妹は家事)キュウリを収穫する。


いいですよ。

みんなでやるので、いつもより2時間くらいは早く終えることができます。

家族みんなが「やったー」という気持ちになれ、充実感に浸れます。

家族みんなの絆を確認できるような。


そこにはお正月らしさは無いのですが、あったかい空気がありました。

今、そういう空気が無くて寂しい想いもしたりもします。(無いものねだりかな?)

妻実家で、贅沢なお正月の雰囲気に浸りながらそんなことを考えたりしてました。

あけましておめでとうございます。

今年が皆様にとって良い年でありますようにお祈りします。


このブログに出会って、色々な方から刺激をいただき、自分が向上しているような気がしています。

どうか本年もよろしくお願いします。


私ごとですが、かねて待っておりましたキャリア・カウンセラーの合格通知が昨日(大晦日)の午後に届きました。

以前とそれから前回の記事でも書いたように、試験の出来は「できたのでは?」と思っていたものの、“合格しなければ”という強い思いもあり、不安な日々を過ごしていました。


学校現場に帰ると資格取得に向けた勉強なんか、あまりできないだろうし、研修の機会をいただいておきながら、「合格できなかった」なんて言えません。

本県にもチャレンジしようとしている教員が知っているだけで3人います。

その先生たちは現場で日々活躍されながらのチャレンジです。

勉強できる環境は私とは大きく違います。

私には勉強できる時間がありました。

そんなことも考えていたので、喜びもひとしおです。


開封後に合格の2文字を目にし、妻からの「おめでとう」に泣きそうになりました。(涙目でした)

それくらい嬉しかったです。

いいお正月になりました。


メンターに報告(メール)すると、「受かると思っていた。これからもよろしく!」という内容で、熱いメッセージをいただきました。

期待に応えたいと思っていますし、応えなければなりません。


人一倍、不安感や恐怖感を抱きやすい私は、学校現場に帰ってキャリア教育、キャリア・カウンセリングを推進するうえで、自信をもって推進し続けられるような裏付け(バックボーン)が欲しかったのです。


以前に「肩書きって大事?」という内容のコメントをいただいたのですが、本当にそのとおりで、実力も付けなければなりません。

教師にも当てはまることですが、認定(採用)されていない凄腕のカウンセラー(教師)、認定(採用)されてはいるものの頼りないカウンセラー(教師)、人はどちらを選ぶか明白です。


今の私は後者にあてはまるわけですが、いつまでも気持ちは後者のままで研鑽し続けたいと思います。

そしていつかは、風評で「○○高校には凄腕キャリア・カウンセラーがいる」なんて言われていたいです。


オリオリさんにも元気、やる気の出るコメントいただきました。

現場に帰った時にも読ませてもらい、くじけそうになった気持ちに喝を入れてもらう記事にします。


今年が飛躍の年になるように頑張ります。

キャリア・カウンセラーの2次試験の合格通知が本日東京を出発しました。

わが田舎地方には早くて明日、遅くて明後日かな?

まさか、元旦ということはないでしょう。

しかし、郵便局も忙しいですからねえ。

結果が届くのが、楽しみです。


「合格してる!」って思うようにしていますし、その時の喜んでいる自分の姿なんかも映像化しているのですが、本当のところはどうなっているかはわかりません。


結果も大事ですが、今の私のスキルでは十分ではありません。

もっともっと勉強しなければなりませんし、何より経験を積まなければなりません。

「パソコンに向かって研修の報告書なんか書いている場合じゃな~い」なんて思ったりもします。

たくさんの生徒の話を聴き、自分の聴き方を振り返り、反省し、次へ生かしていくということをやっていかないと、本当に今まで学んだことを忘れてしまいそうです。


私が受講した協会でも勉強会(トレーニングジム)があるのですが、最も近い場所がやはり大阪です。

そんなにたびたび行けません。


しかし幸いにも県内に、資格を取ろうとしている教師が私の知っているだけで3名います。

その教師たちと切磋琢磨していきたいと思っています。

そして、高校生向けのキャリア・カウンセリングマニュアルというか、手引き(←同じか)、成功・失敗事例集みたいなものを作成できればと思っています。

そしてそれを、キャリア・カウンセリングを認知していない教師たちにも読んでもらい、認知度を上げ、必要不可欠なスキルだということを認識してもらいたいと願っています。


結果が早く届かないかなあ….

昨日の地元の夕刊紙に「人材」というテーマのコラムが出ていました。

県内高校生の就職についてのコラムでした。

内容は

・県内高校生の11月末の就職内定率が昨年同期より10ポイント以上アップしているが、詳しく調べると別の問題点も見えてきた。

・高校生の求職者は減り、求人は増えている(県内は減少だが、県外で大幅に増えている)。

・県内企業からは、採用したいが、『欲しいのは単に“人”ではなく戦力になる“人材”』。「優秀な生徒は、学生が集まらない」「やる気や熱意が薄い」と企業側は「人材不足」を嘆く。

・就職支援機関の関係者からも「全般におとなしく、就職に対する積極性が感じられない」との評価。

・今の若者が本県の、日本の将来を担っていることは間違いなく、様々な働き掛けが行われている。

・一方で企業の、若者の変化に応じた人材育成努力は十分だったのか?材料が変わったなら、その特質を生かした加工を施し、立派な製品に仕上げてこそ、優れた企業と言えるのではないだろうか。

と締めくくられていました。


「本県の企業はもっと人材育成を努力しなさいよ」という内容の記事だと思います。

高校生の就職に関する機関で研修中の私としては、この記事の内容のことは気付いてもいたし、思いもあったので、お願いしたい部分でもあります。


しかし、私の本業である高校教師は、これが正論で「県内企業は頑張れよ~」と、落ち着いていてはいけないと思います。

このコラムでは触れてはいませんが、この裏側には高校への批判があると思われます。

いや、高校教師はそのように読まなければならないと思います。

「高校はもっとやる気・熱意のある人間に育てておけ!」「就職に対する熱意を持たせろ!」という意見があるかのように。


最後の一文は学校の教育現場にもぴたりとあてはまる提言です。

「児童・生徒の変化に応じた人間教育は十分だったのか?生徒の育ってきた、そして育っていく環境が変わったなら、その特性を生かした教育を施し、立派な人間に育ててこそ、優れた教師集団(学校)と言えるのではないか」

と。


私がこの1年間の研修で学び、学校現場に帰ってやりたいことはまさしくこのことです。

学校の教育の在り方も、従来の出口指導(=就職どこにする?進学どこにする?といった指導)のような指導からキャリア教育へ転換を図るべきなのです。

“その特性を生かした教育”こそがキャリア教育だと考えています。


そのキャリア教育を土台から支えるのが、キャリア・カウンセリングだとも思っています。

そんなふうに感じさせるほど、キャリア・カウンセリングの学習は私のためになるものでしたし、学んだ私だからこそ、できると思ってもいます。


最後の一文は、キャリア教育を展開したいが、その必要性をどうやって学校現場に訴えていくかを模索していた私に示唆をあたえるものになりました。


今日は天気も良く、温度も上がり、素晴らしい日曜日となりました。

我が子たちがサンタさんからもらったキックスケーター(長男)、ラジコン(二男)を持って、嫌というほど遊びました。

今日はすごく楽しかったようです。

私も子供たちの笑顔を見ることが何よりもの幸せですので、充実した1日でした。

心豊かに過ごすことができました。


幸いなことに、我が家の子供たちはゲームを欲しい願わず、屋外遊びグッズを願うことです。

過去、欲しいと願ったものは、一輪車、自転車、スケーターだったりしました。

ゲームにも使い方によってはメリット面もあり、その所持やプレイを全面否定するつもりはないですが、今の生活習慣から考えると無いに越したことはないと考えられます。


と考えるものの、心配な面もあります。

保育園では、ムシキングなどのゲームを持っていて楽しんでいる子供がいるにもかかわらずだからです。

我が子は友達とゲームの話をしていない→仲間に入れていない→孤独→他との関わりあい不足→人間関係能力の未発達、を考えたりしてしまいます。

考えすぎかも知れませんが、最近「保育園で今日は何して遊んだ?」、「楽しかった?」の質問に「何もしてない」「楽しくなかった」って返ってくることが続くからです。

私の気づかないどこかに課題があるような気がしています。


よく感情にまかせて子供を怒ります(“叱る”でないといけないのですが・・・)ので、自尊感情が育まれていないのかなあって考えたりしてしまいます。

この時期の親の関わりが大事ですので、改めるべきところは改め、原因究明しなければならないと思っています。


自尊感情・・・本当に大事だと思います。

家庭教育において躾も大事ですが、自尊感情を育むような親の関わりが大事だと思います。

そのためには子供に近寄り過ぎず、また遠過ぎない距離で見守る姿勢でしょうか。

それは、子供が求めていれば求めているだけ近づき、離れて欲しい時には離れて欲しいだけ距離をおいてやるといういう加減です。

その際には、子供の発する言葉でなく、感情のニーズを察知しなけれならないと思っています。


果たして、ニーズに応えられる父親になれるか・・・

3連休ということもあって我が子と随分触れ合っています。

平日はずっと家のなかですので、休みの日ぐらいはと、近くの公園などで遊んであげます。

家の中では、「~したらダメ」「静かにしなさい」と制約があったりで、やってはいけないことが多いのですが、外へ出るとのびのびとしています。

顔が本来の子供の顔をしていて、生き生きとしています。

なおかつ家の中での姿が嘘のようにお利口さんです。

私は、子供のそんな顔が大好きです。

幸せを感じます。

こんな時間がずっと続けばいいのに!って思います。


人間誰しも、「~してはいけない」と言われると、無意識にそれをしたりしてしまうことがあります。

例えば「赤をイメージしないでください」って言われると、どうしても赤を意識、イメージしてしまいます。

それと同じように。


子供たちが外で遊ぶ時には、ほとんど制約がありません。

「自由に遊んでいいよ」なのです。

すると、むしろ子供の方から「~やってもいい?」とか「~やろうよ」って前向きな行動が出来てきます。


学校でも、生徒達に「~してはいけない」「~しなければならない」というようなことを言い過ぎなのではないでしょうか?

もっとオープンマインドで待つ姿勢があってもいいのでは。


そんなことを考えたクリスマスの夜です。


我が子達にもサンタさんがプレゼントを届けてくれるはずです。

明日はそれを持って公園へ出かけ、素敵な顔を見させてもらいます。

今日の昼食は外にラーメンを食べに行きました。

オーダーして店内を見渡すと、この春の卒業生(部活動でかかわった)が食べていました。

その生徒は卒業後、県内でも比較的大手の建設会社に就職したものの、仕事内容がきつくてヘルニアを煩い、家庭療養もしていたということを風の便りで聞いたので、心配していました。


話を聴くと、

現場作業から外してもらったものの、会社からからは、「まだ治らないのか」と催促の嵐で、努力はしてはいるが、治らない。(医師もいつ治るか分からないとのこと)

最近では、そのプレッシャーのため朝起きると、嘔吐しそうになるということ。

過酷な労働条件によるヘルニアだが、会社は「引っ越しの際に痛めたことにしろ」という指図で労災として認めようとしなかったこと。

現場作業で、少しもたもたしていると蹴られ、殴られるので、びくびくしながら作業をしていたこと。

辞職も視野に入れているということ。

会社は、現場の社員のことを駒のようにしか扱っていないということ。

身体を壊して、会社に居づらくなり辞職していく人が多いということ。

確かに業績も給料も良く、周りからは「良いところに就職したね」と言われるが、人として扱って貰えないために、そうは思えないということ。

などなど日頃のうっぷんを晴らすかのように話してくれました。


その生徒は、体育会系クラブで鍛えてもいたので、身体には自信があったと思うのですが、痛めたばっかりに「用無し」扱いになりつつあるそうです。


高校生の就職にかかわる誰もが(高校の教員だけかも知れないが)、良い会社だと思っていた会社が、そんな状態だったのです。

彼は言いました。

「僕のような思いを後輩にはさせたくない。先生、そう伝えておいて」と。


心配していた彼との再会は嬉しかったのですが、素直に喜べませんでした。

実際、内定を得た時には私も「良かったね」って声をかけました。

今日は、話を聴くだけで、彼の助けになるようなことは何も言えませんでした。

「あんまり頑張り過ぎるなよ」って言うくらいしか。


私に何かできるでしょうか。

真剣になって聴いてあげ、辛い想いをはき出させることぐらいなのか。

すごく脱力感がありました。


前途有望な若者がこうして潰されていくのでしょうか。


彼は強い精神力を持ち合わせていますから、この先どう転ぼうが、強く生きていけると思いますが、そうでなければ働くことが嫌になり、働けない心身になっても不思議ではありません。


彼は最後に、「辞めることも考えているが、今は何と言われようが、しがみつく。まだこの会社でやりたいことがある。それに労災も下りなくなるしね。」って言って職場に戻りました。


彼の話を聴いて、この会社を生徒に“進めたい会社”の扱いから、“避けさせたい会社”になりつつあります。


いい加減、県内求人が少ない中で、優良と言われる企業であり大量に採用してくれる会社をそのようにイメージしないといけなくなるとは・・・


生徒を企業様へ送り出す高校教員として、企業様へはあまり強いことは言えません。

ですが、私にはカウンセリングマインドがあります。

困った時に帰って来ることができる、癒しに来ることができる存在でありたいと思います。


それができるように、やはり全校生徒にキャリアカウンセリングを行い、信頼関係を築いておく必要があります。