満月の日に。(縄文人はムーの末裔?) | ミタクエオヤシン

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ミタクエ・オヤシンとはネイティブ・アメリカン、ラコタ族の言葉で「私に繋がる全てのもの」という意味です。
だから、みんなつながっていこうね!

日々日常、非日常、音楽、映画、宇宙、スピリチュアル・・・などを綴ります。

明日(16日)は満月

旧暦の9月17日

13時22分48秒に・・
何か新しいことを創めよう

古いものは捨てて・・・


そして音を奏でよう

舞とともに  歌とともに♪

銀河の宴を始めよう~♪ 



∞∞ ∞∞ ∞∞ ∞∞ ∞∞ ∞∞ ∞∞

 

満月ビームがやってきました♪

 

おっと~これ10月に入ってからはじめての記事じゃないですか(^▽^;)

まあいつも愚痴りますが、最近文字モードへアクセスできましぇん(笑)

 

でも新月満月日記だけは、自ら課したミッションなので脳みそを振り絞って書かなきゃね。

 

って書きたいことはいろいろとあるんです。

例えば、水の神秘について、植物の不思議について、アーシングについて、量子論について、テレビのない生活について(笑)、ああもちろん宇宙の神秘についても・・・

それに今まで何回か書いてきたけど、「縄文」については、まだまだ謎に満ちているわけだけど、なぜこれほどまで、というか日本で様々な土器や土偶が発掘されているにもかかわらず、ぼくたち現代人との接点?というか(縄文人としてのDNAは受け継いでいるはずなのに)彼らがどんな生活を営んでいたのかが見えにくい。

(お?なんか筆がのってきたかな?)

 

もっと言えば、われわれ日本人とはなんぞや?

ということにとても関心がある。

 

だからこそ「縄文」にその手がかりがあるはずなのに、これほどまでに西欧化されてしまった現代日本人にとって、「縄文」とは単なるロマンのように語られてしまうのも、なにか違うような気がする。

 

確かに、多くの発掘品の中から武器らしいものは見つかっていないことから、縄文人は1万年以上もの間、平和に暮らしていたというのは納得できるのだけど、じゃあどのようなライフスタイルでいたのかは見えにくい。

 

遥か昔、古代において、アトランティス大陸とムー大陸があった。

このふたつの大陸は1万2000年前に大洪水によって、沈んでしまったという伝説がある。

 

ムー大陸は太平洋上に存在していたと言われているが、1万2000年前といえば、縄文初期のころではないだろうか?

 

と思い、いろいろ検索してみたら、こんな記事があった。

 

古代ムー大陸と古代日本人との関係

 

ということは、おそらくムー大陸が沈む前に海を渡ってこの日本と言う地にたどり着いたということなのだろう。

 

ムーの人々は、テレパシックだったらしい。

これって、まさに以心伝心じゃないですか?

 

日本人が本来持っている能力とも言えるのだけど、現代においては西欧化されすぎたために、それは失いかけているようにも思うのだけど。

 

ていうか、それは装置として皆が持っているとも言えるけどね。

わかるでしょ?

スマホですよね(^_^)

 

おっと~別に落ちはいらなかったか(笑)

 

おいおいムーの話からそこかよ

 

なんて突っ込まないでくださいね。

 

只今、文字モードへのアクセスが途切れました。

 

つづきはまたいずれ(^▽^;)

 

 

というわけで、明日は満月ですね~!

 

酔い満月の日を♪(^_^)