こんばんは!
@Ricoです。
前回、
高野山大門近くにいらっしゃる
お助け地蔵尊さまへ
ご挨拶を無事に終えてから、
ちろっと休憩をしていたら
どこからともなく
トレッキング姿の方々③名が
このお助け地蔵尊さまのところで
休憩に入られてきて、
(またこちらでも、なぜかお声掛け😲)
→いつもはしないのに、なんでやろか💧と
自分でも不思議。。。
®️「これからどちらへ行かれるんですかー?」
③名「いま、もう帰りなんですよ^^」
丹生都比売神社⛩さんから、ここまで
歩いてきたんで」
®️「ええーーーっ❗️私も丹生都比売神社さんから
バスで移動してきたんです😲」
「歩いてこれるんですか⁉️」
③名「あら❗️そうなんですか‼️」
「歩いてきても、休憩入れて5時間もあれば
到着しますよ」
と、
そんな会話が繰り広げられ
まさかの
丹生都比売神社さん→高野山大門
までの
徒歩テクテク👣ルートでいく時間を
知ることになるのです😆
(これって、歩きで行ける❗️って
知らされとるってコトだよね💧)
なんとも、不思議なお知らせなんやろか。。。
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というのも
この高野山の旅プランを妄想していたとき、
確かに、
「歩いてみるぞ‼️」と
こちらで記事にしていて。。。
この記事のなかで、
と、
世界遺産になった
町石道をテクテク👣
と妄想で書いとったのよねーーー😆
(したいと思っていた情報が
このタイミングでやってきとるやんか‼️)
てなワケで
また新たなミッションがやってきたのや
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で、
実は、
明日10月24日は
お助け地蔵尊さまの御法楽のある日✨
改めて、
この出会いとこの旅のご縁に
感謝したいと思います🙏🙏🙏
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それから、
次なるミッション
高野七弁天めぐり✨
の下調べのために
大門へ向かいますよ🏃♀️
テクテク👣
テクテク👣
ほどなく大門に到着します。
昔むかしは、
この大門からは女人が入れないとされていて
また、
この世とあの世の境目に立つ神聖な門と
いわれていたそうな
仁王さま✨
めっちゃパワー溢れます🙏
して、
今回のミッション✨
高野七弁天のひとつ❗️
嶽辯才天さま✨
こちらの鳥居⛩の手前には、
三つの石碑があり、
左から
嶽辯才天さま✨
清きよめの不動尊さま✨
三宝荒神さま✨
とあり、
この並びというか
繋がりが非常に興味深いものがあるのです。
というのも、
辯才天さまは、
弘法大師さまが
『高野山四至敬白文
(こうやさんしじけいびゃくもん)』の中で、
高野山のことを
「山の状(かたち)為(た)らく、
東西は龍の臥(ふ)せるがごとくして
東流(とうりゅう)の水有り」と
表現されていて、
「東流の水有り」とは、
山内を流れる御殿川(おどがわ)のことで、
西の端にある弁天岳(べんてんだけ)を
源流とし東に流れています。
「七弁天」は、
御殿川の源流である弁天岳の山頂に
祀られているのをはじめ、
そこから延びる尾根や支流など
山上の重要な水源となる七ヶ所に小祠が
祀られています。
つまりは、
「水の源」を重視して
辯才天さまをお祀りされたとも考えられます🙏
不動明王さまは
いうまでもなく、
真言宗では欠かせない仏さまであり
三宝荒神さまは
高野山でいえば
立里荒神さまであり、
弘法大師さまが高野山を開山する際に、
伽藍繁昌密教守護のため
板に三宝荒神を描いて古荒神の地に祀るとともに、
壇上の鬼門にも荒神を勧請して
高野山の大伽藍を建立したとされています。
(鬼門の守護、ってコトですね✨)
それゆえ、
三宝荒神を祀るようになったのが始まりであり、
高野山と結ぶ神仏習合の宮として、
存在しているのです。
(2019年初参拝のとき⬇️)
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てなワケで、
いろいろな下調べのポイントを再確認しつつ
スーツケースを預けるために
一度、チェックイン‼️
して、
あらためて
高野七弁天さま✨を
お参りすべく
出発いたしますよーーー🏃♀️
では。
いつも、ありがとう^^
@Rico
幸せは自分のために
世界が平和であるために