2020年1月28日 手術翌日
目が覚める。相変わらず右足の感覚はない。
そろそろ、ブロック麻酔がきれてもよさそうだが。
朝食を持ってきてくれた看護助士さんが、北海道訛りで
「きょうは、しばれるわ~」(凍り付くほど寒いって意味)
外はマイナス20度近いらしい。
でも、病室は二重窓になっていて寒さは全く感じない。
窓から見える十勝連峰の雪景色が素晴らしすぎる。
大師匠の、、麻酔が切れるとのたうち回る
ほど痛いらしいというアドバイスにビビる。
そんなアドバイスは今は要らない。
朝食後、骨折部分がジンジンしてきた。
うぉー!ついにきたか!。これから、痛みとの闘い
が始まるのか?。と覚悟したが、痛み止めの点滴で
あっさり完勝。以後、痛むことはなかった。
あ~、そういえば一番心配な問題のトイレについて。
尿道カテーテルについては、18歳の時に経験済。
しかも、一番多感な時期に、女性に扱われるという
高いハードルをクリアしているので、抵抗はなかった。
挿入時も、抜く時も、事務的に淡々と終わります。
あの残尿感は何日も我慢できるものではありませんが。
だけど、広島の転院先の病院での骨折仲間の証言では、
異口同音にあの尿道カテーテルの痛みは
半端ない。入れる時も、入れてる間も我慢できない痛みだと。
自分は、そんな痛みはなかったのでラッキー。
尿道カテーテルなどという屈辱には耐えられんと
拒否したという強者の患者さんもいました。
手術中に我慢できなくなって尿瓶でしたらしいですけど、
そっちのほうが屈辱的じゃないかと思ったけど。
あと、「大」のほうですよね、問題は。
人生初めて、いや、正確には2度目か。
赤ちゃんの頃は、毎日お世話になってたから(記憶はないけど)。
おしめです。「いきたくなったら、どうするんですか?」
と、恐る恐る看護師さんに尋ねると、
「そのまま、してもらって結構ですし、ベッドの上でするのを便器でとります」
などと、屈辱的な恐ろしいことをさらっと。
幸い、催すことなく、お昼前には、カテーテルも抜けて、
病室内にあるトイレに車椅子で移動してできることに。
入院直後から手術翌日のお昼までの正味32時間ぐらいかな
繋がれてたのは。
午後3時くらいだったか、早速リハビリが始まった。
病室まで、理学療法士さんが迎えに来てくれた。
病棟の十勝連峰の絶景ポイントまで連れて行って
くれて、噴煙をあげている十勝岳や麓にある温泉の
話を聞かせてくれた。
リハビリ室は結構な広さがあって、怪我をしたスキー場の
斜面がすぐ目の前に見えた。こんなに近いのかって思った。
骨折箇所は、石膏のギプスで固定されているのかと思っていたら、
シーネと呼ばれる、足首と脛の部分を半分固定して、
包帯で巻かれていた。包帯を外すと、シーネは外すことができる。
すっかりむき身になった自分の足とご対面。
手術した傷口はガーゼと透明のテープで処置されており、
ぱっと見た感じは、骨折したようには見えない。
ただし、左足とくらべると、右足は太ももから下が、
ありえないぐらい太くなっている。ラグビー選手の太もも
かと思えるぐらい。
理学療法士さんに、言われるまま、股関節からしたを動かす
メニューをこなすが、何せ、まだ感覚がないので、自分の足が
どれだけ動いてどんな動きをしてるのかがわからん。
このリハビリメニューは、病室に帰って、ベッドの上でも
自主トレしてくださいとのことだった。
この自主トレメニューは。広島に転院後も退院するまで、そして、
退院後の今も続けている。
目が覚める。相変わらず右足の感覚はない。
そろそろ、ブロック麻酔がきれてもよさそうだが。
朝食を持ってきてくれた看護助士さんが、北海道訛りで
「きょうは、しばれるわ~」(凍り付くほど寒いって意味)
外はマイナス20度近いらしい。
でも、病室は二重窓になっていて寒さは全く感じない。
窓から見える十勝連峰の雪景色が素晴らしすぎる。
大師匠の、、麻酔が切れるとのたうち回る
ほど痛いらしいというアドバイスにビビる。
そんなアドバイスは今は要らない。
朝食後、骨折部分がジンジンしてきた。
うぉー!ついにきたか!。これから、痛みとの闘い
が始まるのか?。と覚悟したが、痛み止めの点滴で
あっさり完勝。以後、痛むことはなかった。
あ~、そういえば一番心配な問題のトイレについて。
尿道カテーテルについては、18歳の時に経験済。
しかも、一番多感な時期に、女性に扱われるという
高いハードルをクリアしているので、抵抗はなかった。
挿入時も、抜く時も、事務的に淡々と終わります。
あの残尿感は何日も我慢できるものではありませんが。
だけど、広島の転院先の病院での骨折仲間の証言では、
異口同音にあの尿道カテーテルの痛みは
半端ない。入れる時も、入れてる間も我慢できない痛みだと。
自分は、そんな痛みはなかったのでラッキー。
尿道カテーテルなどという屈辱には耐えられんと
拒否したという強者の患者さんもいました。
手術中に我慢できなくなって尿瓶でしたらしいですけど、
そっちのほうが屈辱的じゃないかと思ったけど。
あと、「大」のほうですよね、問題は。
人生初めて、いや、正確には2度目か。
赤ちゃんの頃は、毎日お世話になってたから(記憶はないけど)。
おしめです。「いきたくなったら、どうするんですか?」
と、恐る恐る看護師さんに尋ねると、
「そのまま、してもらって結構ですし、ベッドの上でするのを便器でとります」
などと、屈辱的な恐ろしいことをさらっと。
幸い、催すことなく、お昼前には、カテーテルも抜けて、
病室内にあるトイレに車椅子で移動してできることに。
入院直後から手術翌日のお昼までの正味32時間ぐらいかな
繋がれてたのは。
午後3時くらいだったか、早速リハビリが始まった。
病室まで、理学療法士さんが迎えに来てくれた。
病棟の十勝連峰の絶景ポイントまで連れて行って
くれて、噴煙をあげている十勝岳や麓にある温泉の
話を聞かせてくれた。
リハビリ室は結構な広さがあって、怪我をしたスキー場の
斜面がすぐ目の前に見えた。こんなに近いのかって思った。
骨折箇所は、石膏のギプスで固定されているのかと思っていたら、
シーネと呼ばれる、足首と脛の部分を半分固定して、
包帯で巻かれていた。包帯を外すと、シーネは外すことができる。
すっかりむき身になった自分の足とご対面。
手術した傷口はガーゼと透明のテープで処置されており、
ぱっと見た感じは、骨折したようには見えない。
ただし、左足とくらべると、右足は太ももから下が、
ありえないぐらい太くなっている。ラグビー選手の太もも
かと思えるぐらい。
理学療法士さんに、言われるまま、股関節からしたを動かす
メニューをこなすが、何せ、まだ感覚がないので、自分の足が
どれだけ動いてどんな動きをしてるのかがわからん。
このリハビリメニューは、病室に帰って、ベッドの上でも
自主トレしてくださいとのことだった。
この自主トレメニューは。広島に転院後も退院するまで、そして、
退院後の今も続けている。