家庭の事情で急遽、転院することになった。転院先探しが始まった。あれこれネット検索して、不安を抱きながら、自宅近くの、中規模の総合病院に決めた。担当医に転院先のHPを見てもらったところ、良さそうですねと了承していただいた。担当医から転院先に受け入れの手続きをしてもらって、2月6日転院決定。転院まであと1週間。松葉杖もろくにできないおじさんが、バス、飛行機を乗り継いで自宅まで帰れるのか?。むちゃくちゃ不安だ。とても親切で信頼のおけるスタッフの揃ったこの病院から転院することも不安だ。5日目、手術後、はじめて洗髪。よく散髪屋さんにあるような洗髪できる大きな洗面台で洗ったら、見事にパジャマがびしょ濡れに。うひゃ~、やらかした!。看護助士さんに濡れちゃいました~と嘘泣きすると、新しいパジャマをくれた。ちなみに、この病院ではパジャマは病院レンタルを使用するのが規則。患者であることがわかるように、必ず上下のどちらかは着用義務。次の日からは、右膝から下をビニールで覆ってシャワー可能になった。車椅子のまま、風呂場で脱衣する作業の手間のかかること。脱ぐだけで5分ぐらいかかる。右足が床につかないように慎重に移動するのも緊張する。手術から7日目、抜糸。抜糸といっても、糸ではない。金属のホッチキス。まだ手術から1週間というのに傷口は綺麗に塞がっていた。手術の傷跡は、脛骨の髄内釘部分が膝のお皿部付近に縦に4cm(ホッチキス8個ぐらい)と髄内釘を固定するためのボルトの穴が4か所各1cm。脛骨内に挿入した金属棒は、膝のお皿の辺りから入れて足首の上まで貫いているそうだ。恐ろしくてレントゲンは見てない。髄内釘のメリットは傷口が小さいとのことだったが、確かにグシャっと粉々につぶれた骨折部分の傷跡はボルト穴の2か所だけだ。外からみると、どこを骨折したのかわからない。腓骨は切開して骨の外側に金属を添えているため傷口5cm、ここが折れたのだと実感できる。このホッチキス、手術から3日ぐらいたった時、看護師さんが消毒するために保護テープを外したら、一か所外れかかっていた。「うわ~とれかかってますねぇ~、傷口大丈夫そう?とっちゃいますねぇっ!とれたっ!」と、軽いノリで楽しそうにいとも簡単にとってしまった。本番の抜糸は、若手の整形外科の女医さんが担当。こちらの女医さんは、外見は大雑把な印象にもかかわらず、凄く慎重。「あ~、こことれるかなぁ~、いいのかなぁ、こういうの苦手」とか言うから、患者は不安になるではないか。ほとんど痛みもなく終了。風呂も手で軽くこすって洗うぐらいは大丈夫とのこと。骨折もこんなに簡単に傷跡と同じぐらい早く治ればいいのになぁっと思う。病院のすぐ目の前が、骨折したスキー場。今夜、お祭りでスキー場で花火があがるということで、夜になると灯かりを消した交流スペースに患者さんたちが集結。年配の患者さんたちばかり。ひとりのオジサンの患者さんが「予算けちって花火も少ないのぉ(北海道訛りでしゃべってたと思う)」と何回もおんなじことをぼやいている。骨折の影響で体温が38度まで上がったり下がったりを繰り返していたが、だんだんと最高でも37度ちょっとぐらいまで下がってきた。手術の影響で右足の太ももからふくらはぎにかけて、次第に紫色の内出血状態になってきたのには驚いた。最初、紫色に変色した足に気づいた時は、スキーで転倒骨折したときの打撲のせいかと思った。打撲にしては痛みはない。変だなと理学療法士さんに聞くと、手術の影響なので、治ってきている証拠なので心配無用とのこと。それから、同じように、右足、付け根から足先までの痺れた感覚もブロック麻酔と手術の影響らしかったが、この痺れは、徐々に薄れていったものの、4カ月たった今でも、右ひざ、足首から先には残っている不快な感覚だ。