
徳島新聞現代詩に197x年頃 現代詩タイトル「めざめた時」を投稿 選者 広瀬志津雄さんから あと一歩と評された 一歩どれほど遠いのか 私には限りなく遠かった その理由は 徳島新聞現代詩に毎月入選する ○井○子さん の作品に圧倒された その作品 タイトル「アマリリス」 私を呼ぶのは誰ですか アマリリスがひとつずつ確実に終わりに向かっているというのに 遅咲きの蘭はいろあせたまま 昔の夢を残しています 私を呼ぶのは誰ですか 忘れられた白バラが 夜風に揺れているのは恋に酔いしれた花の精でも忍んで入るのでしょうか 私を誘わないで 私を呼ばないで ためらいながら 闇に溶けていく姿を見ています
タイトル「陽炎」
もう若くないから あなたがまぶしくて
通り過ぎる風のように さわやかな足どりが 私の歩みをとめるのです桜若葉のささやきが きこえますか
青い空間に 徒らに流されていく綿毛のように 時をこえて 旅に出るのもいですね
ゆらゆらと愛おしさが ほら 草むらに 陽炎となって 燃えています
この二作品の他 当時の○井○子さんの作品は山程 こんな現代詩が 当時の私 今の自分でさえ綴れる筈が無い この方の作品を毎月入選させた選者の 識見の高さも遠すぎた 人生における事に 何事も 結果ではなく そこに辿り着くプロセスが大事 と認識していても 何かを創造するものには答えが欲しい 一人での創作プロセスは孤独だけ プロと名乗る人ほど結果を問われる 仕事だから 金をもらって生活をしている 要するに自分が飛躍するしかないのか



