自宅で過ごす意味は? | あきのブログ

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余命宣告はまだですが、進行ガンでそんなに長くは生きられない状況です。今のうちに、自分の人生観みたいなものを記しておこうと思いました。

退院して1週間が経ってました。カレンダーを見て認識しましたが、退院した直後は痛みに苦しみながら、歩行器やトイレの手すりなどレンタル品を使って最低限のことは自分でできるようになり、それから便秘と折り合いをつけ、何組かのお見舞い客に応対し、訳のわからないまま今に至った感じです。

昨日あたりから、嫁さんが日中働きに出ている1日の大体の生活サイクルが固まってきました。

朝は寝室のベッドからリビングに移動し、寝間着を部屋着に着替えて朝食に備えるところまでは自力でやります。ベッドサイドに置いておいたクスリや携帯電話などは嫁さんがリビングに持ってきてくれ、嫁さんが作る朝食を歩行器にもたれるように立って食べます。
嫁さんは朝のうちに私の昼ごはんを準備してくれたのち、バタバタと出勤。
私は、歯磨きを済ませたら便秘にならないよう歩行器で歩き回ったりして排便をうながし、落ち着いたらリビングにセットした簡易ベッドに転がってテレビなど見て過ごします。
ペインコントロールができていると言っても、痛みは少なからずあるので、レスキューを適宜つかいます。

電子レンジで温めれば良いように嫁さんが準備してくれた昼食をとり、嫁さんが帰って来るまで、午前中と同じように過ごします。

嫁さんが帰って来たら、あれこれしゃべっているうちに夕食を作ってくれ、一緒に食べて、風呂まではのんびりゆったり。

風呂は、痛みが酷くなければ入り、身体や頭髪を洗う時、体を拭く時は嫁さんに手伝ってもらいます。

ベッドサイドにクスリや携帯電話などを置いてもらい、就寝。4時間ほどで目が覚めて、痛み止めを飲んできいてきたらトイレ。そのまま、朝まで起きているか、もう一度寝るかは痛みの強さ次第。

24時間中、13時間くらい1人でいますが、嫁さんがいなければ24時間を1人で送ることは絶対に無理です。身体が動いていた頃は、ジャンケンして家事の役割を分担したり押し付けあったりしていたのに、今は、面倒な風呂掃除も嫌な顔一つせずにやってくれます。

退院せずにいたら、嫁さんの負担は少なくなり、私の不自由さも軽減することは必至です。
経済的なことを除くと、入院してる方がいいのか?と自問もします。
嫁さんにもきいてみました。

「あなたが病院の方が楽だというなら、そうしてくれたらいい。でも、そうしたら一緒にいれる時間が少なくなる。家事も介護もちゃんとやるから少しでも長く一緒にいてほしい。私では面倒見が足りない?もっとやらなきゃいけないことがあったら言って。本当は、あと先考えず、仕事なんか辞めてずっと看病していたいけど、そうもいかないから」

自宅で過ごす意味がはっきりとわかりました。2人とも泣いちゃいました。

補足:お世話になっている病院は、自宅からでも嫁さんの職場からでも電車を乗り継いで2時間弱かかります。月ー金は17:30まで働いている嫁さんは、入院すると平日は来れず、休みの日に、4、5時間見舞いに来るのが精一杯というところです。


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ベッドサイド