実家の北側に古い地蔵堂があります。
昔は幼くして亡くなった子供が多かったようで、ここにも20体ほどのお地蔵さんが祭られています。
我が家の過去帳を見ても江戸末期から明治にかけて、2歳や3歳で亡くなった.幼子の名前が.数件見られます。
今なら瑛作君のような幼子が亡くなる訳ですから、母親はさぞ悲しい想いをしたことだと思います。
現代では余り考えられないことですが、医学の進歩のおかげですね。
毎年7月の地蔵盆には近隣の家々がお地蔵さんの涎掛けを新しく作成して付け替えします。
そしてそこに各家の幼子の名前を書いて奉納します。
父は紳士服の職人だったので手先が器用で、ミシンで紅白の涎掛けをご近所の分まで作って配っていました。
しかしさすがに昨年からは出来なくなり、今年の分は家内が急遽作ってくれました。

写真のように父のひ孫たちの名前を記して、それぞれの無病息災を祈願しました。
現在12名(男8名、女4名)のひ孫たちは、それぞれ元気いっぱい育っており、感謝です。