「シルバーナ・マンガーノ」とか「エミリオ・サルガリ」とか | MTFのAkemiのblog イタリア児童文学・皆既日食・足摺岬が好き

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私は、イタリア児童文学が大好きで、皆既日食も大好きで、足摺岬も大好きな、団塊の世代に属する元大学教員で、性別はMTFです。季節の話題、お買い物の話題、イタリア語の勉強のしかた、新しく見つけたイタリアの楽しい本の話題などを、気楽に書いていこうと思っています。

イタリアの映画女優で、戦後まもなく『にがい米』という映画で有名になり、その後多くの映画に出演し、私の大好きな『アポロンの地獄』(ギリシャ悲劇『オイディプス王』の映画化版)にも出演していた Silvana Mangano という人がいました。この人の名前は『にがい米』のときに「シルバーナ・マンガーノ」として日本に紹介されて以来、ずっとその呼び方で通ってきており、姓のほうはあたかもアクセントが最後から2音節目の「ga」のところにあるかのように思われています。

 

しかし実は、この姓のアクセントは、最後から3音節目の「Ma」のところにあるのです。そのことは、1990年代に刊行された『La Piccola Treccani』という百科事典に載っており、確かな情報です。だから、日本のカタカナに写すとすれば、「マンガノ」と写すべきなのです。

 

イタリア語の単語は、全体の75%ぐらいについては、最後から2音節目にアクセントがあり、20%ぐらいについて最後から3音節目にアクセントがあります。残りのわずか5%ぐらいについては、最後の音節にアクセントがあるのですが、これは珍しいケースなので、それを明示するための正書法上のアクセント記号が付されます。

 

ただ、最後から2音節目にアクセントのある単語と、3音節目にある単語とを識別するための正書法上の記号はないので、それは個別におぼえなければなりません。辞書を引けばわかるのですが、独学者が見当だけで発音していると、誤ることがあります。

 

姓や名のような固有名詞の場合、この問題は特に厄介です。

 

名のほうは、キリスト教の聖人名からとられることが多いため、アクセントの置き方は一般的な知識として知られており、イタリア人に尋ねれば、たいがいはすぐにわかります。姓のほうも、日本の「田中」や「佐藤」に相当するような頻出姓から始まって「岡本」(姓を出現頻度順に並べると、40番台)や「岡村」(140番台)ぐらいの姓なら、だれでも知っているため、アクセントの位置も簡単に教えてもらうことができるのですが、新人の作家や歌手や俳優がデビューしたとき、その姓が日本の「苫米地(とまべち)」や「柘植(つげ)」や「英(はなふさ)」などに相当するぐらいな希少姓であると、在日イタリア人に尋ねても、アクセントがどこにあるかはわからないということが起こります。

 

「Mangano」も希少な姓だったらしく、『にがい米』が日本に紹介されたときに、すぐにはアクセントの位置がわからず、とりあえずは、イタリア語の単語にいちばん多い「最後から2音節目のアクセント」だろうと想像して、「マンガーノ」と紹介しておいた、ということのようです。

 

しかし、本人がたいへん有名になったため、本国ではまもなく「マンガノ」であることがわかり、『アポロンの地獄』が制作された1967年ごろには、イタリア人はほぼまちがいなく「マンガノ」と読むようになっていたようです。

 

そして、1990年代には上に挙げた百科事典の刊行によって、「マンガノ」であることは疑問の余地なく明らかにされたのですが、日本ではいまだに「マンガーノ」と読む人が多数派で、日本版ウィキペディアでさえ「マンガーノ」と書いています。ネット上の情報というのは、出版物にくらべると正確性に欠けるので、鵜呑みにすると危険ですね。

 

逆に、長年最後から3番目の音節にアクセントがあるかのように思われてきて、だいぶ経ってから「実は2番目の音節にあるのだ」と判明した例として、19世紀から20世紀の境目ごろに活躍した通俗冒険小説の作家 Emilio Salgari の例があります。これは、日本では「エミリオ・サルガリ」と呼ばれてきたのですが、正しくは「エミリオ・サルガーリ」なのです。このことは、1999年にイタリアで刊行された『子供の本百選』という本に出てきますが、そこに「長年サルガリと呼ばれてきたが、今ではサルガーリと呼ぶのが正しいことがわかっている」と書いてあったところを見ると、本国イタリア自体で、この作家が活躍していたころから「サルガリ」と呼ぶ誤読が流布していて、訂正されないまま年月が過ぎたようです。

 

これらでわかるように、イタリア語の単語を、どこにアクセントを置いて読むべきかという問題は、なかなかむずかしい問題なのです。普通名詞や動詞、形容詞については、公共放送での模範的発音がしょっちゅう流されている環境にいれば、まず間違うことはないようですが、外国人がイタリア語を学ぶための教材には、初級用はもとより、中級用の教材にいたるまで、ぜひ、アクセントの位置を明示する補助記号をつけてほしいですね。

 

(正確にいうと、イタリアで出版されている外国人向けのイタリア語教材には、補助記号がついているものが多いのですが、日本で日本人向けに出版されているものには、補助記号がないのが多いのです。イタリア語教室に通って先生について学ばないとアクセントが身につかないように、もくろんでいるんですかね?)。