昨日の夜中、見るともなしにテレビを点けていたら NHKの白熱(情熱?)教室で「幸福論」みたいな講義をやっていた。




ところで、まだ少し暑かった昨年の秋ごろに、久しぶりに会った友だちに
「『自分は幸せだ』って言っている時ほど、本当は心の深いところで「幸せじゃない」ことがあったりすると、(自分に当てはめて見て)そう思う時があるんだけど いくちゃんはそこのところどおなんだろう?。」尋ねられた。


また更に「自分は満ち足り過ぎていない(足りないくらいの)時の方が良い創作が出来るんだけど、いくちゃんは逆?。」と尋ねられた。


その時思いもかけない質問に、一瞬固まってしまった。


そうか、考えたらそこまで深く『幸せ』について考えもなく、「幸せ」という言葉を口にしていたのではないかと、改めて思った。



そういえば、以前ブログでもちょくちょく『自分は幸せだと思う』とよく書いていた。


楽しくないと良い絵が描けないとも。



白熱教室の「幸福論」に話を戻すが、
世界の国民の幸福度を計る為に、幸福に関する数問の質問に7段階で答えるというアンケートを実施して、
国ごとに数値でまとめ色分けした地図が映し出された。




アジアやアフリカ諸国より欧米諸国は、より幸福度が高かった。
経済が安定しており、治安が良い国の国民は より幸福だと感じているらしい。




そうなのだ、失礼を承知で言わせていただいたら、アタシも

Do They Know It’s Christmasの歌詞のように
「彼らがもらえる、明らかなプレゼントは、今日を生きているという、この生命だけ」という状況でもないし、

温いご飯が食べられて、雨風しのげる屋根の下で寝起きができて、なんなら自分の好きなことが出来る。



これを不幸と言ったらバチがあたるでしょ的な?。

アタシは「幸福と思わなければならない」という感じに近い?。

いや、だからと言って無理やり『幸福』だと、自分に言い聞かせている感じでもなさそうだ。




白熱教室で、ナンタラ教授が
「幸福とは、たくさんのポジティブな感情の中に、少しのネガティブな感情がある状態。」
みたようなことを言っていた。



ふん、なるほどなと思った。



ちょっと話しが逸れるが
ポジティブシンキングが善で、ネガティブは悪 みたいな切り分け方をよくする。


そして、ネガティブに物事を考えることを、イケないコトのように言い

みんな、前向きに!。根アカに!。みたいな風潮に、アタシは違和感を覚える。


アタシもよく知らないが、ネガティブとかポジティブとか、ちゃんと意味が解って言っているのか?。
と、言ってやりたくなる。



より強い発言力のある人間や、多数派は善とされ、洞察力豊かな口の重いマイノリティーは悪として排除される。
コレじゃ中世の魔女狩りとそんなに変わりが無いみたいだ。



物事を思考する時の出発点が、ネガティブからの人も居るだろうに。




で、『幸せ』に 話を戻すが、

ナンタラ教室で、次にあるグラフが出てきた。


縦軸が重要度で、上に行くほど重要度が高い。

そして横軸が幸福度で、右に行くほど幸福度が高い。



そして、お金をより重要と考えている人ほど、幸福度が低く

愛をより重要と考えているほど、幸福度が高いという、グラフが映しだされた。




お金をより重要だと思う人ほど、幸福じゃないんだ。

なんだか、道徳の教科書みたいな結果じゃないか?。



ほんとに、そうなんだろうか?。
お金持ちだったら、欲しいものもたくさん買えるし(今はバーゲンの季節!)、

行きたいところにも自由に行ける。
それに、あくせく働かなくってもイイのなら、好きなことをたくさん出来る(バーゲンに行ける!)。



愛じゃギャルソンのワンピは買えない。。。



なんて、考えるアタシは 幸福度が低いのか?。




いや、でもあなたは幸福ですか?と、訊かれると
今でも、以前と変わらぬテンションで「はい、幸せです。」と答えると思う。



多分、自己実現の欲求を叶えるという次元で幸せを論じるとすれば、
ある時は75%くらい幸せで、また違う時は120%で幸せじゃないだろうか?。

って云うか、その次元でだったら自分は、幸せになるポテンシャルをふんだんに持っていると思う。



ホンタラ教室では、他にも仕事と幸せについてとか、いろいろと興味深い講義が有った。


考えれば考えるほど、うまく考えが纏まらない。



しかしだ、ゴロゴロしながらぼんやりテレビを視ていたアタシに

「そんなこと真剣に考えて、あーでもない、こーでもない言ってること自体、お気楽で幸せ以外の何者でもない!。
」と、言い放ち


風呂上がりのクリームで顔をテカテカさせた母親が、ぷりぷりと、アタシと幸せの間を横切って行った。


アタシもあの人も、まあまあ不幸ではなさそうだ。