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辛口太郎のレッツぎふ クチコミレポート!!

地域ポータルサイトでの活動の様子、クチコミレポートとその裏側をつづります。YouTube動画紹介、日常ブログ、診断士からの一言、ダイエット・ストーリーなどもたまに^^

人に見えないものが見える、人が感じないことを感じる。
とても素晴らしいことだと一般に思われています。

ここで“人”とは「ごく普通の人」を指します。
ですから普通の人には見えない、感じないことを見たり、感じたりすることができるのです。

人に見えないもの・・・幽霊・・・が見える。
人が感じないこと・・・霊感・・・を感じる。

そんなふうに“幽霊”や“霊感”をイメージすると、何かオカルトな話だと誤解されるかも知れません^^;
しかし宗教家でも霊媒師でも、ましてやオカルト研究家でもない私たちは、
もっと現実的な、私たちの生き方にも関わる捉え方をする必要があります。

人に見えないものが見える、人が感じないことを感じる。
それは“物の見方”であり“物事の感じ方”です。

ごく普通のありがちな“人”とは違った見方で“物”が見える、違った感じ方で“物事”を感じ取れる、ということです。

それがどうして素晴らしいのか?
様々に事象を捉えられる事で、ただ単純に素晴らしいと私は思いません。
(「頭が良い」とは思いますが・・・)

この夏に放映されたキリンビール「澄みきり」のCMの中に、こんなシーンがありました。
 漁師の親方に注意された弟子が怒ってふてくされ、もう漁師はやめようかと投げやりの表情になります。
それに対して戦国武将の格好をした豊川悦司さんがその弟子を諭します。
「怒られてると思うのか、教わってると思うのかは自分次第だ」

ビールをグイッと飲んだ弟子。翌朝、うって変わった明るい表情で元気に「お願いします!」と親方に挨拶するシーンが描写されます。

価値観が変わると、モチベーションも変わる。それによって行動が変わり、生き方が変わる。
ちょっと大げさかも知れませんが、それは人生が変わることにも結びつきかねません。

人に見えないものが見える、人が感じないことを感じる。
(たとえ幽霊を見ることができ、霊感を感じたりできてもそれだけでは不十分です)
多面的、多角的に見たり感じたりできるという意味合いで納得できそうですが、それでも足りません。
(つまりは「頭が良い」だけでもダメだということです)

その中に自分を活かし、励ますための物の見方や感じ方が含まれている。
あるいは自分や他人を正しい方向へと導く物の見方や感じ方が含まれている。(含まれている・・・出来る)

それならば素晴らしい、
だからこそ素晴らしい、のではないでしょうか?

「捉え方のエクスタシー」と私は呼んでいます。
とても大切な物の見方、考え方だと思っています。


様々な物の見方、考え方

女性が感じる3度目の母性は、その腕に孫を抱いた 瞬間に訪れる
-Chikea Ganashiyo



1度目は結婚して妻となり夫を抱いたとき、2度目は出産して母となり子を抱いたとき、3度目は老いて祖母となり孫を抱いたとき(・・・正解かな?)

※最初は初孫(抱いているのは妻)、次はその4年後のシーンです。

この「3度目の母性」は“語録”の中でも人気がありました。
純真な赤ちゃんの笑顔に思わず「いいね!」をしていただけるのでしょう。

facebookへの参加を決意したとき、
ブログを書く自分を優先したいので頻繁な投稿はできないと思いました。
毎日投稿していては、ブログが疎かになりはしないかと危惧したのです。

でも参加する以上は、週に2回くらいのペースで投稿を続けたい。
どうせなら独自性のあるスタイルを工夫してずっと通していきたい。

思いついたのは格言っぽい文章をまず紹介し、その補足、写真などのコンテンツを呈示するスタイルです。

(だが待てよ、自分で偉そうに格言を述べるのはちょっとまずいかな?)
謙虚を美徳とすべきなのに、私たちは自己主張に力を入れてしまいます。
傲慢で、上から目線でモノを言っていた自分とは決別したかったはず。
ましてや格言はこの世を様々に生きた先人、賢人、哲学者らの貴重な産物だという気がします。

かといって第三者の格言を引用するとなると、それに続く“コンテンツ”の準備が大変に思えました。

続けることが苦痛になっては元も子もありません。
身の回りの出来事、感じた認識や価値観を自由気ままに、楽しく格言にできなくては・・・

ふとハリーポッターの何作目かで、登場人物の名前が“言ってはいけないあの人”ヴォルデモートの並び替えだったというシーンを思い出しました。
(言ってはいけない自分の名前なら・・・、順番を変えよう!)

私の本名であるAkechi Yoshinaga
格言の提唱者名であるChikea Ganashiyo
何と単純なシンメトリー。

さすがに何度も訪れてくれるFB友達の皆さんは薄々気付いています。
しかし、今だにChikea Ganashiyoを別人だと思われている方も少なくないようです^^;

 自らその足を踏み出さずして、どうしてゴールに到達することができよう
-Chikea Ganashiyo


アンパンマンもその右足の強烈な踏み込みがあって、初めて破壊力のあるアンパンチを繰り出すことができる(・・・関係ない?)

 ※写真は羽島市商店街通りの散歩中に撮影したものです(2013.5.3 )


アカウントのみでずっと放置してあったfacebook
その記念すべきタイムライン再開のスタート投稿の“語録”です。
アンパンマンの写真は余興、子供の後ろ姿の写真は“歩いている”シーンを示すために載せた写真です。


何かの“物事”をはじめるとき、私たちは何も意識せずに
ただ漠然と始めてしまうことが少なくありません。
ちょっとしたキッカケや発端があれば、
特別な思いを抱かなくても物事を始めてしまえるからです。


しかし一方で、始めるからには明確な意志を抱いて臨むことが大切なときもあります。
私にとって地元のクチコミ情報ポータルサイト「レッツぎふ」への加入、Amebaブログの開始、facebookへの参加には共通した思いが込められていました。


自らはじめの一歩を踏み出そう、という決意です。


どんなゴールが待ち受けているのか。
それ以前にゴールまで到達することができるのか。
はたして成果を得ることはできるのか。

あれこれそんな事を考えるまでもない、
まずは踏み出さなければ何も始まらないではないか、
という自戒をストレートに表現した“語録”です。

そして今まさに私は、その歩みの最中だと言うことができます^^


※facebookで古いタイムラインの投稿が消えていくことを知り、サブ・シリーズとしてたまに紹介していきます。単なるfacebookからの転載ではなく、その意図や思い、語録への心境や価値観を併せて綴ります。