とある日の事です。
その日、娘さんは休みでした。
毎度の如く。
梅さんが「お昼、どうするの?」と何度も何度も言っていました。
「お昼は昨日のカレーの残りが冷蔵庫にあるから、それ食べよう」と娘さん。
お昼前。
娘さんは買い物に行きました。
娘さんは出かける前に「お昼はカレーだからね」と梅さんに念押し。
梅さんは「何回も言わなくてもわかったわよ」と面倒そうに言っていました。
が。
娘さんがスーパーとドラックストアーで買い物をして家に戻ると。
「何も無かったから作ったわよ」と梅さんがどや顔で言います。
テーブルにはチャーハンとカボチャの煮物が並んでいました。
しかも、少し冷めていました。
娘さんが出掛けた後、直ぐに作ったと思われます。
「えっ👀⁉」
「買い物行く前にお昼はカレーって言ったよね」とキョトン顔の娘さん。
「そうだっけ」
「作ってしまったんだから、仕方無いでしょ」と梅さんは開き直っています。
仕方が無いので娘さんは食べました。
と。
チャーハンが異常に薄味でした。
反して、カボチャの煮物は異常に醤油味でした。
「チャーハンに味付けた?」
「カボチャは醤油辛いよ」と娘さんがぼやきます。
と。
「これは、最初からこんな味だったわよ」と梅さん。
「これ、買ってきた物なの?」
「お母さんが作ったんでしょ」と娘さん。
「えっ?」
「私が作ったの?」と梅さん。
梅さんの脳内がバグってしまった様です。
娘さんは味を調整して、無言で粛々と食べ進めました。
困ったもんだ。
深くため息をつく娘さんでした。
トホホ。
街に出掛けた母が乾燥無花果を買って来ました。
「あんたも食べて良いよ」と優しい母親口調で言います。
「ご遠慮しときます」
「無花果は嫌いなので」
私は子供の頃から無花果が苦手なので、丁重に断わりました。
「あんた、無花果嫌いなの」
「こんな美味しい物を嫌いな人の気が知れないわ」
母は見せつける様に、わざとらしい位に「美味しいわよ」と無花果を食べていました。
このくだりを、もう何度繰り返した事でしょう。
母が老いて忘れたのではありません。
覚える気が無いのです。
《受け入れたく無い》の方が当たっているかもしれません。
『自分が好きな食べ物を我が子が嫌う訳が無い』と思いたいのでしょうか。
もしくは。
《大好きな無花果を「美味しいね」と一緒に食べたい》のでしょうか。
私は幼い頃、好き嫌いが多かった記憶あります。
母は「嫌いなら食べなくて良い」と不機嫌に言うだけでした。
調理を工夫して好き嫌いを無くさせ様と食べさせられた記憶はありません。
母、曰く。
「余裕が無かった」そうです。
その余裕が出来て来た頃からでしょうか。この無花果のくだりが始まったのは。
無花果そのものが苦手と言うのもありますが。このくだりと、この時の母の表情に嫌悪感を感じるのです。
相手の言葉を無視して、強引に自分の思いだけを押し付けて来る態度が重く感じるのです。
私が母親思いの優しい娘であったなら。
母の期待に答えられたのでしょうか。
残念ながら。
私には《心に余裕》が無いので、
『お母さん、ごめんね』と謝る事も今は、まだ出来ません。
むしろ。
『私が折れるしか無いのか』
『何か割に合わない』
『理不尽かも』と不満タラタラに考えてしまいます。
まだまだ、人生の修行が足りないのでしょうね。




