銀幕の向こうの薬師丸ひろ子

75歳の老人は、映画館の一番後ろの席に座っていた。

スクリーンには、若き日の薬師丸ひろ子が映っている。

「……やっぱり、いいなあ」

老人はうっとり見つめた。

すると隣の席の女性が小声で言った。

「そんなに好きなら、話しかけてみたら?」

老人は真顔で答えた。

「いや、スクリーンの中の人だから無理だよ」

「でも、昔はずいぶんモテたんでしょう?」

「昔はね。今は、鏡に映った自分にまで『どちら様ですか?』って言われる」

女性は吹き出した。

映画が終わり、エンドロールが流れる。

老人は立ち上がらず、スクリーンをじっと見つめていた。

そして、小さくつぶやいた。

「薬師丸さん……俺も歳を取りました」

しばらくして、

「でも、あなたがスクリーンの中で歳を取らないなら……」

老人はニヤリと笑った。

「俺が映画館に通い続けるしかないな」

係員がやって来た。

「お客様、閉館です」

老人は立ち上がりながら、

「分かりました。でも次回は、もう少し前の席を……」

係員が聞いた。

「なぜですか?」

老人は胸を張った。

「老眼なんです」

銀幕の中では、いつまでも若い薬師丸ひろ子。

銀幕の外では、少しずつ年を取る老人。

そして老人は帰り道、街灯に照らされた自分の影を見ながらつぶやいた。

「俺も……映画の中なら、もう少しカッコよかったかもしれんな」

影だけは、なぜか若々しく背筋を伸ばして歩いていた。