下高井戸シネマと、私と、国宝

その日、私は意を決して下高井戸シネマへ向かった。

目的は、ただ一つ。

映画『国宝』を観るためである。

「今日は映画を観るぞ」

そう心に決めた私は、まるで人生最後の大仕事に挑むような顔で家を出た。実際には、駅まで歩いて映画館で座るだけなのだが、気持ちだけはすでに主演俳優だった。

下高井戸シネマに到着し、席に座る。

すると、映画が始まる前から少し疲れていることに気づいた。

「……ここまで来るだけで、もう一本映画を観たような気がするな」

しかも、その一本はたぶん、私が駅まで歩いているだけのドキュメンタリーである。

やがて照明が落ち、『国宝』が始まった。

スクリーンには、若者たちが美しく舞う姿。

私は息をのんだ。

「すごい……」

姿勢も、表情も、動きも、すべてが美しい。

気がつけば、私は身を乗り出していた。映画に引き込まれたというより、前のめりになりすぎて、スクリーンに参加しようとしていたのかもしれない。

ふと隣を見ると、誰もいない。

「おお、今日は貸し切りか!」

そう思った次の瞬間、後ろから人の気配がした。

どうやら貸し切りではなく、私が早く来すぎただけだった。映画館での先行上映ではなく、単なる早着である。

映画が進むにつれて、私はどんどん物語に入り込んでいった。

歌舞伎の世界、親子、師弟、嫉妬、友情、人生。

スクリーンの中では、登場人物たちがそれぞれの運命を背負い、苦しみながらも舞台に立っている。

私は深く感動した。

そして、ふと思った。

「人生って、映画より複雑だな……」

しかし、その直後に別の考えが浮かんだ。

「いや、私の人生も映画にしたら、たぶんジャンルは『コメディ』だな」

しかも、感動の名作ではない。

予告編だけで、主人公が段差につまずいているタイプの作品である。

自分でそう思ってしまい、私はスクリーンを見ながら一人でニヤニヤしていた。隣に誰もいなかったのが幸いだった。いや、いたとしても、たぶん映画の感想ではなく、私の表情について心配されたと思う。

そして、映画が終わった。

館内が明るくなっても、私はしばらく席を立たなかった。

感動していたのだ。

……いや、正確には、感動と疲労が同時に押し寄せていた。

「長い映画だったなあ。お尻が国宝になりそうだ」

そう思いながら、ようやく立ち上がった。

映画館を出ると、下高井戸の街がいつもより少し違って見えた。

『国宝』を観たせいだろうか。

歩く人も、建物も、道端の自転車も、なんとなく映画のワンシーンに見える。

海はないのに、なぜか壮大な余韻だけは残っていた。

私は一人、胸を張って歩いた。

そして心の中でつぶやいた。

「今日、私は国宝を観た。

そして明日からは……

自分の人生をもう少し大切にしよう」

そう思った直後、段差につまずいた。

「危ない!」

幸い転ばなかったが、危うく人生のクライマックスを、下高井戸の歩道で迎えるところだった。

国宝どころか、まず自分の足元を大切にしなければならない。

下高井戸シネマを後にした私は、少し笑いながら帰った。

その日の私にとって、『国宝』は映画だった。

そして、映画を観終わったあとに残ったのは、

「まだまだ人生、面白くできるじゃないか」

という、ちょっとした宝物だった。

ただし、その宝物を守るためにも、次からは段差に気をつけようと思う。