先日、1月10日に父親が急性胆嚢炎で入院致しまして、それから今日初めて母親に連れられ見舞いに行ってきました。

一足先に妹は母親と行ってたらしいですが、その時に点滴のチューブに繋がれた父親を見て妹は泣いたんだとか。
重病でもないのに大袈裟な、と思った自分がまさか泣くとは思ってませんでしたね。



自分、父親とそんなに仲良くないんですよ。

会話も一月に3往復くらいですかね。

嫌ってはないけど、もうお互いタイミングを見誤って、近付く事は無いと悟り合ってるんでしょうね。

そんな間柄の父親でもやっぱ親だって僕は認識してたんですかね。
後は今自分が精神的に弱ってるからってのもありそうです。



手術は29日らしいので、退院は2月のいつでしょうか。

また家に戻ってきてもおそらく会話は無いんでしょうが、早く元気になって欲しいものです。



皆様も御体には充分お気を付けくださいませ。
言いたい事あるなら言え、って大人は言う。

でも逆に直接言ってくる事は少なく、察しろ!と言う。

察しろって言うから、全部の可能性に対処すると、被害妄想って言われる。



正解は自分で見つけなきゃいけないのは分かってるけど、割とそういうのに振り回されちゃうタイプだから疲れちゃうよ。



全部自分が悪いと思うな、って言われたことあるけど、自分が悪いって思い込まないと他人を責めちゃいそうだから、やっぱり自分が全部悪い事にしちゃう。



何かある度に、もし僕が健常者と変わらぬ思考回路を持っていたらなぁって考えてしまう。



分かってほしいけど、その難しさは僕しか分からないからなぁ。



しんどいなぁ。
色々な事が重なり、感情のコントロールが難しくなってきたので、夜勤が終わったら久しぶりにとある場所に参詣に行こうかなと思っています。
仕事も1日休みます。

ある人は、簡単に人を信じるなって言う。

またある人は、信じてほしかったら自分から人を信じろと言う。

僕は後者の考えを支持してるのですが、改めて難しさを感じます。

やはり世の中疑ってかかれなのでしょうか。



目上とか権力とか信頼とか大人とか財力とか怒りとか恥さらしとか正義とか誤りとか。

何が基準なんですかね。



あ~ぁ、やっぱり生きるの辛いや。