「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、日本初のプラモデルメーカー、㈱日本プラスチックなど、真実のプラモデルの歴史を書いてます。

日本ホビーといえば大型の戦車プラモというほど戦車プラモに力を入れていたが、実は当初は戦車ではなく、最初は軍艦を製品化したかったという。

それなのに、なぜ戦車から始めたかというと、戦車は実物が存在しているからであった。

つまり、実物が存在しているためそれを忠実に再現して製品化できる。

しかし、旧軍艦は実物が存在していない、だから、製品化するにはまず軍艦の歴史的必然性を明確にし、正しい解釈と自信を得てからでないと製品化はできないと、まず日本の海軍史から調べ始めたという。

そう、日本ホビーの野口社長はいかに実物に忠実に、そしてより精密な模型に拘っていたものと思われる。

 

軍艦の中でも野口社長が特に製品化したかったのが巡洋艦であった。

 

日本ホビーが大型戦車プラモのマンモス戦車M41快速戦車を発売したのが昭和37年9月頃、

そして、大型軍艦プラモの戦艦大和を発売したのが昭和40年11月、実に3年ほどを要してしまった。

 

そう、巡洋艦をプラモデルとして製品化する前にその手始めとして発売したのが戦艦大和であった。

 

               (昭和40年11月8日 日本模型新聞)

          (昭和40年11月15日 日本模型新聞)

 

これらの広告、記事のとおり戦艦大和が発売されたのが昭和40年11月、野口社長が旧海軍の歴史研究から戦艦大和の製品化まで3年ほどを費やされたことがうかがえる。

 

そこで、野口社長は旧海軍の研究結果を4回に分けて日本模型新聞に書かれているので紹介していこう。

これは、「精密模型巡洋艦を世に出すまで」となっている、

その巡洋艦を製品として出したのが昭和41年の7月頃発売の「重巡洋艦三隅」、「重巡洋艦鈴谷」であり、戦艦大和発売から8ヶ月後のことであった。

 

       (昭和41年4月25日 日本模型新聞)

 

                <続く>日本ホビー 精密模型巡洋艦を世に出すまで ②

                 

マブチTKK65モーター

 

マブチモーターで今となっては入手しにくいのが「TKK65」モーターだろう。

元々があまり使い道がない一番大きいモーターだった。

パワーを必要とする大型の木製艦船模型、プラモデルでいえば日本ホビーの戦艦大和、そして金属製の相原模型の61式戦車くらいのものだろう。

 

日本模型新聞を読んでいたら次の記事があった。

 

                       (昭和41年6月13日 日本模型新聞)

 

そのマブチ65モーターの在庫が底をついているという、いつマブチ65モーターは生産を止めたのだろうか。

日本模型新聞などで調べても生産中止の記事、広告はない、あるのはマブチモーターの新製品の広告、記事ばかり。

 

生産中止の時期の特定はできないものの、次の広告で大体の時期はわかる。

 

            (昭和41年新年号 日本模型新聞)

 

「TKK65品切れの際はご照会下されば在庫品をお知らせします、.....」

これで昭和40年末までに生産中止になったことはわかる。

 

そして、次の広告、

 

         (昭和40年11月15日 日本模型新聞)

 

「電池やモーターを更に強化する事も可能です」とある。

これはどういう意味かというと、TKK55モーターを65モーターにパワーアップすることもできる、という意味。

 

以上、2つの広告から昭和40年11月頃から12月中にマブチ65モーターは生産中止になった、いや、正確に言うとその頃に日本ホビーは生産中止を知った、と推測することができる。

 

下記の記事にて紹介しているように、65モーターが生産中になったため相原の61式戦車は2版目あたりから55モーター使用となっている。

相原模型 1/15 金属製 61式戦車

 

 

マブチ水中モーターは発売から2,3ヶ月で、②

の続き、
 
 
        (昭和42年6月19日 日本模型新聞)
 
水中モーターの開発に端を発し、各メーカーは水物プラモ優先で例年より早い水物作戦を展開したが、6月るや徐々に下降線を辿り過剰在庫気味となった。
例年になく早すぎた水物作戦の展開は当初は好調にスタートしただけに息切れも早かった。
後は夏休み直前における最需要を期待するしかないだろう。
 
         (昭和42年6月26日 日本模型新聞)
 
水中モーターは当初は模型業界には供給不足となり奪い合いになり、その後5月の中旬頃までは人気が続いた。
しかし、5月下旬頃にさしかかると下降線に入り段々と在庫過剰気味になったのだろう。
ついに静岡業界でも青島文化教材社が在庫処分を始めたものと思われる。
水中モーターを無料でオマケに付け始めた。
 
           (昭和42年7月3日 日本模型新聞)
 
水中モーターなどの水物プラモは、もうすでに過ぎ去ってしまった。
そう、6月の夏休み前、夏の真っ盛り前には終わってしまった。
 
        (昭和42年7月8日 日本模型新聞)
 
水中モーターを中心にした動きが8月に入ってもう一動きに期待しているメーカーもあった。
 
 (昭和42年7月8日 日本模型新聞)
 
夏休みに入るとプラ市場は活気を呈する気配で、水物プラモは完全にそれこそ水中に没した。
かわりにサンダーバードなどのSF宇宙ものが売れている。
 
         (昭和42年9月11日 日本模型新聞)
 
そして、ついに投げ売りまで始まったという、
 
前評判が非常に高く、爆発的に売れると大いに期待された水中モーターが発売されたのは3月10日、しかし、6月初めにはすでに在庫過剰となり売れなくなってしまった。
水中モーター神話?は僅か3ヶ月足らずで崩れ去ったのである。
その決定的な要因は何だったのかは僕もよくわからない。
 
この9月11日以降、日本模型新聞には水中モーターに関する記事、広告は一切出てこない。
もう話題にしたくないほど、水中モーターに関しては失望が深かったのだろう。