「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、日本初のプラモデルメーカー、㈱日本プラスチックなど、真実のプラモデルの歴史を書いてます。

千葉支部より、

 

次にご紹介いたしますのは青島文化教材社 ABKの「フォレストPシャーマン」

2型です。

 

 

これもめったに出ない貴重品ですが、二つも入手出来ましたので一つ作ること

にしました。

2型、というのが気になりますが、そう、1型もあるのです。これは後程。

いつもの通り資料としての製作なので図面や指示に忠実に作ります。

特に難しいところもないので割と短時間で完成しました。

この頃のキットの木材の材質は良好で節もなく工作は楽でした。設計もなかなか

見事で、出来上がりも立派に見えます。

 

 

では、「フォレストPシャーマン」1型と2型についてですが、

外観からはそれほど大きな違いは無いように思えます。

ただし、1型の方は古いものをレストアしたものなので多少

出来が悪く見えるかもしれませんが。

 

 

 

 

 

 

 

大きく違うのは大きさです。約5㎝違いがあります。

シャーマン1型は31㎝、シャーマン2型は36㎝になります。

価格は1型100円、2型150円でした。

図面や部品を流用して経費を節約するやり方はよくあることですが、

この場合は図面は別々、部品も流用されているようには見えません。

しかも、1型を発売したら好評だったので2型も出したというなら解

るのですが、1型と2型を同時に発売しているようなのです。

どうも1型と2型を発売した理由が分かりません。

同じ手間をかけるなら別の船を出しても良かったのではないかと思え

るのですが。

青島さんに教えていただきたいです。

 

 

 

千葉支部より、

 

次は 長谷川の「オレゴンシティ」をご覧ください。

当時長谷川は最初から大型のモータライズ艦と小型のソリッドモデルを並行して

発売していました。さすがに艦船愛好家の長谷川氏、設計も素晴らしく「エスキ

モー」や「ヴァンガード」などを発売していました。

ソリッドでも「ミッドウェー」、「リバプール」などを発売、米国巡洋艦シリーズ

では

米国重巡洋艦「サレム」 1/500 43.6㎝ 160円

誘導弾発射巡洋艦「ボストン」 1/500 41㎝ 160円

重巡洋艦「トレド」 1/500 41㎝ 160円

重巡洋艦「オレゴンシティ」 1/500 41㎝ 160円

が発売されていましたがあまり話題にはならず今ではほとんど見かけることはあ

りませんでした。

しかし、その貴重な「オレゴンシティ」が二つも手に入ったので、これは作らな

ければ!ということで作成しました。

 

 

 

実際の「オレゴンシティ」について触れてみたいと思います。

「オレゴンシティ」は1946年2月16日に就役しました。第2次大戦には

間に合いませんでしたがほぼ完成状態なので中止にはならなかったのでしょう。

1946年7月には第4艦隊旗艦となりましたが、しかし、1947年12月

15日には退役と短命な艦でした。ちなみに「オレゴンシティ級」の同型艦は

「オールバニ」はミサイル巡洋艦に

「ロチェスター」改装されず

「ノーザンプトン」1961年指揮官CC-1に改装、

 

 

画像最初が「オールバニ」次が「ロチェスター」次が「ノザンプトン」最後が

「オレゴンシティ」です。

(ウィキペディアより)

 

「ノーザンプトン」は長谷川から指揮艦の形状で模型化されて発売されました。

長谷川の社長さんは米巡洋艦がお好きだったのでしょうか。

 

千葉支部より、

 

次は 同じくフジミの「オレグ」をご覧いただきます。

昭和30年代初め、フジミでは「趣味のソリッドモデル」シリーズを発売しており、

№1「山城」から順次発売して№6「セバストポール」、№7「オレグ」が最終となります。

 

 

当時各メーカーは外国艦の開発に熱心で、中には聞いたことの無いような船が発売されていました。「オレグ」もその一つでした。調べてみましたが、箱の写真にある「スベルドルフ級」巡洋艦には「オレグ」は有りませんでした。

しかしフジミでは「オレグ」を75㎝スケールモデルとしても発売していました。

「オレグ」の名前が確認できたのは防御巡洋艦だけでした。

 

 

 

スケールモデル「オレグ」 75㎝ 模型界最初のソ連艦 小売700円 卸420円

これが模型カタログ(どこのか失念してしまいました)に掲載されていた画像と説明文です。

フジミでは趣味のソリッドモデル「オレグ」の他に75㎝の「オレグ」を発売していました。

調べてみましたが、英国戴冠式参列艦に「オレグ」は有りませんでした。

1937年ジョージ6世戴冠記念観艦式に時点ではまだキーロフ級やマキシ

ム・ゴルキイ級などは完成していなかったはずです。

 

「趣味のソリッドモデル」シリーズはウォーターラインで大きさも手ごろ、

値段も50円と安かったのでもっと人気が出ても良いのではと思うが、モー

タライズの走る船に押されて消えてしまいました。

「オレグ」は小さくとても作りやすいキットです。丁寧に作っても数時間で

出来上がります。しかもシルエットもなかなかでフジミのセンスの良さが感

じられます。

こういったキットは部品が無くても自作で簡単に作れます。図面さえあれば

作ってみてはいかがでしょうか。

 

 

次回は、「オレゴン・シティ」      

                        <続く>

千葉支部より、

 

次は、フジミの1/1000「赤城」を作りました。

以前に「比叡」を作りましたが、「赤城」はまだ作ったことがありませんでした。

当時ソリッドモデルは売り上げが低調でくりぬき船体にモーターを搭載して走る

模型に人気を奪われていました。そこで対策として低予算でモーター搭載を、と

いうことで生まれたのが「ポケット航空母艦赤城」でした。ネーミングもそうで

すが、あまりに安易な考えで出来たものは笑ってしまうようなものでした。

 

 

しかし、これは冗談でいい加減に作ったものでは決してありません

でした。当時のメーカーにとって開発の失敗はメーカーの消滅さえ

考えられる深刻な事態でした。

当時この小さな船体に収まる極小モーターが開発されており可能で

はあったのですが、実際水に浮かべて走るのか、が大問題でした。

対策としてはモーターや電池を収めるスペースを確保して浮力を付

けるため船体をできるだけ大きくする、船体が小さいのでモーター

を回すとスクリューの回転で船体が傾き転覆してしまう。このため

大きなバルジを2段も付けました。

果たしてこれで無事走ったのかどうか、試したことはありませんの

で結果は不明です。

とりあえず完成したところをご覧ください。なにこれ!というよう

な形をしていますが、メーカーとしては真剣に製品化するために考

え抜いた結果だとみれば、模型の歴史の貴重な資料だともいえると

思います。

 

 

 

 

次回は、「ソ連 重巡オレグ」、      <続く>

千葉支部より、

 

だいぶ陽気も良くなり、昨年在庫整理?をして2個以上あるキットの中から

数点作ってみました。

自分では面白いと思うのですが、木製艦船模型についての関心はいまいち

低くて残念です。しかし、一人でもこれを見て興味を持ってくれればなど

と思いながら作っています。

 

 

まず最初は、TF 富士模型の「オープンカー」です。

これも調べたら6個も手元にあり相当売れなかったのでは、と思ってしま

います。

 

 

部品数も少なく一見簡単そうですが、いざ組んでみると簡単ではありません。

部品一つ一つをつないでゆくと形がゆがんでしまい最初からやり直し、これを

繰り返して少しづつ纏めてゆきます。

また、そのままでは只の木の箱にしか見えませんので、自動車に見えるように

工夫しなければなりません。これが木製模型の面白いところです。

自分なりにイメージしてあちこち削って形を作ってみました。いかがでしょう

か?

 

 

ゴム動力で走る、となっているので輪ゴムを付けて走らせてみました。

後輪を反対廻ししてゴムを巻き手を離すと、猛烈な勢いで車輪が空転して

車は全く動きさえしませんでした。

減速ギアもなく車体も軽く、おまけにタイヤが木製なので滑ってしまい

動かないのが当たり前でした。

当時の子供たちは苦労して作り上げて、走らせてみたらこの結果!

相当にがっかりしたことでしょう。売れなかっただろうことは容易に

想像できます。

 

 

次回は、フジミ模型の1/1000「空母 赤城」、  <続く>

1週間ほど前のこと、

 

夜中にピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、とインターホンが鳴った、

真夜中でぐっすり眠っていた僕はビックリして飛び起きた。

このご時世なので強盗の可能性もある、

誰かさんもビックリして飛び起きていたが、「絶対に応答しないで、絶対にドアも開けたらアカン!!」と言う。

 

この時間なのでインターホンが鳴るなど普通ではない、何がおきているのか僕としてはそれに興味がある。

インターホンのテレビ画面を見ると、玄関ドアの前あたりをお婆さんらしき女性がウロウロとしている。

「これは何かあったにちがいない、なにか困っているのだろう」と察して、ドアを開けて、

「この夜中にどうしたのですか?」と聞くと、

 

おばあさんは、「ここはホテルと繋がっているのですか?」と言う、

僕は、「いいえ、ここはホテルではありませんよ、マンションですよ」と答えた。

 

そこで、「どこから来たのですか?」と聞くと。

「神戸のホテルから歩いてきました、部屋がわからなくなって探し回っています」と、

足元を見るとサンダルみたいな履物、とても神戸から歩いてこれるはずがない。

 

これは認知症だと察した僕は誰かさんにお婆さんと話し相手になってもらい、その間に110番へ連絡した。

 

警察が来るまでの間に、

「そのホテルの部屋番号は何番でしたか?」と聞くと、

「◯◯◯号室」と答えられるので、

「お名前は?」と聞くと、

「◯◯です」とハッキリと答えられた。

 

そこで、ハッと気が付いた、

◯◯◯号室の◯◯さんといえば、うちのマンションの人ということに気が付いた。

そう、うちのマンションのその◯◯◯号室に◯◯という名字の表札があることに、

 

「それでは、そのホテルの◯◯◯号室へ案内しますのでついてきて下さい」と誰かさんも一緒になって連れていった。

連れていくとドアに鍵はかかっていない、

おばあさんは、「ここです、ありがとうございます」と入っていく、

全ての部屋に電気が点いており誰もいない、

 

そこへパトカーで2人の警察官が来たので今までの経緯を話して、あとの対応は警察官に任せることにした。

 

後日いろいろと話を聞くと、そのお婆さんはあちこちとインターホンを鳴らしまわっていたという。しかし、皆は「怖い、気味が悪い、」と出なかったという。

それで結局は僕の部屋のところまで来たのだろう、

結果として無視することなく、対応してよかったと思っている。

 

そうそう、それからそのお婆さんの家族の方は部屋からお婆さんがいなくなったので近所を探し回っていたという。

 

僕らもこの歳になったのでいつ認知症になるかもわからない。

こればかりは防ぎようもない、予防薬などもない。

 

令和6年における行方不明者届受理等の状況 - 警察庁

 

上記の統計のように、認知症による行方不明者も驚くほど多い。

決して他人事ではないことを自覚しなければならない。

 

 

 

 

前回の「ゴジラ-1.0」に続き次回の「ゴジラ-0.0」は11月3日に公開されるという。

 

そこで今話題になっているのが、そこに「二式大艇」が登場するという。

今年は「二式大艇」のプラモが良く売れるかも。

 

「二式大艇」のプラモといえば長谷川製作所だろう、

それまで他のメーカーは「二式大艇」にはあまり興味がなかったようで、長谷川製作所の自信作がその「二式大艇」だった。

 

その発売はいつだったのだろうか、

 

         (昭和41年11月28日 日本模型新聞)

 

      (昭和12月26日 日本模型新聞)

 

発売は昭和41年12月である。

 

          (昭和42年5月1日 日本模型新聞)

そういえば、6年ほど前にイスラエル製のゼロ戦のプラモデルを紹介したことがあった。

珍しい?物なのでもう一度紹介したい。

 

 

イスラエル製のゼロ戦のプラモデル、これは僕の持ち物ではなく東京支部の相棒の持ち物、

イスラエル製のプラモデルは今まで見たことない。

 

 

メイドインイスラエル とある、これだけは読めるがあとはまったく読めない、

どなたか訳して(笑)。

 

こればかりは僕も説明のしようがないのであとは画像だけ。

 

 

箱から取り出してみると、

 

 

 

 

 

ニチモのゼロ戦と並べてみた。

 

「おかちゃん」さんにAIで翻訳してもらいました。

 

三菱 A6M5 零戦(ZERO-SEN) 1/72 スケール

生産国: 日本

タイプ: 単座海軍戦闘機

初飛行: 1940年

解説

太平洋において、日本の零戦が初めて実戦投入された際、非常に驚くべき戦術的奇襲が達成されました。実はこの機体は、すでに中国戦線で18か月もの間運用されていたにもかかわらずです。

零戦の設計仕様は、高速性能と急上昇能力、そして大容量の燃料搭載による長航続距離と強力な武装、さらには卓越した機動性を兼ね備えるというものでした。これら相反する要求は、極めて巧妙な設計計画によって主に達成されました。この俊敏性と中高度における優れた総合性能は、P-39、P-40、F4Fといった当時のアメリカ軍戦闘機との空中戦(ドッグファイト)において、零戦に決定的な優位性をもたらしました。

1944年に登場した最新のアメリカ軍戦闘機の優位性に直面し、三菱は急遽、零戦の改良版の開発を進めました。それが、より優れた性能とより重い武装を備えた「A6M5 零戦(ジーク 52型)」です。
スペック

エンジン: 中島 栄21型 星型エンジン(1,320馬力 / 2,600回転)

性能: 最大速度 358MPH(約576km/h) / 高度22,000フィート(約6,706m)時

最大航続距離: 1,844マイル(約2,968km)

重量: 6,026ポンド(約2,733kg / 全備重量)

武装: 胴体に7.7mmまたは12.7mm機関銃2挺、翼内に20mm機関砲2門および12.7mm機関銃2挺

寸法: * 全幅:36フィート2インチ(約11.02m)

全長:29フィート10インチ(約9.09m)

全高:9フィート2インチ(約2.79m)

 

昭和14年11月号の「科学と模型」、

 

「催涙弾は日本が最初」というのは知らなかった。

 

 

 

日本で最初に走った模型機関車についてはウィキペディアにも書いてある。

鉄道模型 - Wikipedia

次の「松本正二」さん、

 

 

 

京都の「マツモト模型」の創業者である、

「科学と模型」で鉄道模型の執筆陣のお一人であった。

マツモト模型 - Wikipedia

 

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木製艦船模型の「戦艦ミズーリ号」、
 
長さはおよそ60センチくらい、この戦艦模型には今となってはほとんど見かけないモーターが
使われてる。
 
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そう、このマグネット馬蹄形モータである、
 
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笑ってしまうのが、この戦艦には電灯が設置されている。
 
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左のスイッチを押すと電灯が点き、右のスイッチを押すとモーターが回転する。
 
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ところで、この馬蹄形モーターはどこの製品だろうか、TMKと刻印されている、
TMYとは玉屋模型のことである、当時は「艦船モデルの玉屋模型」と言われていた。
電池を繋くと意外とよく回る、
おそらく、昭和29年前後の製品だろう、昭和30年に入るとこのような馬蹄形はほぼ見かけ
なくなる、そう、マブチモーターが模型界に幅を利かすようになってくる。
 
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煙突が欠落しているのでいずれ修復しなければ、
笑ってしまうのが、この電灯、いや実は当時この電灯がよく流行った、特にモーターボートには
必需品であった、必ずこの電灯が付いていた、さすがに戦艦に付けるとなると似合わないが、
そこはまあご愛嬌。
 
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スイッチを押すと、ちゃんとこのように点灯する。
 
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イメージ 9
 
今の時代から見れば笑ってしまうような模型であるが、僕らにとっては懐かしさがこみ上げて
くる木製の艦船模型である。
 
実は、まだ木製の艦船模型は明石海峡の海で走らせたことはなかった。
去年の夏は一度も艦船を走らせることをしなかったが、今年の夏は走らせたいなと思っている。