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アラ還 ~ 毎日が日曜日

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 歴史的な円高と欧州債務危機による海外経済の悪化で輸出が大幅に減り、貿易立国日本の優位が揺らいでいる。電機メーカーに限らず、企業は、軒並み苦戦している今日である。更に、少子高齢化が急激に進み、社会保障の充実が急がれている。日本の進む方向を決定しなければならない国会において、6月末の衆議院本会議で、消費税率引き上げを柱とする社会保障と税の一体改革関連法案に反対した、元民主党代表Oとそのグループは、民主党を離党した。Oの政治家としての生き方は、剛腕・壊し屋と、評価はいろいろあるが、ある面でタフであるといえようかと思う。
 「タフ」という言葉が気になって改めて調べてみた。広辞苑によると、「頑強なこと、スタミナがあること」、頑強とは、「頑固で屈せず強いこと、手ごわいこと」となっている。
そこで私なりに「タフである」ことについて考えてみる。アスリート、研究者、会社員に限らずどの分野にも「タフ」といわれる人がいる。

 有名なプロゴルファーであるフロイドも「タフなゴルファー」と言われた。フロイドは、タフなゴルファーになる10のポイントとして
  1 自分自身を知る
  2 ゆったりした気持ちで
  3 経験から学べ
  4 心の準備をせよ
  5 メダリストになることを念頭に置け
  6 自分のゲームをせよ
  7 前のショットを忘れよ
  8 自信を持て
  9 自分のテンポに気をつけよ
  10 プレッシャーを作り出して練習せよ 
をあげている。

 人生においては、努力しても簡単には実現できないこと、解決策が見つからないこと、答えが分からないことなど、数え切れないほど困難なことがある。そうした課題に向き合い、解決策・新しい考え方やものの見方を見つけるために、自分の能力を精一杯使って物事に正面から向き合い乗り越えていこうとする姿勢を持続することが「タフである」ことの一つだといえる。
 人間は、自分とは異なった価値観・生き方に出会うと衝撃を受ける。そして成長する。そうした経験を通じて、困難な課題に直面した時、どう対処すればいいのか知恵や工夫を巡らす。そして、なんとかできるのではないかという前向きの姿勢が身に着く。「タフである」ことの原点であろう。
 還暦を過ぎた私だが、「タフな人生を送りたい」という欲求は強い。例えば、私の趣味の一つのゴルフについていえば、スコアーは技術はもちろんだが、自己の心理が大きく影響する。残念ながら私はタフな精神力が身についていない。前のショットの結果に左右されることなく、同じミスを繰り返さないように、一つひとつのプレイを冷静に行えることができるようになりたいものである。
 テレビや新聞において、連日のように事件やトラブルについて報道されている。これらの報道を見たり聞いたりするとき、以前聞いた話が頭にうかぶ。進君という子が、お母さんに請求書を書いた話である。
 <請求書> お母さんへ
一、スーパーにお使いに行き賃  100円
一、お母さんの肩あんま賃    100円
一、お庭の掃き賃        100円
一、婦人会の時の留守番賃   100円
一、妹を親戚に連れて行き賃 100円
 合計 500円
 これを見たお母さんは、ニコニコしながら、「そうね、よくお手伝いしてくれてありがとう」と、心から褒め、「じゃあ明日ね」という。
 翌朝、食卓の上にお母さんの書いた紙があり、その紙には、
<お母さんの請求書> 進へ
一、風邪を引いて高い熱が出たときの看病代 無料
一、毎日のお弁当代            無料
一、学校で必要な本・ノート・鉛筆代 無料
一、冬に着るセーター代 無料
一、進が生まれてから今日までのお世話代 無料
合計 無料  
 それ以来、進君は、請求書を出すことはなく、進んで家の手伝いをするようになったという。
 人間の生き方の姿勢には、自分の望みばかりを要求するタイプと、おかげさまと周囲に感謝するタイプに分けることが出来るように思う。
 現代の日本は、残念ながら要求型人間が多いのではなかろうか。他を省みず、自分にとって都合の良いことばかりを要求する。何事もうまくいかなければ他人のせい、どこまでも自己中心的なのである。マスコミで報道される事件も、身の回りで発生するトラブルも、大半はそこに起因するものが多いように思う。 
 みんなが、進君のお母さんのように、ユーモアと思いやり、知恵のある親であれば、子どもの頃から自然と感謝の心が育つことは間違いない。しかし、現実は、親が子供に迎合し、何でも言いなりになるケースや、変に恩着せがましい姿が目立つ。残念ながら日本全体で要求型人間を育てているような気さえする。
 学校だけでなく、家庭においても、このことの大切さを教え、いわゆる請求書の発行枚数を減らし、少しでも感謝型人間になるように努力する事を呼びかけなければならないと思う。
 広くはないが、私の書斎がある。机に座ると正面は外の景色が見渡せる硝子戸である。硝子戸の右側には本箱があり、その一画に私のお気に入りの本を集めている。
日本の和算を世界の数学の水準に高めた関孝和の生涯を描き、2006年日本数学会出版賞受賞した鳴海風著の「算聖伝」。碁打ちにして数学者であった渋川春海の生涯にわたる奮闘・挫折・喜びを描き、2010年本屋大賞受賞した冲方丁著の「天地明察」。和算の世界を著した6編の作品を集めており、長編の和算史としても読める本であり、第一編は、円周率πの2乗の無限級数展開式を、ヨーロッパで発見された1737年より15年も早く発見した関孝和の弟子である建部賢弘の壮絶な研究の一生を著しており、和算研究の世界に引き込まれた鳴海風著の「円周率を計算した男」。この3冊は、私が38年間、数学を担当した高校教師であったことと、囲碁が趣味であることから特にお気に入りである。
 異色な本としては、宮城谷昌光著の「安子」がある。この本は、同僚であったT先生から「面白いですよ」と紹介してもらった本だ。約2600年前の中国(春秋時代)における安弱・安嬰の親子2代の一生を、「史記」を下敷きに著したもので、たくさんの登場人物と、それぞれの考え方は、現代の我々にも通じるところがあり、面白いと同時に考えさせられるところが多々あった。
他にも、浜口雄幸と井上準之助の命を賭けた生きざまを描いた城山三郎著の「男子の本懐」、新幹線を作った男たちを描いた碇義朗著の「夢の超特急、走る」、御巣鷹山での日航機墜落事故で、運命を翻弄された地元新聞記者たちの濃密な一週間を描いた横山秀夫著の「クライマーズ・ハイ」、第145回直木賞受賞作である池井戸潤著の「下町ロケット」などがある。どの作品も骨太で、ずんと心に快い手応えを残してくれる本である。

 読書は人を植物にたとえると、植物が生長していく上での肥料に似たところがある。植物は、自然の水、光、そして温度などがあれば大地に根を張って一応は育つ。肥料をやらないために枯死することはあまりない。人も読書をしないからといっても年齢と共に身体は成長する。しかし、植物は肥料をやれば、その効果でしっかりした根を張り、幹が太り、立派な実がなる。そのように、人の知識や心の成長に、読書は大きく影響を与えると思う。
 また、評論家厨川白村(くりかわはくそん)は、エッセイの中で「読書は経験を予想する」と述べている。1人の人間の体験できることには限りがあるが、「読書は実際の経験の代わりはできないまでも、経験を予想させてくれるありがたいものである」という意味だと思う。読書はいいものだ。

 さて、読書の効用はいろいろあるが、私が本を読むのは理屈抜きで楽しいからだ。楽しむだけならテレビや映画を見ればよいという考え方もある。しかし、想像力を働かせることでは読書にかなわない。本を読めば、何かを考え、別の世界を知るこができる。楽しい読書はだれでもでき、心に響く本は、だれにも必ずあるはずだ。活字離れといわれ、マンガは読むが小説は読まない人生はもったいないと思う。
 私は、50歳を過ぎてから退職するまでJRで毎日楽しく通勤した。何故楽しかったかといえば、その時間が、同僚と会話を楽しんだり、読書をしたりする時間となったからだ。一日は24時間である。その限られた時間の中で、少しでも本を手に取り、開けてみたい。そこには未知の世界や思いがけない感動があるはずだ。