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アラ還 ~ 毎日が日曜日

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 還暦を過ぎた私は、週に各1回テニスと囲碁を楽しんでいる。いずれも勝負事であるから、勝てばうれしいが、負ければ悔しい思いをするが、この気持ちを大切にしたいと思っている。
先日のテニスにおいて、対戦相手の後衛であった渡さんは、高く上げたロビングを多用してきた。ボールのスピードはなく、ふんわりした打球はハードヒットするのが意外と難しい。渡さんは、私の好きなプレイスタイルを阻止したのである。しっかりしたストロークでゲームを組み立てたい私は、不満であった。しかしふと気がついた。彼は勝ちたいのだと。渡さんに限らず他の4人も勝つことを目指して、サービス・ストローク・ネットプレイを工夫していることを再認識した。
 そこで、勝ちと負けについて改めて考えてみる。
勝つことは、誰にとってもうれしい。では、どのような条件が成り立った時に勝てるのだろうか。技術は同じだが、体力が勝っていた。体力は同じだが、技術が勝っていた。体力・技術は同じだが、アイデアに勝っていた。ほとんどの面で同じだが、執念が勝っていた。何かが勝っていたから勝てたのである。

 将棋15世名人であり、1962年には、名人・王将・竜王・王位・棋聖を独占し5冠王でもあった大山康晴(1923~1992)は、少年時代、自分が勝てる相手が好きで、その人と繰り返し何度も将棋を指したという逸話を本で読んだことがある。
プロ棋士を目指して勉強をするところであった奨励会で、昇級したい一心で、カモを探してはポンポンと勝ち、ハンコを押して、ドンドン昇給する。誰と指しても、勝ちは勝ちだから、カモを探して、何局も指したそうである。
 通算8期将棋の名人位を保持した木村義雄棋士(1905~1986)が、勝つためにとった「横歩取り」に関わる作戦は有名である。「横歩取り」とは、相手が角道を開くために突いた歩を、飛車が横に走って取る戦法であり、木村名人全盛の時代には「横歩3年の患い」といって、不利な戦法と評価されていた。しかし、木村名人は「横歩取り」をして、勝っても「気合いで歩を取ったが、苦しかった」とか言って、決して歩を取ることが有利になるとは言わなかった。10年が経ったころ、横歩取りは有利だと他の棋士が気付き始めて、やっと「横歩を取ったほうが必ずいい」と白状したのである。ほんの僅かの有利を秘密にしたのである。

 さて、「なぜ、どうして、どうすれば」と、疑い考えることを出発点として、物事を深く掘り下げて研究・解明・実証し、知識を体系化して、人や社会に役立てていくのが学問であるといえる。そう考えると、スポーツに限らず、勝敗を競うものはすべて学問の一つではないかと思う。高いレベル、より高度な目標を目指して試行錯誤を積み重ねながら、工夫し、研究していくのだから。

 俺は歳だから、還暦を過ぎたのだからと勝つことを目指す気持ちが薄らぎ、何かと妥協するのはさみしい。勝負だから負ける時もある。負けたという現実に立ち向かうことから逃げる「敗者の言い訳」を考えるのではなくて、「たら、れば」思考を心掛けたい。例えば、さっきのショットは、構えたときの腰が高かったから、腰を落として構えて打てば……のように、失敗の原因を分析する。そして、その分析結果を次に生かすことに努めれば、相手よりも勝った何かを得ることができ、次の一歩に繋がると思う。