広くはないが、私の書斎がある。机に座ると正面は外の景色が見渡せる硝子戸である。硝子戸の右側には本箱があり、その一画に私のお気に入りの本を集めている。
日本の和算を世界の数学の水準に高めた関孝和の生涯を描き、2006年日本数学会出版賞受賞した鳴海風著の「算聖伝」。碁打ちにして数学者であった渋川春海の生涯にわたる奮闘・挫折・喜びを描き、2010年本屋大賞受賞した冲方丁著の「天地明察」。和算の世界を著した6編の作品を集めており、長編の和算史としても読める本であり、第一編は、円周率πの2乗の無限級数展開式を、ヨーロッパで発見された1737年より15年も早く発見した関孝和の弟子である建部賢弘の壮絶な研究の一生を著しており、和算研究の世界に引き込まれた鳴海風著の「円周率を計算した男」。この3冊は、私が38年間、数学を担当した高校教師であったことと、囲碁が趣味であることから特にお気に入りである。
異色な本としては、宮城谷昌光著の「安子」がある。この本は、同僚であったT先生から「面白いですよ」と紹介してもらった本だ。約2600年前の中国(春秋時代)における安弱・安嬰の親子2代の一生を、「史記」を下敷きに著したもので、たくさんの登場人物と、それぞれの考え方は、現代の我々にも通じるところがあり、面白いと同時に考えさせられるところが多々あった。
他にも、浜口雄幸と井上準之助の命を賭けた生きざまを描いた城山三郎著の「男子の本懐」、新幹線を作った男たちを描いた碇義朗著の「夢の超特急、走る」、御巣鷹山での日航機墜落事故で、運命を翻弄された地元新聞記者たちの濃密な一週間を描いた横山秀夫著の「クライマーズ・ハイ」、第145回直木賞受賞作である池井戸潤著の「下町ロケット」などがある。どの作品も骨太で、ずんと心に快い手応えを残してくれる本である。
読書は人を植物にたとえると、植物が生長していく上での肥料に似たところがある。植物は、自然の水、光、そして温度などがあれば大地に根を張って一応は育つ。肥料をやらないために枯死することはあまりない。人も読書をしないからといっても年齢と共に身体は成長する。しかし、植物は肥料をやれば、その効果でしっかりした根を張り、幹が太り、立派な実がなる。そのように、人の知識や心の成長に、読書は大きく影響を与えると思う。
また、評論家厨川白村(くりかわはくそん)は、エッセイの中で「読書は経験を予想する」と述べている。1人の人間の体験できることには限りがあるが、「読書は実際の経験の代わりはできないまでも、経験を予想させてくれるありがたいものである」という意味だと思う。読書はいいものだ。
さて、読書の効用はいろいろあるが、私が本を読むのは理屈抜きで楽しいからだ。楽しむだけならテレビや映画を見ればよいという考え方もある。しかし、想像力を働かせることでは読書にかなわない。本を読めば、何かを考え、別の世界を知るこができる。楽しい読書はだれでもでき、心に響く本は、だれにも必ずあるはずだ。活字離れといわれ、マンガは読むが小説は読まない人生はもったいないと思う。
私は、50歳を過ぎてから退職するまでJRで毎日楽しく通勤した。何故楽しかったかといえば、その時間が、同僚と会話を楽しんだり、読書をしたりする時間となったからだ。一日は24時間である。その限られた時間の中で、少しでも本を手に取り、開けてみたい。そこには未知の世界や思いがけない感動があるはずだ。