先日、映画「ALWAYS 三丁目の夕日‘64」をテレビで見た。映画館で観る機会を失い心残りであった映画である。舞台は、自分が生きてきた昭和の時代であり、貧しかったが、日本中にエネルギーが溢れていた時代である。映画を見ながら、50年以上前を懐かしく思いだした。映画の中に、東京オリンピックを見るためにテレビを購入し、大喜びする下町の人々が描かれた場面があった。大松監督のもと、猛練習をして、女子バレーが金メダルを取り、日本中が歓喜した場面もあった。夕食時、家族全員で見た人気番組「ひょっこりひょうたん島」の登場人物や歌も思いだした。
この機会に、テレビ放送について振り返ってみると、
・昭和26年(1951年):NHKが、受信料200円でテレビ放送開始
・昭和34年:皇太子殿下と美智子妃殿下のご結婚パレードの実況中継を契機に、テレビの普及が 200万台を超える。
・昭和37年:手塚治虫の「鉄腕アトム」が放映開始。
・昭和39年:東海道新幹線の開通式、東京オリンピックの観戦中継
・昭和41年:カラーテレビ放送が、試験放送から本放送へ
・昭和44年:アポロ11号の人類初の月面着陸を中継
・平成23年:地上アナログ放送を廃止し、完全地デジ化
そして、平成26年には、現在のフルハイビジョンの4倍の解像度をもつ高画質のテレビ放送が始まる見通しである。
さて、毎日が日曜日である私は、夕食後はテレビ見て楽しい時間を過ごしている。毎週楽しみにしている番組は、「鶴瓶の家族に乾杯」、「ファミリーヒストリー」、「相棒」、「所さんの笑ってこらえて」、「笑点」、「八重の桜」、「報道ステーション」、「スポーツ実況」、「サスペンスドラマ」、「映画」、低レベルでない「クイズ番組」などである。
見たくない番組もある。お笑い芸人が集まったワンパターンのバラエティ、若手俳優による若者向けの恋愛ドラマ、おいしいとしかコメントしないグルメ番組などである。また、最近はやたらコマーシャルの回数が多いように思う。コマーシャルの種類や回数が多い番組は、時間帯も関係するが、視聴者が多いからということは理解できるが、いい場面にコマーシャルが入り興ざめてしまうことがよくある。
そこで、できるだけビデオに録画してから見ることにしている。コマーシャルがカットされ、楽しく見ることができるからだ。
新聞や雑誌で、若者のテレビ離れが進んでいるという記事をよく見かける。20代の若者の2割は、平日15分未満しかテレビを見ないという。若者は、インターネット・携帯電話などで、いつでも、どこでも、好きな情報を手に入れ、発信し、楽しむことができるから、受身だけのテレビには、魅力が無くなったのかもしれない。
高画質のテレビもいいが、視聴者が何を求めているのかを見極めて、魅力ある番組を作ることが、テレビの普及につながるのだ。
気心の知れた友との会食のときのように楽しい時間を過ごしている時と、一人で時間待ちをしている時のように退屈している時とでは、感じる時間の長さが異なるのは、誰もが経験することである。1秒の長さは不変であると思っていたが、実は不変ではないことを、先日の新聞記事で知って驚いた。そこで、「1秒」即ち、時間について調べてみることにした。
1956年以前は、地球の自転周期である1日の1/86400(=24×60×60)を1秒としていたが、時計が精密になってきて、大気や月の影響で起こる潮の満ち引きのために自転周期が一定でないことが分かり、100日で1秒の誤差があることが分かってきたのである。
そこで、1956年からは、より周期が安定している地球の公転周期を基に、
1/31556925.9747(≒365.2422×24×60×60)を1秒と決めたのであるが、それでも精度に限界があり、160年で1秒の誤差があることが分かった。
1967年には、セシウム電子に吸収される特定の電磁波を基に1秒が定義されるようになって、誤差は8000万年に1秒と極微となったのである。
このように、より正確な1秒が定義されて、地球の自転で決まる1秒と原子時計から決まる1秒との間に生じてきた差を修正するために、うるう秒の設定が必要になってきた。うるう秒は、7月1日または1月1日に設定することになっており、2009年は1月1日、2012年は7月1日が1秒長い日となったのである。ただ、うるう秒は不定期に設定されるために、時刻の情報が重要なシステムで対応を自動化しにくい問題があるために、廃止も検討されているが、結論は出ていないようである。
正確な時計は、素晴らしい発見を手助けしてくれる。例えば、10cmの高低差があると、高いほうが重力がほんの少し弱いから、時間がほんの少し速くなりそのずれは、30億年で1秒であることが検出できるのである。実際、ハーバード大学において、高さ22.5mの塔の上と下で、ものすごく厳密に時間測定を行った結果、わずかに塔の上の方が時間が早く進むことを実証している。アインシュタインの「一般相対性理論」による、重力が強い空間では時間がゆっくりと進むことが確認できるのである。
「1秒の決め方」を調べていくうちに「相対性理論」に行きついた。「相対性理論」といえば、速度の変化や重力が有ろうが無かろうが使えるのが「一般相対性理論」であり、速度が一定で重力が無い場合のみ使えるのが「特殊相対性理論」であること。そして、ブラックホールの近くにいても、自分自身は普段通りの速度で動くことができるが、ブラックホールの外にいる人から見ればブラックホールの近くにいる人はものすごくゆっくりとした動作に見える。逆に、ブラックホールの近くの人から外の人を見れば、動作がものすごく速く見えること、即ち、「時間は相対的である。計る相手によって異なる」、「時間とは一定ではなく、変化する」という理論であることぐらいしか知らない。高い壁が待ち構えていた。一層の勉強がいるようだ。
1956年以前は、地球の自転周期である1日の1/86400(=24×60×60)を1秒としていたが、時計が精密になってきて、大気や月の影響で起こる潮の満ち引きのために自転周期が一定でないことが分かり、100日で1秒の誤差があることが分かってきたのである。
そこで、1956年からは、より周期が安定している地球の公転周期を基に、
1/31556925.9747(≒365.2422×24×60×60)を1秒と決めたのであるが、それでも精度に限界があり、160年で1秒の誤差があることが分かった。
1967年には、セシウム電子に吸収される特定の電磁波を基に1秒が定義されるようになって、誤差は8000万年に1秒と極微となったのである。
このように、より正確な1秒が定義されて、地球の自転で決まる1秒と原子時計から決まる1秒との間に生じてきた差を修正するために、うるう秒の設定が必要になってきた。うるう秒は、7月1日または1月1日に設定することになっており、2009年は1月1日、2012年は7月1日が1秒長い日となったのである。ただ、うるう秒は不定期に設定されるために、時刻の情報が重要なシステムで対応を自動化しにくい問題があるために、廃止も検討されているが、結論は出ていないようである。
正確な時計は、素晴らしい発見を手助けしてくれる。例えば、10cmの高低差があると、高いほうが重力がほんの少し弱いから、時間がほんの少し速くなりそのずれは、30億年で1秒であることが検出できるのである。実際、ハーバード大学において、高さ22.5mの塔の上と下で、ものすごく厳密に時間測定を行った結果、わずかに塔の上の方が時間が早く進むことを実証している。アインシュタインの「一般相対性理論」による、重力が強い空間では時間がゆっくりと進むことが確認できるのである。
「1秒の決め方」を調べていくうちに「相対性理論」に行きついた。「相対性理論」といえば、速度の変化や重力が有ろうが無かろうが使えるのが「一般相対性理論」であり、速度が一定で重力が無い場合のみ使えるのが「特殊相対性理論」であること。そして、ブラックホールの近くにいても、自分自身は普段通りの速度で動くことができるが、ブラックホールの外にいる人から見ればブラックホールの近くにいる人はものすごくゆっくりとした動作に見える。逆に、ブラックホールの近くの人から外の人を見れば、動作がものすごく速く見えること、即ち、「時間は相対的である。計る相手によって異なる」、「時間とは一定ではなく、変化する」という理論であることぐらいしか知らない。高い壁が待ち構えていた。一層の勉強がいるようだ。
碁打ちにして数学者であった渋川春海の生涯にわたる奮闘・挫折・喜びを描いた「天地明察」に続いて発刊された、冲方丁著の750ページにわたる大作「光圀伝」を、1月中旬から読み始めた。幼少期には父親から、血気盛んな青年期には宮本武蔵・沢庵和尚をはじめ幾人もから影響を受けながら、学問の魅力に取りつかれていくところまで読んでいる。「光圀伝」に刺激されて、自分にとっての人生の師について振り返ってみた。
人は生きていく中で、自分の生き方に影響を与える人や言葉に何度も出会う。先ず、最初に出会うのが、親である。親の影響は良い意味だけでなく、とても大きい。しかし、この出会いは、子供に選択の余地が無い、運命の出会いであると言えよう。
次に影響を受けるのは、学校の先生である。親の次に出会う大人であり、学び方や知識を与えてもらう。高校を卒業して、大学・専門学校に進学すれば、どの先生から何を学ぶのか自分で選択できる。従って人生に与える影響は大きい。
社会人になると、仕事においても、人生においても、頭の上がらぬ人、兜を脱ぐしかない人に出会うが、職場の上司や同僚など身近なところにも、人生に影響を与える人がいる。
70歳を過ぎても、安住することなく、先頭に立って新しいことに挑戦しているAさん。年金生活となってから、生まれ育った地域のために、苦労をいとわないBさん。80歳を超えて尚好奇心旺盛で、インターネットや携帯電話でメールを楽しむCさん。身近な所に人生の師はいるのだ。
生きていくことの師は、人だけではない。言葉との出会いも生き方に大きい影響を与える。例えば、「長い人生には、どうしても通らなければならない道がある。その道を通る時は、愚痴や弱音を吐かないで、黙って歩くことだ。…その時、人間としての命の根が深くなるのだ。」という内容の、相田みつをの詩「道」との出会いがある。
また、インドのヒンズー教の教えを、東北のある住職が、最初の2行をアレンジした、
心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる
とも出会った。共に心に強く響き、現在の私の道しるべとなっている。
人あるいは言葉を通して、教えられ、考えて、今後に生かしたいと思っていることを集約すると次の二つである。一つは、何もしないとなかなかやる気は出てこないが、何かをやって「うまくいった」ということが、次につながる。できることをやってみることだ。やる気は行動の中から生まれるのだ。もうひとつは、人とのつながりは、全員とは仲良くできないということだ。この人とはこの程度の付き合いと、濃淡をつければよい。ほどほど感がいいのだ。
人は生きていく中で、自分の生き方に影響を与える人や言葉に何度も出会う。先ず、最初に出会うのが、親である。親の影響は良い意味だけでなく、とても大きい。しかし、この出会いは、子供に選択の余地が無い、運命の出会いであると言えよう。
次に影響を受けるのは、学校の先生である。親の次に出会う大人であり、学び方や知識を与えてもらう。高校を卒業して、大学・専門学校に進学すれば、どの先生から何を学ぶのか自分で選択できる。従って人生に与える影響は大きい。
社会人になると、仕事においても、人生においても、頭の上がらぬ人、兜を脱ぐしかない人に出会うが、職場の上司や同僚など身近なところにも、人生に影響を与える人がいる。
70歳を過ぎても、安住することなく、先頭に立って新しいことに挑戦しているAさん。年金生活となってから、生まれ育った地域のために、苦労をいとわないBさん。80歳を超えて尚好奇心旺盛で、インターネットや携帯電話でメールを楽しむCさん。身近な所に人生の師はいるのだ。
生きていくことの師は、人だけではない。言葉との出会いも生き方に大きい影響を与える。例えば、「長い人生には、どうしても通らなければならない道がある。その道を通る時は、愚痴や弱音を吐かないで、黙って歩くことだ。…その時、人間としての命の根が深くなるのだ。」という内容の、相田みつをの詩「道」との出会いがある。
また、インドのヒンズー教の教えを、東北のある住職が、最初の2行をアレンジした、
心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる
とも出会った。共に心に強く響き、現在の私の道しるべとなっている。
人あるいは言葉を通して、教えられ、考えて、今後に生かしたいと思っていることを集約すると次の二つである。一つは、何もしないとなかなかやる気は出てこないが、何かをやって「うまくいった」ということが、次につながる。できることをやってみることだ。やる気は行動の中から生まれるのだ。もうひとつは、人とのつながりは、全員とは仲良くできないということだ。この人とはこの程度の付き合いと、濃淡をつければよい。ほどほど感がいいのだ。