碁打ちにして数学者であった渋川春海の生涯にわたる奮闘・挫折・喜びを描いた「天地明察」に続いて発刊された、冲方丁著の750ページにわたる大作「光圀伝」を、1月中旬から読み始めた。幼少期には父親から、血気盛んな青年期には宮本武蔵・沢庵和尚をはじめ幾人もから影響を受けながら、学問の魅力に取りつかれていくところまで読んでいる。「光圀伝」に刺激されて、自分にとっての人生の師について振り返ってみた。
人は生きていく中で、自分の生き方に影響を与える人や言葉に何度も出会う。先ず、最初に出会うのが、親である。親の影響は良い意味だけでなく、とても大きい。しかし、この出会いは、子供に選択の余地が無い、運命の出会いであると言えよう。
次に影響を受けるのは、学校の先生である。親の次に出会う大人であり、学び方や知識を与えてもらう。高校を卒業して、大学・専門学校に進学すれば、どの先生から何を学ぶのか自分で選択できる。従って人生に与える影響は大きい。
社会人になると、仕事においても、人生においても、頭の上がらぬ人、兜を脱ぐしかない人に出会うが、職場の上司や同僚など身近なところにも、人生に影響を与える人がいる。
70歳を過ぎても、安住することなく、先頭に立って新しいことに挑戦しているAさん。年金生活となってから、生まれ育った地域のために、苦労をいとわないBさん。80歳を超えて尚好奇心旺盛で、インターネットや携帯電話でメールを楽しむCさん。身近な所に人生の師はいるのだ。
生きていくことの師は、人だけではない。言葉との出会いも生き方に大きい影響を与える。例えば、「長い人生には、どうしても通らなければならない道がある。その道を通る時は、愚痴や弱音を吐かないで、黙って歩くことだ。…その時、人間としての命の根が深くなるのだ。」という内容の、相田みつをの詩「道」との出会いがある。
また、インドのヒンズー教の教えを、東北のある住職が、最初の2行をアレンジした、
心が変われば態度が変わる
態度が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
運命が変われば人生が変わる
とも出会った。共に心に強く響き、現在の私の道しるべとなっている。
人あるいは言葉を通して、教えられ、考えて、今後に生かしたいと思っていることを集約すると次の二つである。一つは、何もしないとなかなかやる気は出てこないが、何かをやって「うまくいった」ということが、次につながる。できることをやってみることだ。やる気は行動の中から生まれるのだ。もうひとつは、人とのつながりは、全員とは仲良くできないということだ。この人とはこの程度の付き合いと、濃淡をつければよい。ほどほど感がいいのだ。