気のおけない友6人で、四川料理のテーブルを囲む機会があった。当日はバスに乗って料理店に向かったのだが、台風接近による激しい雨のためにバスが延着となり、かなり遅れて料理店に着いた。席に着くなり乾杯となった。ビールを一口飲んでジョッキをテーブルに置く時、2枚の写真に気付いた。手に取ってみると、マチュ・ピチュとナスカの地上絵の写真であった。メンバーの一人がこの夏、ペルーに旅行したと聞いていたことを思い出した。隣に座っているその友に写真のお礼を言ったのがきっかけとなって、マチュ・ピチュの謎が話題となった。
メンバーの話を聴きながら、15世紀、ペルー南部高原のクスコを中心に繁栄したインカ帝国は、高い文化・技術力を持ち太陽信仰で統一を図っていたが、1532年スペインのピサロに征服されたことなどを中学校の授業で学んだ時、標高2400mの高地に築かれたインカ帝国の都市の遺跡について、何故そんな高地に、何のために築かれたのか、謎に思った記憶がある。またギターで演奏される物悲しい旋律の「コンドルは飛んでいく」を何度も聞いたことを思い出していた。
「何かの本で読んだのだが、儀式を行ったと思われる太陽の神殿の2つの窓が冬至と夏至の太陽の位置と一致することから、暦を作るなどの儀式の場として、マチュ・ピチュを利用したのではないだろうかいう説がある」と、世界遺産に詳しい友がまとめるように言った。
いいタイミングで次々に出てくる四川料理のマーラー(山椒と唐辛子)によるピリッとくるのを味わいながら、話題はナスカ高原の地上絵に移った。ペルーに旅行した友から、岩盤に掘られた幅20~30cmの線に実際に触れた体験を聞いた。絵が描かれた目的について、「宇宙人へのメッセージではないか」、「宇宙人が描いたのではないか」、「農業生活に必要な雨乞いの儀式用ではないか」、「地下を流れる伏流水の場所を示しているのではないか」、「豊作祈願ではないか」……と、メンバーは思い思いに想像しての面白い説を述べた。
6人のメンバーのうち、毎日が日曜日なのは2人である。4人は60歳を過ぎた今も現役である。見渡せば、どの顔も元気はつらつである。メンバーの中には、今年の春にフランスに行った者もいる。自分は高齢者だと思っている者はいないようである。
私はといえば、外国旅行の経験は、新婚旅行でグァムへ行ったのみである。若い頃は飛行機は嫌いではなかったのだが、御巣鷹山の事故の翌日飛行機に乗って以来、できれば飛行機には乗りたくなくなった。従って、長時間飛行機に乗るのは苦痛である。せいぜい搭乗時間2時間までが我慢の限界である。外国旅行などもっての他である。
世界各地に古代文明の謎がある。中でも南米大陸から約3800km離れた孤島イースター島にある膨大な数の巨大な石像の謎には興味が尽きない。日本の江尻島とほぼ同じ広さである周囲60kmの島にある高さ5~8m、重さ40~80tもあるモアイ像は一体誰が、何のために、どのようにして作ったのであろうか。マチュ・ピチュ、ナスカの地上絵の謎も含めて、遠い昔の人たちの生活を想像してみるのも面白い。30~40年来の付き合いである友人との会食は楽しい一時であった。