という訳で、『月夜の人魚』も今回で最終回です。
では、早速スタート!
魔法少女まどか☆マギカ~月夜の人魚~
最終話 あたしって、ほんとバカ
☆
そしてついに、その日がやってきた。
この日に備え、さやか達はやれるだけのことをやってきた。
出来るだけの特訓と、魔女を狩り、グリーフシードを貯められるだけ貯めておいた。
もう一つ、分かったことがある。
それは、さやかのソウルジェムについてだ。
彼女のソウルジェムは、グリーフシードを気にする必要が無くなっていた。
と言うのも、穢れが一定値溜まるとドッペルが発動し、穢れが放出されるからだ。
あれ以来、半魔女態を発動させることは出来なかったが、ドッペルの方はどうにかして、自分の意思で操れるようになっていた。
これからワルプルギスの夜と戦うさやかにとっては、咲夜の改造で得られた大きな恩恵ではあるが、その心境は複雑だった。
なお、キュゥべえは、この現象について、
「何度も感情のエネルギーが得られるのは魅力的だけど、魔女化には遠く及ばないね。総合的に言うなら、ドッペルは効率が悪いよ」
とのことだった。
その日は明け方から、風が強くなっていた。
まるで天が怒りに震えているようだった。
空を流れる暗雲から雷鳴がとどろき、地上に向けて雨を叩きつける。
海ではあちこちで巨大な渦が巻かれ、大波は狂ったようにうねっている。
もし波に引きずり込まれようものなら、二度と這い上がっては来られないだろう。
普段は穏やかな海は姿を一変させ、人間を寄せ付けない猛々しさで荒れ狂っていた。
『本日午前7時、突発的異常気象に伴う避難指示が発令されました。付近にお住いの皆様は、速やかに最寄りの避難所への移動をお願いします。こちらは、見滝原市役所広報車です。本日午前7時――』
町中に鳴り響いていたサイレンと共に、避難を告げて回る市の車が、さやか達の家の周りにも何度もやってきた。
そんな暴風雨の中、さやか、杏子、瀬利、ほむら、そしてまどかは、身じろぎもせず、前方の上空をキッと見据えている。
まるでサーカスのパレードのように、どこからか現れた動物や小屋が彼女たちの横を通り過ぎ、そいつはついに姿を現した。
上下が逆さまになった、貴婦人のようなドレス。
足の代わりに巨大な歯車が付いていて、頭部は鼻から上の部分が無い。
アハハハハハハハハハハ!
ワルプルギスの夜だ。
「……来た」
因縁の相手を前に、ほむらが呟く。
さやか達もソウルジェムをかざすと、一斉に変身した。
その時である。
「いやぁ、あれがワルプルギスの夜ですか。初めて見ましたがすごいですねぇ」
「!?」
この場に似つかわしくない、やたらとのんきな声が聞こえ、一同はそちらの方を向く。
「む~ん、ご機嫌よう」
そこには魔法少女姿になった咲夜が、さも当たり前のように立ってひらひらと手を振っている。
灯花の治療のお陰か、その身体は万全の状態にまで回復していた。
「てめぇ、何しに来やがった!?」
杏子と瀬利が、それぞれ槍と大剣を咲夜に向ける。
が、咲夜はあくまでいつもの調子を崩さずに笑顔で言った。
「む~ん、そう怖い顔しないでください。今日は別に、あなた達と争いに来たわけじゃないんですから」
「信用できるか!」
今にも斬りかからんばかりの勢いで、瀬利が叫ぶ。
「む~ん、これはいけない。随分と嫌われたもんですねぇ」
咲夜は肩をすくめると、静かに続ける。
「あのワルプルギスの夜は、私にとっても脅威です。あんなものに暴れられたら、研究所にある私の研究成果まで吹っ飛んでしまうかも知れませんからねぇ。それに、ワルプルギスの夜のグリーフシードなんて、最高の研究材料じゃないですか」
「…………!」
さやか達はギッと奥歯を噛む。
咲夜の言っていることは本当だろう。
それに、ここでわざわざ姿を見せたうえでさやか達と争うのは、咲夜にとってもリスクは大きい。
となれば――
「……わかったよ」
「さやか!?」
さやかは咲夜を睨んだまま、静かに言った。
「確かに、あんたのことは全然信用できない。でも、少なくとも、ワルプルギスの夜を倒さないといけないって目的は一緒だ」
「む~ん、さすがさやかさん。話が早くて助かります」
「勘違いするなよ! これが終わったら、あんたとも決着はつけるから」
そう言って、さやかはワルプルギスの夜の方を向いた。
咲夜にとっても、ここで自分達と争うより、ワルプルギスの夜を倒す方が利益が大きい。
ならば、少なくとも戦いが終わるまでは共闘できる。
逆を言えば、ワルプルギスの夜を倒した途端に手の平を返す、ということも有り得るということであるが。
「む~ん、感謝しますよさやかさん。では……」
咲夜が二枚のタロットカードを取り出す。
「タロットマジック、ザ・パワー!」
パァァァァァァァ……
ライオンを抱く女性のイラストが描かれたカードから淡い光が飛び出し、さやか達の身体を包み込む。
「これは……」
「タロットマジック、ザ・パワー。魔法少女の身体能力を上げる魔法です。あ、私の元々の魔法ですから、副作用などは無いのでご心配なく」
「けっ、余計なお世話だっての!」
杏子が吐き捨てるように言うと、瀬利と共に飛び出した。
「続いて、タロットマジック、ザ・チャリオット!」
今度はカードから騎馬戦車が飛び出す。
咲夜がそれに飛び乗ると、騎馬戦車はふわりと宙に浮いた。
「さぁて、行きましょうか、さやかさん!」
「ふん」
咲夜の騎馬戦車が飛び去ると、さやかはまどか達の方を振り返って言った。
「まどか、ほむら。あんたたちは援護をお願い!」
「うん!」
「わかったわ」
さやかは二人の返事に頷くと、ワルプルギスの夜に向かって飛び出していった。
まどか達の援護射撃を受けながらワルプルギスの夜へと進むさやか達の前に、無数の使い魔が立ちふさがる。
それは様々な魔法少女のシルエットだった。
かつて、魔女となって死んでいった魔法少女たちの怨念――
ある者は剣を、ある者は杖を、またある者は大槌を構えてさやかたちに迫ってくる。
「邪魔だ!」
杏子の槍が舞い、さやかの剣が閃き、瀬利の大剣が使い魔を叩き切る。
だが、斬られた使い魔たちは何事も無かったかのように元通りになると、再度襲い掛かってくる。
「む~ん、エジソン!」
ピシャァァァァァァァァァァァァァァァン!
咲夜の電撃が降り注ぎ、使い魔たちが炭化して崩れ落ちる。
やはりその姿は元通りになるが、先ほどよりは再生に時間がかかっているようだった。
「受けたダメージで、復元するまでの時間が決まるようですね。強力な攻撃で一気に消し飛ばしてしまえば、しばらくは時間が稼げそうです」
「だったら!」
咲夜の冷静な分析に、さやかがカッと目を見開く。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
無数の剣を生成し、それを使い魔やワルプルギスの夜めがけて一気に放った。
さらに、
「出てこい!」
さやかの叫びに呼応するように、さやかから黒い影が飛び出し、その足元に人魚の騎士の姿を形作る。
さやかのドッペル――恋慕のドッペルである。
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
先にさやかが生成した剣と合わせ、ドッペルが生み出した剣の雨が、使い魔たちを粉みじんに吹き飛ばした。
「今だ!」
ドッペルに乗ったまま、さやかが一気にワルプルギスの夜に向かって突進していく。
しかし、その時予想だにしないことが起こった。
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
それまで笑っているだけだったワルプルギスの夜が、口から凄まじい火炎を吐き出したのだ。
それはまるで、地獄の業火がワルプルギスの夜の口を通して飛び出してきたかのようだった。
「えっ!?」
火炎は恋慕のドッペルをかすめ、背後にあった高層ビルに命中する。
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!
天地をつんざく爆音が響き、砕かれたビルの瓦礫が雨のように降り注ぐ。
直撃こそ避けたさやかだったが、火炎の衝撃波によってドッペルから吹き飛ばされ、真っ逆さまに地上に落下していった。
魔法少女の肉体であれば、地上に叩きつけられたところで無傷とはいかないにしても致命傷にはならないだろう。
だが、それを許さない者がいた。
<キャハハハハハハハ!>
使い魔の一体がさやかに迫ると、真っ黒な剣を振り上げる。
「!」
ドギュッ!
「さやかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
生々しい音と杏子の悲鳴が、戦場に響き渡った。
☆
「っ……!」
さやかは反射的に目を閉じていた。
直前に見た光景は、逆さまになった地上の景色と、自分に向かって剣を振り下ろしてくる使い魔の姿。
直感的に、さやかは自分の死を覚悟していた。
……だが、身体のどこにも痛みはない。
恐る恐るさやかが目を開けると、言葉を失った。
目の前に、誰かの背中があった。
両手を広げ、自分を庇うようにして。
「……咲夜……?」
自分の前に立ちふさがっていたのは、咲夜だった。
その背中から、赤いものが滴り落ちている。
いや、背中ではない。
咲夜の首から、剣が生えていた。
使い魔が突き出した剣が、咲夜の首を貫いたのだ。
「……この、どけぇっ!」
さやかは悲鳴に近い絶叫を上げると、使い魔を切り捨てる。
その直後、さやかは咲夜の身体を抱きかかえた。
落下の勢いを利用して体勢を立て直し、そのまま地上へと着地する。
さやかはすぐさま咲夜を地面に横たえた。
咲夜はゆっくりと目を開けると、さやかの方を見て力なく笑った。
「やあ、さやかさん。ご無事で何より……」
傷口からは真っ赤な血が噴き出し、辺りに赤い水たまりを作っていく。
「このバカ! 何やってんだよ!」
これまでの咲夜に対する怒りや恨みなども忘れて、さやかは咲夜の傷口に手をかざした。
「待ってな、今、治して……」
だが、そのさやかの手を、自分の血で真っ赤に染まった咲夜の手が掴む。
「いえ、必要ありません。これを……」
「……!?」
咲夜の首元に目をやったさやかの目が、驚愕の為に見開かれる。
咲夜のソウルジェムにひびが入り、一部は欠け落ちていた。
さやかを庇った時、使い魔の剣にやられたのだ。
さやかの顔から血の気が引いていく。
これが何を意味するのか。
魔法少女である彼女には、嫌というほど分かっていた。
ソウルジェムが壊れた。
さやかが治癒魔法を使ったところで、もうどうにもならない。
「ソウルジェムが……破損してしまいました。こうなっては……もう、私は助かりません……」
「そんな……!」
咲夜の身体はどんどん軽くなっていく。
生が尽きようとしているのが手に取るようにわかる。
どんな危険な実験だって平然とやってきた。
魔女化を防ぐためのシステムまで自分自身に組み込んだ。
そんな咲夜が、こうもあっけなく、生命の灯火が消えようとしている。
「いやぁ……穢れに対しては……対策をしていましたが……ソウルジェムの破損については、考えてませんでした……。失敗、失敗……」
自分に刻一刻と死が迫っているのにも関わらず、咲夜は苦笑しながら言った。
まるで、研究実験で小さなミスをしてしまったかのような言い方だった。
「なんでだよ! なんであたしを庇ったんだよ!? あんたにとって、あたしはただの実験台じゃなかったの!?」
「何ででしょうねぇ……。研究対象だから、ですかねぇ。……いや、違うか。私にも……よく分かりません」
さやかを見る。
そこには、研究者が被検体を見るような目はなかった。
「ただ……」
声が、少しだけ掠れる。
「貴女が死ぬのは……嫌だったんでしょうねぇ」
その表情には、一片の後悔も無い。
これまでさやかが見たことがないほど、穏やかで、清々しい表情だった。
まるで――ようやく何かを見つけたような。
そんな顔だった。
咲夜の目が、静かに閉じられる。
さやかが何か叫んでいるようだったが、咲夜の耳には入ってこなかった。
(ああ、畜生……畜生め……『友達』かぁ……。この子かばって死ぬんなら……別にいい……)
咲夜は微笑み……そして、息絶えた。
直後、その身体が光に包まれたかと思うと、粒子になって消えていく。
普通の魔法少女であれば、たとえ死んでもその身体は残る。
それは、自らのソウルジェムを改造した影響だったのかもしれない。
だが、今となっては確かめる術もない。
後にはひび割れた眼鏡と、歪な、ソウルジェムとグリーフシードの中間のような形になった、傷ついた宝石だけが残っていた。
「咲夜ちゃん……そんな……そんな……」
遠く離れた場所から、その光景を見ていたまどかが呟いた。
握っていた弓を構える手が止まっている。
その目には、明らかな悲しみが浮かんでいた。
そして、さやかは動かなかった。
ただ、地面に残された眼鏡と宝石を見つめている。
憎い相手のはずだった。
多くの人々を実験の犠牲にし、自分のことも実験台として扱い、まどかにまで危害を加えた。
決して許せないはずだった。
それなのに、今、さやかの胸中を、言い表せない感情が支配していた。
戦場で茫然自失の体に陥るなど、即座に死を招いてもおかしくない。
しかし、誰もそのさやかの姿を咎める者はいなかった。
瀬利がゆっくりとさやかに向かって歩いていく。
彼女に使い魔たちが迫るが、それすらもまるで飛んでくる木の葉でも払いのけるかのように、次々と斬り捨てて。
そして、さやかの前で立ち止まると、さやかは俯いたまま、うわごとのように呟いていた。
「なんでだよ……。何でこんな、気持ちになるんだ……」
今にも泣きだしそうな、しかし、それを力づくで押さえつけているかのような表情。
瀬利はしゃがみ込むと、さやかの胸ぐらをつかんで怒鳴りつける。
「おい! 何、我慢してる! お前は今、泣いていい!」
その言葉に、さやかがハッとなったように目を見開いた。
自分が何を言われたのかも理解していないかのように、瞳が揺れている。
瀬利はさやかから手を離すと、今度は諭すように静かに言った。
「泣いて、いいんだ……」
視線を落とし、咲夜のソウルジェムだった宝石を見つめるさやかの目から、やがて堰を切ったように涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「咲夜……咲夜……」
そして、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
さやかの慟哭が、長く長く響き渡った。
咲夜が死んだ光景を、遠くから見つめている者がいた。
黒と茶色、臙脂色のドレスに身を包み、日傘を携えた少女。
灯花である。
傍らにはキュゥべえがいた。
「まさか咲夜があんな死に方をするなんてね」
キュゥべえは、いつもの無機質な声で呟いた。
「ビッグバン・インキュベートは、リサイクル可能なエネルギー源として魅力的だったけど……こうなってしまったら仕方ないか」
その言葉を、灯花は聞いているのか、いないのか。
ただ、遠くに残されたひび割れた眼鏡を見つめていた。
灯花がぽつりと呟く。
「……本当、咲夜らしくもないにゃー。誰かを庇って、自分が死んじゃうなんて……」
その声は、いつもの軽さを残していた。
「……じゃあね、咲夜」
灯花は日傘を広げると、その場から飛び去る。
キュゥべえはその頬に雫が伝っているのに気が付いたが、その意味を理解することは決してなかった。
☆
ひとしきり泣いた後、さやかがゆっくりと立ち上がった。
拳で涙をぬぐう。
その瞳には、先ほどとは打って変わって、力強い意志が宿っていた。
悲しみが消えたわけではない。
急に気持ちを割り切れたわけでもなかった。
胸の奥がまだ痛い。
呼吸も少し乱れている。
咲夜が死んだ。
その事実は、何度考えても変わらない。
「……咲夜」
さやかは、先ほどまで咲夜がいた場所を見る。
そこにはもう、本人の姿はない。
残されているのは、ひび割れた眼鏡と、歪な形をした宝石だけ。
さやかは、それを拾い上げる。
冷たい。
でも、どこか温かい気がした。
思い返してみれば、ずっと咲夜には一方的に依存したり拒絶したりするばかりで、本当の意味で向き合おうとはしなかったような気がする。
確かに咲夜は、多くの人間を実験台にした。
さやかのソウルジェムにも手を加え、自分自身すら改造した。
まどかにだって危害を加えた。
許せるわけがない。
だから、自分は咲夜を止めようとした。
それ自体は、間違っていなかったと思う。
だけど――
さやかは、歪んだ宝石を握りしめる。
ドッペルが初めて発動した時。
自分が魔女になってしまうことを知った時。
あの時、さやかは咲夜に怒りをぶつけた。
怖かった。
何が起こっているのか分からなかった。
だから、咲夜を責めた。
でも――
「……ちゃんと、話してれば……」
さやかが呟く。
もしも、咲夜に言われるがままではなく、自分からもっとちゃんと話をしていたら。
自分が咲夜に何かをしてもらうことばかり考えるんじゃなくて。
自分のことを咲夜に任せきりにするんじゃなくて。
もっと早く、自分の言葉で話していれば。
ドッペルが発動した時も。
魔法少女が魔女になるという真実を知った時も。
お互いの考えていることを、ちゃんと伝え合っていたら。
「……もしかしたら」
さやかの声が震える。
「戦わなくても……あんたを止められたのかも知れない」
もちろん、そんなことをしても咲夜の罪が消えるわけじゃない。
咲夜が行った実験が許されるわけでもない。
自分が傷つけられたことも。
まどかが危険な目に遭ったことも。
全部、なくなるわけじゃない。
それでも――
もっと違う道を探せたのかもしれない。
杏子や瀬利や、ほむらと分かり合えたように。
少なくとも、咲夜がこんな風に死ぬことだけは、防げたのかもしれない。
土壇場になってからそんなタラレバを考えて後悔するなんて、あまりにも遅すぎる。
さやかは、空を見上げる。
ワルプルギスの夜は、まだそこにいる。
街を破壊しながら、こちらを嘲笑うように動き続けている。
こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
「……ホント、成長しないな、あたしは」
さやかは自嘲するように、けれどどこか吹っ切れたような笑みを浮かべると、雨の混じる風に髪を揺らせながら、ぽつりと呟いた。
「あたしって、ほんとバカ……」
それは、絶望の底に落ちる悲鳴でも、過去を呪う言葉でもなかった。
「咲夜、あんたもそう思うでしょう?」
さやかは、掌の中の宝石に向けて微笑みながら呟く。
己の甘さも、過ちも、届かなかった後悔もすべて背負い、それでも『誰かを守るための魔法少女』として前を向く、さやか自身の覚悟の証だった。
さやかが咲夜のソウルジェムだった宝石を、自身のソウルジェムに押し当てる。
それは理屈で考えたわけではなく、彼女が直感的に起こした行動だった。
だが、咲夜が改造したさやかのソウルジェムと、咲夜のソウルジェムだった宝石は、互いに何かを呼応させるように震えていた。
パァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!
さやかのソウルジェムと咲夜の宝石が、まるで化学反応を起こしたかのように光を放つ。
「咲夜! これは、この光は! あたしとあんたの、輝きだぁっ!」
光はさやかの身体にまとわりつくと、ヒレや鎧を形成していった。
光が収まると、そこには半魔女態となったさやかが立っていた。
ダンッ!
そのままさやかは目にもとまらぬスピードで一気に跳躍し、まるで矢のようにワルプルギスの夜に向けて突っ込んでいった。
「! お前ら、援護しろ!」
いち早く気づいた瀬利が叫ぶ。
まどかが無数の光の矢を放ち、ほむらが次々に重火器を乱射する。
さらに、杏子が上に向けて手をかざすと、魔女に合わせたサイズの巨大な槍が出現した。
「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
杏子がワルプルギスの夜に向けて槍を走らせる。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
まどかの矢と、ほむらの火器がワルプルギスの夜に炸裂し、爆発を起こす。
ドギュゥゥゥゥゥゥッ!
そして、間髪入れず、杏子の槍がワルプルギスの夜の胴体に深々と突き刺さる。
それでもワルプルギスの夜には大したダメージになっていないらしく、槍の穂先は突き刺さった場所からドロリと溶けて消滅した。
が、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
瀬利がワルプルギスの夜の眼前に飛び出した。
先ほど射出された杏子の槍の上に飛び乗り、一気にワルプルギスの夜に接近したのだ。
瀬利の大剣の刃が、勢いよく燃え盛る。
「神剣無双流秘伝奥義……迦具土(かぐつち)ぃぃぃぃぃっ!」
炎をまとった瀬利の大剣が振り下ろされ、ワルプルギスの夜に直撃した。
「行け、さやかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
落下しながら叫んだ瀬利の横を、さやかが猛スピードで飛んでいく。
「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
さやかが剣を振り上げると、その刀身がどんどん巨大化していく。
ついにその剣は、ワルプルギスの夜と同じサイズにまでなった
そのまま渾身の力を込めて、さやかは剣を振り下ろす。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ズシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!
さやかの剣は、ワルプルギスの夜を歯車部分から頭部まで、縦に真っ二つに両断していた。
ズバァァァァァァァァァァァァァン!
両断されたワルプルギスの夜の身体が、弾けるように霧散していく。
さやかの勢いは止まらず、剣を振り下ろした格好のまま地面に着地し、大地に大きな亀裂を作ったところでようやく止まった。
「や……やった……!」
最初に口を開いたのはまどかだった。
それまでの嵐が嘘のようにやみ、雲の切れ間から太陽の光が差し込んでくる。
ついにさやか達は、ワルプルギスの夜を倒したのだ!
☆
広がる青空の下。
いつものように制服姿のさやかが、美樹家から飛び出してきた。
「行ってきまーす!」
途中でまどかと合流し、駅へと急ぐ。
「いけない、遅刻しちゃう!」
「さやかちゃん、待ってよ~!」
電車から見る街は建設ラッシュであった。
復興のための建設だ。
さやか達がワルプルギスの夜を倒したおかげで、見滝原が受けた被害は最小限に抑えられていた。
校門のところで仁美と合流し、教室へ向かう。
「え~、皆さんに、悲しいお知らせがあります。知っている人もいるかも知れませんが、あの台風の日以来、暁美ほむらさんが行方不明になっています……」
教壇に立ち、さやか達の担任である早乙女和子が、沈痛な表情で生徒たちに向けて言った。
さやかは斜め後ろの席にいるまどかと顔を見合わせると、目を伏せる。
二人は知っているのだ。
ほむらがいなくなった理由を。
瓦礫だらけの街中で、ほむらはさやか達と向き合っていた。
「……行くのか?」
杏子の問いに、ほむらはコクリと頷く。
「ええ……。私の願いは、まどかとの出会いをやり直して、まどかが魔法少女にならなくて済む未来を作ることだから……」
その言葉に、まどかは申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、ほむらちゃん。私のために……」
ほむらはさみしそうに笑いながら、首を横に振る。
「いいえ。これは、私が決めたことだから。それに、私のことを分かってくれたまどかがいた。それだけで、私は戦える」
続いてほむらは、さやかの方を真っすぐに見つめて言った。
「美樹さやか……。まどかを、お願いね」
思いもよらぬ言葉に、さやかは一瞬きょとんとなるが、すぐにニッと笑う。
「ああ、任せなって! あんたこそ、次は上手くやれるといいな」
「ええ……」
「あばよ、ほむら」
瀬利の挨拶に頷き返すと、ほむらは盾を掲げる。
「元気でね、まどか……」
次の瞬間、彼女の姿は瞬間移動したかのように消え去った。
「ほむらちゃん……」
まどかはほむらが消えた方向をいつまでも見つめていたが、やがてこらえきれず、顔を覆って泣き出した。
さやかはそんなまどかの背中を、彼女が泣き止むまで優しくさすっていた。
さやか達に、これまでとは少しだけ変わった日常が戻ってきた。
もちろん、ワルプルギスの夜を倒したからと言って、魔女が全ていなくなったわけではない。
さやかとまどかは、今も人知れず見滝原で人々を魔女から守るために戦っている。
風見野市の、とある教会の廃墟。
杏子の生家跡だ。
その中には、今、杏子と瀬利がいた。
「ワルプルギスの夜がいなくなっても、これまでと何かが変わるわけじゃねえ、か」
杏子が手の中のグリーフシードを弄びながら呟く。
「そりゃそうだ。魔法少女になる奴なんざ、腐るほどいるだろうからな。あたしらみたいに、本当のことを知れる奴なんて滅多にいないだろうしよ」
手にした缶入りの甘酒を飲みながら、瀬利が肩をすくめる。
杏子と瀬利は、風見野へと帰っていった。
さやか達との交流は、今も続いている。
さすがに正義の魔法少女なんてガラじゃない、という二人だったが、それでも魔女や使い魔に襲われる人々を見殺しにするようなことはしなくなったらしい。
「……なあ、瀬利」
「ん?」
「もし……あたしが魔女になる時が来たら、そん時ゃ、あんたが始末をつけてくれねえか?」
杏子の言葉に、瀬利は一瞬呆けたような表情をするが、ハン、と鼻を鳴らして、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「同じ言葉を返すよ。苛立たしいぜ」
一方、神浜市――マギウスの拠点であるフェントホープ。
重々しい静寂が包む一室で、灯花は柊ねむとアリナ・グレイを背後に、不敵な笑みを浮かべていた。
「ワルプルギスの夜は見滝原の魔法少女たちが片づけてくれたけど……わたくし達の計画は、これからだよ」
「いよいよだね」
「イッツ、ショータイム……」
ねむが静かに頷き、アリナは「アートの時間」とでも言いたげに薄く笑う。
「それじゃあ、行こうか」
彼女たちの計画を指し示すように、両手を広げる灯花。
そのすぐ横のテーブルには、あの戦場で拾い上げられた咲夜のひび割れた眼鏡が、静かに置かれていた――
今、さやかとまどかは、一体の魔女と向き合っていた。
さやかが手を握りしめる。
その中には、あの割れた咲夜の宝石が握られていた。
「行くよ、まどか!」
「うん、さやかちゃん!」
その日常は、もう二度と以前と同じではない。
それでも、二人は前を向いて歩いていく。
二人は力強く前方を見据えると、眼前の魔女に向かって駆けて行った。
《『魔法少女まどか☆マギカ』~月夜の人魚~・完》
※個人的にさやかが再度半魔女態に変身してワルプルギスの夜に突撃していくシーンでは『最後の審判』を、
ラストのエピローグ、ほむらが消えたあたりからは『Got Boost?』のTVサイズを
流しながら読んで頂けると雰囲気が出るかと思います。