louvre louvre へ。

以前、nhkの新日曜美術館をみてて、少しだけ気になっていたのだけれど、案の上さっぱり。


日本の上野でみるもんじゃない。

作品も上野公園の野口英世像となんら変わらない扱いである。


東京藝大のほうは2年ぶりくらいに行ったのだけれど、藝大アートプラザなる建物ができている。

ff ff

写真のとおり、外で少し休めて、中に作品がって感じの。

tシャツから彫刻、アクセサリーなんかが売られているのだけれど、すべて教員によるものだったように思う。

教員も作品のやり場に困りこんな形で商売するしかなのでしょう。いや、批判してるわけではなく。


奥に書籍とcdのコーナー。

読まずに溜まるだけの本が、ここ2日で2冊消化したので、まーいいだろってことでつい買ってしまう。


布施英利(養老孟司の弟子みたいな人らしい・・・)が「体の記憶」なる本が文庫化していたので、もうレコードでいうレーベル買い。

oo

あと「脳の中の美術館」。こっちは88年の出版らしい。はじめてみたので、これも一緒に購入。


あとばっちり仕事内容とかさなる本も購入。「メディア時代の広告と音楽 」


6人の大学教授が書いてもちろん一人も知らないのだけれど、バーっとめくって気になる単語(資生堂、大瀧詠一、広告効果、メディアミックス、グリコ・ポッキー、ma、パーキンソン、キッコーマンなど等)がパラパラ見えたので気になって購入。

多分楽しく読める本だ。


こうゆうなんでもない記事を書いていると、一人の充実感が沸いてくる。



According to karma. I will die by mistakaken identity


カルマによると私は人違いで死ぬらしい。


Adcocrnig to kmraa.I wlil die by mekataasin itinedty


カマルにるよと私は違いらいし死ぬで人。




今日いい事を知ったのでひとつ。

人は文字(単語)を見たとき、頭の文字と最後の文字を見て形で判断する修正があるようです。

わりと英語ばかり親しみのある日本人はフランス語なんか見たときになんとなく意味がわかりそうな気がするのがそれだと思います。

上記で示したように、文字列をランダムにしても、なんとなく単語がわかるのもそれです。

英語や読めるけど書けない(自分もそう)の人は多分そうゆうことなんだと思います。


まー英語をみて読みを間違うのは例外ですが(自分もそうゆうところがあるのできつくいえない・・・・。)



今日は半日レコード屋。

昨日買ったpcに大量のソフトでもインストールしてるほうが現実的なんだけれど、そうもいかない。

今日は朝から落ち着かない一日でした。

理由はともかく。


そんな日は一人でレコ屋(そんな日じゃなくても)。

ほしいレコードなんてないのだけれど、(好きな音なんて滅多にないのだけれど)あんなにエキセントリックな場所もないのです。新宿の中古屋なんて店員含め3~4人しかいないのだから。

デートコースペンタゴンロイヤルガーデンのレコードなんかを1000円でみつけたり、心の師匠に教わったストラタイーストレーベルのレコがごみのようにあったり。

西新宿のレコード屋はきわどいから嫌いなんだけど、こうゆうことがあったりするから無視できないわけです。


で


少し落ち着いて(落ちつけて)オペラシティへ。

実は土曜もiccのキッズプログラム を観にきたのだけれど、その際にオペラシティのギャラリーショップに行き忘れていて、我慢できずに行ったわけです。(ここは割と現代音楽とアバンギャルドに強い(新宿のタワレコが一番だけど))


で


そこで見つけたのがこれ。

ff

色つきのヤバイ薬品ではないですよ。

inter national klein blueという名の顔料。


フランスのイブ・クラウンって人が使った青。

3年前くらいにバーちゃんと軽井沢のセゾン美術館に行った帰りにそこのギャラリーにハガキが売っててなんとなくきれいだから買って家にずっと飾ってあったのです。


これ


fff

。


まさかその顔料が市販されているとは。


思わず2個買う。


ヌーヴォー・レアリスムについては気がむいたら書きます。



r2wr


資生堂ギャラリーにロビン・ロード展を観に行きました。無料だから銀座に用事がある人は是非。

明日(30日)ですが・・・。


予想よりもはやくpc環境を復活させることができたので、これで家から更新できます。


7月はいろいろなものが不機嫌になっていたのです。

まずcdプレイヤーが壊れ(これは自分が悪いのですが・・・)、続いてお気に入りのアンプ。触れることができないくらいの高熱とともに低音が増幅され4312からノイズまじりの音が再生される始末。


で


先週pcのHDである。起動後、突然の異音。

異音とともに勝手に再起動しだす。

次に起動したときにはオペレーティングシステムすら認識してくれない。バイオスに入りチェックすると、マスターのHDがないことになっている。

一年半前くらいに無理やりフルスペックにしたnotepcは自作時から高熱を発していて危ない感じはしていたが、自作やってる人のpcなんてそんなもんだろうと思っていたわけです。


とりあえず、録りためた曲や音、写真が消え。


無理やりすっきりすることにしたわけです。


もうあの曲達の続きをやらなくてすむわけ。

自分は同時に20曲くらい中途半端につくるから無駄にショートファイルが80個くらいあって、それなりに重くなっていたわけです。

やばい音も結構あったな・・・・、やはり勿体無い・・・。


壊れたのが5日前くらいで、修理に出したのが今日。

なぜnet環境が復活してるかというと買ってしまったわけです。

修理に3週間かかるなんて言われて、とんでもないと。

ちょうどpen4のD930が割と安くて。


3週間後noteが届いたときにどう併用するかで今どのソフトをインストールするかで悩んでいる感じです。


なぜこんなに家中のいろんなもんが壊れたのか。

モノに愛着がわくほうなので、おそらくモノもそれに答えてるんでしょう。


最近の気持ちの移り変わりにモノが嫉妬したんでしょうか。

壊れれば意識してくれる。

こちらのモノに対する愛着が単純ゆえに、モノも単純な返答しかしてこないわけです。


無視するなら壊れてみる。


単純な人間でもこうゆう人がいますね。

壊れるのも壊すのも簡単なんです。


ひとつの言葉でもなんでも、壊してみたり反発してみたりしたくなるけど、あまりに単純な時は発言しないようにしています。(だから無口ってことになってしまうことがね)


壊したら創らないと。


dada expriments societyゆえに。


少しお休みします。

2週間くらいかな。

レコードで地球が回る。


誰の言葉でもなく、突然思いついたのでこれはヤバいと思った。


が


少し考えてみた。(人中心で)

タンテの電源投下以前はビックバン以前だから無の状態である。

もうすでに違うかも、ビックバン以前に欲求はあっただろうか。無心でレコードかける奴など何人もいない。


電源を入れると回りだす。これはビックバンとはいわない。無ではなくビックバン以前はこうゆうことなら、少しは宇宙論も楽になる。空間や重力はないけれど、時間軸だけの宇宙。


レコードを置く。これがビックバン以前の宇宙の創造といったところか。ビックバンも輪廻しているならば、過去もしくは未来の創造。


針を置く。これがビックバン。もちろんどこに針を置くこともできる。ビックバンが一瞬一瞬で起こっている可能性だってある。


針がレコードの溝をなぞる。

創造されてしまっている経路しかたどれないのだが、それはレコードによって良いものだったり、クソだったり、コピーだったりする。レコードが人生なのか・・・・。レコードに失礼だ。


溝が終わる。人が死ぬ。


レコードのレーベルのところに針があたり、プチプチ。霊界にでもいってさまよってるんだろうか。

時間は任意ではない限り永遠である。


ここでもう一度ビックバンを起こせることもできるし、さまよい続けることもできる。

霊に時間軸がない感じとみている。


針が磨耗する。霊はビックバンからも見捨てられる。カルマの解消は無でしかない。おつかれさまです。


このほかレコードが溝を通っていいるあいだ、溝の崩壊(針飛び)やそれによるループ(突然うまれるカルマ)

、レコード盤の磨耗(汚染、笑)、ピッチの補正(脳内麻薬、薬物などによるトリップ)、スクラッチ(時間の損失による、未知の創造。)、エフェクト(宗教、信仰)、ミックス(友情、愛、戦争、憎悪。なんにしろぶつかりあうこと)、針交換(虚無)、レコードのゆがみ(擬似無重力、これもトリップかな?)


キリがない。


ミックステープは歴史か・・・・。

google earthがバージョン4のbeta版をいつの間にか発表していたのでdownload。


よろしければどうぞ。

http://earth.google.com/index.html


こんなにおもしろいもんはないんじゃないかと暇な時は思うのです。



で



地球の半径の話です。

地表から約6000キロ。


今度は地表から大気圏まで約600キロ。(層なので曖昧ですが)ここでは一番奥の熱圏までの距離。



比喩表現とはいえ、高く飛ぶ、深く潜るというのがあります。

なんだか、ポジ、ネガに分けられてる感もありますね。


地球上(層を含める)で人間が考えた場合(地表にいる生物なので)、なぜ飛ぶがポジで潜るがネガになっているんだろうと考えて、ものすごく単純に本来距離が長い(どこまでいけるかってことで)ほうが、ポジ感があるじゃん。なんて思い距離を調べたわけです。


結果飛ぶより10倍深く潜れる可能性があったわけです。(だから比喩なのはわかってるんですが・・・)


で


問題なのはこんなことじゃなくて、距離を調べようと検索しただけなのに、層までの距離がなかなか出てこなくて、他のいろんな情報を目にすることになったんです。


で


地球・・・・おもしろいんじゃないか・・・・・!!なんてことになってしまったわけです。

いろんな方向性があって、もちろん宇宙にもつながるし、環境にもつながるし(hp内でね)、もうネタが尽きないわけです。


・・・・・・はまりそうなわけです。


なんていう趣味の名前なんだろう。

「地球観察」とでもいうんだろうか。   なんてひどい趣味だ・・・。

dw

少し前にどうのこうの暴言を吐いた美術手帖をじっくり見直していると、保坂健二郎がニーチェの名前を連呼していたので、少し気にかかり、家にあった「善悪の彼岸」をパラパラめくる。(じっくり読む気になどなれない疲れる本(人)だ。)

この本、何書いてるかって、勝手に読んでください。理解などしないで読んでるんだから。


興味の対象(人でもモノでも、要は万物)に触れる時、触れ方は様々。

人の場合身体だけだったり、モノでいうと収集とか。


人、モノで書くのが面倒なので、ここではモノは人の畜産物(創造物でもいいけど・・・)という感じに捉えて欲しいかも。


人や人が生んだもん(形じゃないものも含め)への触れ方。(さっきから書きたい事に残念な頭がついていかない・・・。)


簡単に言えば、深いもん見せられて、どこまで触れるかってことがいいたいんだけど。(アールブリュットは触れやすいから厄介なんだとかそうゆうことじゃなくね。まー近いけど)


人やモノによっては、どこまでも深く深く入り込んでも底なんてなかったりするから、大概は恐怖や諦めや体力(精神力)不足によって入り込むことはしないんだけれども、人やモノによっては向こうから落とし込んでくるものもある。(自分の場合クレーの絵がそうなんだけど)

入り込んでいるんじゃないってことに気がついたのは、明らかに向こうからこちら側を考察されているからで、要するに一方的に入り込むのはある程度までの話でどっかからかこちらも入り込ませなければなりたっていないわけ。

だからこっちの深さなんて落ちても怪我しない程度にしか掘られてないから、あちらの理解もそこで止まる。

現実的な話(民主的な話にしよう)人間関係もそうでしょ?


人やモノが生き物だってことを忘れてたわけです。(気がついた)


無意識共有以降、どうも軟派になっていた自分や人やモノへの諦めも、見当違いもいいとこです。


人に触れるときの考え方に誰かさんからの影響があったんでしょうね。どんどん自分はめんどくさい性格になっていくんだろうなと考えて、それ自体が面倒で。


ダメだ、残念な頭で整理がつかないので、方向性を見失いました。


こうゆう媒体は逃げれるから楽だ。(だから続くのか・・)

おしまい。




昨晩はユウコウ君 に誘われ新宿loftへ。ユウコウ君つながりでmajikick よりsecai の2人と会ったり。(NSDとDASMAN) のちのちもう少し静かなところで話しましょう笑。


イベント内容はともかくDJ HIDE やKODAMA AND THE DUB STATION BANDなんかが出てるから煙たい感じなんだとおもったらそうでもない。もっと純粋なイベントで、ひねくれモノにはどうにもし難い感じの。


KODAMA BANDを始めて生で聴いて、DUBなんてまともに聴いてないなと思いながら、DELAYの事を考えていた。本来隙間だらけの音がDELAYとECHO(何台エフェクター使っていたんだろうか、かなり種類の違う残響が残っていたけど)によって一瞬の隙間もなくなっている。永遠と少し前の言ってみれば過去の音がついて来る。ついて来る頃には今出てる音と重なって新しい音のようにも聴こえるし、それにまたDELAYがかかる。そんなことを繰り返しながら決して実験的ではない、どこかで聴いた曲のカバーなんかを何曲も演る。20年もDUBをやっているらしい。DELAYも方法として捉えてないから音に馴染んでいる。


自分はスクラッチにDELAYを多様するけども(ないとやってらんない)、あんなにうまく馴染んでるだろうか?なんて考える。6~7年も同じ事してるんだから(長いな・・・うまくなってないじゃないか)馴染んでてほしいんだけど。


今のmix早く終わらせて(一応、形としてcdに収まるサイズにして・・・dvdに入れようかな笑)次、残響を意識(無意識がいいんだけど)したものにしようと思った。(考えただけで長ったらしい)


昨日はイベントよりも上記の人に会えたのがよかった。

ユウコウ君mixありがとう。NSDさんCDありがとう。今から聴いてみます。今度納得いくのがあれば持って行きますね。


朝4時頃、いる意味がなくなった箱から一人早めにでて歌舞伎町を歩く。

この街の朝はなんでもかんでもいる。夜な夜な体力を使い果たしたその辺のホストや異邦人や売女や学生や無職やアーティスト?や帰り遅れた昼の人。

同じ仕事帰りでも、6時の新橋とはまったく違った風景。

まだこっちのほうが綺麗に見えたり。


人は少ないから案外すっきりしてるし、以外と空気が綺麗なんじゃないかと錯覚してみたり。帰り遅れた昼の人だけは結局場に馴染めず、朝から嫌な目つきをしているようだ。

昼の鬱憤が歌舞伎町に溜まるんだろうけど、それを受け入れてるんだからボッタクリくらいで文句言わないで欲しい。

いかがわしいのは歌舞伎町の人等じゃなくて、掃き溜め扱いの昼の連中だ。もっとボッタくろう。


昼の人。昼に溜めた鬱憤は本来、金にもならないほど無意味なんだけれど、鬱憤を金で払えるところがあるだけ、マシだと思えばいい。

朝からあんな顔しなさんな。男も女も。





t3et

そんなバンドいたなーなんてタイトルを見ながら思う。


例のポスターデザインの納涼会?なる歓送迎会に連れて行かれた。でかいホールに500人くらいいる。

こんだけいるんだから、誰かさんが言った通りさっさと逃げてしまおうなどと考えていると、なにやら様子がおかしい。

見知らぬ老若男女が「鈴木さんですね」などと挨拶をしてくる。(誰だ?)

どうやら歓迎されているのは自分1人ということだ。送迎は20人くらいいるのに・・・。


で


ステージで挨拶・・・・。

緊張する間もなく、義務的にわりと長めにウダウダと挨拶。いつからこんなに無責任に人前で話すようになったんだろうか。500人中3人くらいの視線を感じながら終了。ありがとう3人。


なにやら普段食わないような豪華な料理は意外とマズイ。

ふらふらしているとその都度いろんな人が話しかけて来る。「何歳だとか」「何モンだとか」「どうだこうだとか」。

その場その場で酒が注がれる。

そんな酒でも酒は美味い。酒は悪くないのだ。

「酒がまずくなる」などというがそんなわけない。

普段の鬱憤を酒で流すような真似はしないことは、10代で教わったことだ。


注がれた酒を無理のせずスイスイ飲むが酔いなどまわらない。

もしかしたら酒に酔うのではなくて~に酔っているのではないか・・・と普段も思うほどアルコールは効かない。母の遺伝とばーちゃんの影響なのか。


隙をみて、こっそり会を逃げ出し秋葉原へ。

目的は夜までやっているヨドバシのオーディオコーナーだ。


最近cdプレイヤーを自らの足で壊し、分解したまま家にホッタラカシなのだ。(原因はわかったが手におえず)

業務用の堅苦しい堅牢なcdプレイヤーだった彼はあまりにあっさり壊れた。

前の職場から頂いたこれまた業務用のプレイヤーがあるがcd-rの読み込みが苦手なので変わりにはならない。

cdプレイヤーというのは、オーディオの中でも愛着がまったくわかない部類の機材である。

こだわってあんなに結果が見えないものもないし、そもそもcdだ。

24bit変換のDAがついているものもあるが、もとは16bit。どうも納得がいかない変換である。ないものがあるというんだから。

こうなると見た目で決まってくるのだけれど、どうも彼らはシンプルである。個性に欠ける媒体なのだ。

regaとかキワモノもあるけども。

この際ampにあわせてcecのものにしようと思う。

オーディオ雑誌でもこの組み合わせを素人には薦めるであろうなんて事のない組み合わせだ。

1日と愛着がわかないだろう。


「また欲しいものが増えたね」


なんてことを言うんだと思った。笑