ここしばらく、日々に忙殺されてブログの更新をできていませんでしたが、
今回受けたCTIの基礎コースの学びが多すぎたので、ここに残しておきます。
久々すぎて文章おかしくなるかも&かなり長くなりそうなのですが、お付き合いください笑




人に焦点を当てる
BeingとDoing
コーチングにおいては、Being(その人の在り方)とDoing(具体的な事柄)の両方にバランス良く焦点を当てることが大事。
Beingとは、その人の
気持ち、物事の捉え方、価値観、信念、意識、感覚など
例:
クライアント「〇〇したい」
コーチ   「そこには〇〇さんのどんな思い、
       信念があるのですか?」
といった問いを投げかけることで、
その「人」に焦点を当てる

Doingとは、その人の
行動、計画、戦略、戦術、結果など
例:
クライアント「こんな課題がある」
コーチ   「その課題に対してあなたは何をし
       ましたか?」
といった問いを投げかけることで
その人の「事」に焦点を当てる

大半の人たちはついついこのDoingにばかり焦点を当ててしまいがち。(日常会話はそれの方が一般的)
だから特にコーチングを学んでいく上で最初は、意識的にBeingを聞くことが必要。

まず人に焦点を当てて、そこから事柄に行く方が、よりちゃんとその事柄に向き合えるのかなと思った。

・コーアクティブ・コーチングのスタンス
ただ、この「人に焦点を当てる」ってやろうと思ってもけっこう難しくて、
「どうしてそうなったんだろう?」
「もっと知りたい!」
といった気持ちが湧いてきてしまう。

こういう気持ちが湧いてくる理由として、
「相手の状況を誤認したくないから」
そして
ちゃんと理解をした上で何かを言ってあげたい、解決に向けて正しい方向へ進みたい、一緒に考えたい」
といったことがあると思う。(少なくとも自分はそうだった)

でもそもそもコーチングって
「何かを言ってあげる」「正しい方向へ導く」
必要は全くない。

その人の課題、問題、悩みを「解決してあげたい」「アドバイスをしてあげたい」みたいな上から話を聞く立場ではない。

コーアクティブ・コーチングの一つの原則として、
NCRW(People are Naturally  
             Creative,Resourceful,and Whole.)
というものがある。
日本語で言うと、
「人はもともと創造力と才知に溢れ、欠けるところのない存在である」

つまり、その人の中にはちゃんと「答えがある」ということ。

だから、コーチは「自分がアドバイスをする」ではなく、相手の中にある「答えを探すお手伝いをする」というスタンスであるべき。

そうなれば、別に事細かにその人の状況を聞く必要はない。
なぜなら、相手自身はその人が語り得る自分の状況はちゃんと分かっているから。

だから、
相手自身が分かっていない、気づいていないところに、コーチである自分が気付くために、
表情や雰囲気の機微、違和感など、
あらゆるところにフォーカスしていくことが重要なんだと思った。

もちろん、「もっと知りたい」「気になる」といった好奇心自体は、別に悪いものではないと思う。
ただ、コーチとして相手に関わる時には少し抑えた方が良さそう。
なぜなら、知りたい、気になるという気持ちから出る質問は、「自分のため」に聞いているから。

コーチングにおいては、
相手のことを信頼し、真に「相手のために」話を聞けるようになることが、
充実したコーチングセッションを相手と創り上げていくに当たって鍵となってくるような気がする。

コーチングのスタンスについてで印象的だったのは、
「コーチはクライアントをどこかに連れていくわけではない。どこにも連れていかないんだ。」
とリーダーが言っていたこと。
無理に舵を取ろうとするのではなく、クライアントに合わせて一緒にダンスするようなコーチングをできるようにしていきたい。

コーチングとファシリテーションの違い

今自分ががっつり学ばせてもらっている「ファシリテーション」と、
今回学んだ「コーチング」は、
学ぶ前はなんとなく近いものがあるのではないかと思っていたけど、
学んでみたら全然違うなと思ったのでそれについても書きたい。(あくまで主観ですが笑)

⚪︎コーチング
沈黙を恐れないことが必要
沈黙が訪れた時(考え込んでいる時)
✖︎答えに困っているから違う問いを投げる
→逃げ道になってしまって、じっくり考えるべき大事な問いが流れてしまう可能性がある。
⭕️クライアントの内側にあるものを探しに行ってる時間だから、自分の言葉にできるのを「待つ」
沈黙は恐れない!


・細かな状況まで聞く必要はない
→状況はクライアントが分かっていればOK
→その場はクライアントのためのものだから、他のものは気にせず、クライアントが自分の内側にどんどん入っていくことにとにかくサポートする。(クライアントの中にある答えを探るサポートをする)

⚪︎ファシリテーション
・沈黙は待てない
沈黙が訪れた時(考え込んでいる時)
場が止まってしまい、
他の人はどうしたらいいか分からなくなる&
場を止めてる人もどんどん焦って答えられなくなる。
→一旦噛み砕いた、考えやすい問いを投げるなど
 の工夫が必要
沈黙は待たない方が良いことが多い!

・課題解決をみんなでする
→状況の細かな確認とか、皆が気になるところは
 聞かないと、皆の共通認識がつくれず、問題の
 解決に向かわない
→場はみんなのためのものだから、
 みんなが理解・納得できるように
 進めていかなければいけない。

まとめ
今回基礎コースで学んでみて1番の学びだったのは、やっぱり
「真に相手のために話を聞く」
ということ。
これは自分の生活においても、色んな場面で使えると思うから、意識してこれができるようトレーニングしていきたい。


実際にやってみて
ここからは今後自分のコーチングを伸ばしていくにあたって大事に持っておきたいことのメモ。

⚪︎自分の強み
・相手の微細な変化に気づくことができる
一緒に学んだメンバーからのフィードバックで印象的だったのが、「表情とか、クライアントの変化に鋭いね」と言われたこと。
でもこれって特に何かのスキルとかを意識してやっていたわけではなくて。
ただ「相手のことをしっかり見よう」と思っていただけ。
けどこれが多分本当に「相手のために聞く」ということに繋がり、クライアントの微細な変化に気づくことができて(そしてこれは往々にしてクライアント自身は気づけていない)、クライアントが思いもしないような方向にコーチングのセッションが進んでいったのだと思う。

・和らぐ雰囲気をつくれる
講座の中の練習にて、3人でコーチ、クライアント、セッションを見てフィードバックする人を回していった時に、
「りんくんが笑顔で問いかけていってたから相手もどんどん和らいでいっていたよね」
というフィードバックをもらって。
これは自分もそんな笑顔で問いかけている自覚はなかったから、単純にびっくりした。
でもきっとそういう雰囲気を自然とつくれるのは自分の強みだと思うから、引き続きやれるといいなと思った。
そして、自分がそういう雰囲気を持っていることは自覚した上で、そういう雰囲気を出すべきではない時に意識的に自分を変えられるようにしたい。

⚪︎もっと改善していきたいところ
・否定、挑戦する勇気を持つ
3日目の夜に、それまで学んできたことを生かして実際にクライアントを見つけてコーチングのセッションをしてみた。
その時、クライアントから受けたフィードバックとして一番印象的だったのが、
「全肯定される感じが少し気持ち悪かった」
と言われたことだった。(もちろん他にも嬉しいフィードバックはたくさんあったけど!!)

ファシリテーションとかでも、けっこう相手の意見を「否定しない」とか、「受け入れる」みたいなことをけっこうルールとしてやりがち。
でもそこに少し気持ち悪さを感じる人はいると思う。
なぜなら現実世界は必ずしもそんなことばかりではないから。

なんとなくそういうものを普段から学んでる、意識している自分には「否定しないで肯定する」みたいなのが染み付いているのかなと。

でもコーチングにおいては、勇気を持って否定するのも大事。
「〇〇さんの大事にしてるところって実はそこじゃないのではないかと思ったんだけどどう?」とか。
そうやって、勇気を持って相手を否定したり、挑戦的なことを言ったりして、相手の核心に迫っていくようなトレーニングを意識的にしていきたいなと思った。

・簡潔に伝える
コーチングの中の「核心」のスキルを意識的に使おうとしてみて、
簡潔に、核心をついたことを言おうとするのがなかなか難しかった。
どうしても自分はけっこう喋りすぎちゃって、長くなる傾向がある。

じゃあなぜ簡潔に伝えることができないのか?
を考えたら、「自分の意図をちゃんと伝えたい」っていう想いがけっこうあるのかなと思った。
ここには少なくとも「自分の言っていることが理解されないのは嫌だ」という自分勝手な想い、
傾聴レベルでいうとレベル1になってしまっている自分がいるなと思った。
相手のことを考えたら、簡潔に、パッと理解できるようなことをこっちから投げかけて、相手にじっくりと考えてもらうことの方が大事。
簡潔に、相手の核心をつけるようなトレーニングをしていきたい。


書き出したら思っていた以上に長くなってしまった…笑
正直まだまだ学んだことはたくさんあって、書き切れていないという気持ちがあるのですが笑
それは追々色んな経験に交えて書いていきたいです!
ここまで読んでくれてありがとうございました!






今の組織に何が必要か

組織ピラミッドのトップを務めるのはそれほど充
実した仕事ではない。
身なりは立派で自信がありそうに見えても、大企業のリーダーたちの生活は静かな苦しみに包まれていることが多い。
側から見るととても活発に活動しているように見えても、実は虚しい心の奥底を隠すために懸命に努力しているなんてこともよくある。
トップでも底辺でも、組織はエゴを追い求めるという終わりのない努力をする場になってしまっていて、人々は心の奥底に抱いている情熱を十分に発揮できないでいる。

ほとんどの組織はこういう問題をなんとかしようと手を打ってはいるけど、状況を好転させるどころか悪化させることが多い。
処方箋のようなものではなく、もっと大胆で革新的な方法が求められてきている。

人々の可能性をもっと引き出す組織とはどんな組織だろうか?
どうすればそんな組織を実現できるだろうか?
どのような組織構造が良いのか?
どんな風に意思決定をしたら良いのか?
昇進や昇給はどうしたら良いのか?
どんなミーティングをすれば参加者が素直な気持ちで話せるのか?


今の組織に必要なのは、こういった具体的で本質的な問いに対する具体的な答え。
それをこの本では実際の企業を挙げながら探っていっている。

変化のパラダイム

人類は今まで以下のような順でパラダイムが変化してきた。

受動的パラダイム
家族などのちいさな集団で暮らす。
小さいから分業も基本的にはいらず、他人と自分や、環境と自分を区別して捉えない。

神秘的パラダイム
数百人規模の部族という集団。
世の中の出来事はほとんど神秘的に感じられ(例えば日頃の行いが悪いと天気が悪くなって天罰がくだる、みたいに、どうしてその結果が起きているかの原因が分かってない)、不思議な世界を静めるために部族は儀式を行なったり、古老や巫女に従うことで安心を得ようとする。 
ほとんどの人は今を生きており、将来を予想する人なんてほとんどいない。
だから死への恐れも極めて乏しい。

衝動型パラダイム
ものの考え方が強いか弱いかみたいな白黒はっきりさせるような世界観で成り立っている。
組織には分業制もあって、トップは力のあるものがなる。
トップは常に暴力を行使するし、組織をつなぎとめているのは恐怖。
そして組織の人間は上を目指そうと力を手に入れようとする。
具体的には今で言うマフィアとかギャングとか。
こういった組織にとって最も大切なのは「今」だから計画や戦略は得意じゃないけど、新たな脅威とか機会が現れると即座に反応し、冷酷に利益を求めることは得意。
だからこういうパラダイムの下に動く組織は戦闘地域とか、内乱とか、治安の悪いスラム街みたいなカオスな状況では力を発揮し、適している。

順応型パラダイム
このパラダイムの下では、今までのパラダイムと比べて安定がもたらされ、現在だけでなく、未来へ向けた中長期的な計画を立てられるようになる。
組織としては、宗教団体とか、軍隊とか、大半の政府機関みたいなピラミッド型の階層構造に適用される。
こういう組織は安定をとても求めるから、変化を嫌う。
正しい答えは一つという発想が強くて、前例踏襲を重視し、制度や官僚制を通じて統制しようとする。
仕事は基本的にルーティーンワークだし、人材は実質的に交換可能。
まあだからこの変化が速く、色んな仕事が機械に奪われている時代に合わないのは明らか。
でも安定してるおかげで長期的なプロジェクトができるという点や、競争社会で戦っていけない人からしたら安全な避難場所になるという点では強い。
日本人は特に安定志向な人多いし、メンバーシップ型(その組織の一員であることが重視される)の企業が多いからこういう組織は多い。

・達成型パラダイム
「正しい」「間違っている」という絶対的な答えではなく、「これは他のものよりうまく作用する」という相対的な世界観。
だから多くの企業はこのパラダイムの下動いていて、それが最も成功して顕著なのはグローバル企業。
イノベーションをめっちゃ重視したり、
成果の説明責任が求められたり、
より良い成果を出した人が認められる実力主義になる。
目標は競争に勝つことであり、利益を獲得し、成長することを目指す。
その結果、成功が金銭と賞賛だけで測られるようになり、何のために働いているのか、生きているのか分からなくなってくる人も出てくる。
あとイノベーションの行き過ぎ問題もあって、
基本的な欲求の大半が満たされると、企業は次第にニーズを作り出そうとし、
本当は必要としていないもの(所有物、最新のファッション、若々しい肉体など)が増えるほど幸せになれるという幻想を人々の間に膨らませようとする。
その結果働いてお金を稼いでも、どんどんいろんなところにお金を使ってしまって、結局またたくさん働かなきゃいけなくなる。
こういう経済って持続可能じゃない。
でも逆にそのことに気づけば、本当は人間そんなに働かなくても済む。

・多元型組織
仕事の成果とかよりも人間関係とかを重視する。
リーダーが引っ張っていくというより、チームの人たちの意志を大事にして、最終的にはメンバーの総意に基づいた決断を目指す。
階層性に基づいて1人が強い力を持つのではなく、価値観に基づいてそれに一人一人が貢献する。
NPOとかでよくある感じ。わりと家族みたいな雰囲気があって、お互いに助け合うみたいな風潮がある。
ただ物事が前に進みにくかったり、多元型のパラダイムであることを良いことに悪用してきても平等に扱わなきゃいけなかったりといったこともある。


ただ、これらのパラダイムはある段階がその前の段階よりも良いとか、優れているとかいうことはない。ただより複雑なだけ。
どの段階にも光と影はある。
環境によって適しているパラダイムってのもあふし。
そして組織がどのパラダイムになるかってのはリーダーがどの段階のパラダイムを通して世界を見ているかによる。
リーダーは意識の有無に関わらず、自分が合理的だと考える組織構造、慣行、文化を整えようとする。
つまりどんな組織もリーダーの発達段階を超えて進化することはできない。
例えば、達成型組織のリーダーは、いくら口先で社員の価値観を支持していても、利益か価値観のどちらかを選ばなきゃいけない局面では利益を選ぶし、
順応型パラダイムで見ているミドル・マネージャーだったら、上から下へ指示を出すという意識が強く、部下が何をどのようになすべきかを事細かに指示してしまい、全面的に任せるみたいなことはできない。
でも多元型組織のマネージャーなら、部下には権力権限を委譲してほしいという要請をトップから受けるはず。そしたら部下に自由裁量を与え、責任を持たせることができる。
そして一人一人を大切にしていく多元型のパラダイムに基づき、
チームメンバーと膝を突き合わせて、今の組織の文化が皆にとって良いものか、チームが組織に生きている会社の価値に沿った行動ができているかを対話する機会をもつようになる。

そうやって人々の実力以上の力を引き出し、自分だけではできなかったはずの結果を成し遂げさせてしまうのが組織が組織になるメリット。
そしてこういったことを成し遂げようと思ったら、多元型組織、そして進化型組織(次回以降説明していく)のような組織に向かっていくべき。









日本でSDGsを根付かせるには?


ヨーロッパとかアメリカには伝統的に寄付文化が根付いているから、エシカル消費とかESG投資(環境、社会、企業統治に配慮する企業を重視して行う投資)にお金を回すことがリスペクトされる風潮がある。

ESG投資みたいなものが進んでいる結果、企業に対して持続可能性を顧みなければいけないというプレッシャーが働いて、より持続可能な企業だけが残っていくようになっている。

世界最大の資産運用会社であるブラックロックがESG投資に賛同したことで、この動きは金融市場に大きな影響を及ぼし始めている。


しかし日本にはこういう風潮は生まれにくい。

「環境負荷の改善」と「経済成長」などの相反しやすいことに向き合い、舵を取れる企業はあんまない。

ではどうしたら良いか?

日本の場合、消費者の意識を変える方が簡単かもしれない。
例えばエコバックって持ってなくても本当微々たるお金しか取られないけど、けっこうな人が持っていたりとか、
ベルマークとかペットボトルの蓋とかって実際どれくらい環境保全に役立ってるかよく分かってないけどけっこう集めちゃってたりとかする。

日本人って、環境や人のためになると言われるとちょっと頑張っちゃうようなメンタリティがあるし、
お得or変わらないならような環境や人のためになる方を選ぶと思う。
だからコスト下げることばかりに焦点を当てるより、売上の一部を環境のために使います!みたいなことを大々的にやっていった方がいいと思う。



不平等な資本主義社会に対して平等なゲームの可能性

資本主義や市場経済においては、あまりにお金のパワーが強すぎて、一旦十分な富を蓄えた人はほとんど転落しない。
そしてお金持ちの家に生まれるかそうでないかで、いきなり不平等な状態で人生が始まる。
こういう不平等なゲームに、そのルールを嫌う人達であってもほぼ強制的にそのゲームに参加させられてしまっているのが現実。

でもその一方でバーチャルな世界で行われるゲームっていうのは皆平等なところから始まる。
そしてゲームって色んなものがあるから、自分が気に入ったルールのもとでプレイすることを選べる。
これがゲームに人がハマる一つの要因であると思う。

だから最近起こり始めているような、仮想通貨やシェアリングみたいなものを通じた新しいコミュニティが増えていけば、お金の物差しで動いている市場経済が相対的に小さくなっていく。

ただしこういう複数の経済圏を同時に実現するのは難しい。
なぜなら、商品と商品の交換比率が違う経済圏が共存してしまうと、安い方で仕入れて高い方で売るという転売が横行するから。
だからといって交換比率揃えてしまったら実質的に経済圏が一つしかないのと同じで意味ない。

そこで鍵を握ってくるのがサービス。
アイテムは転売できるけど、サービスは転売できない。
だからサービスを担うプラットホームで、ゲーム性を持ったコミュニティ(平等で、選べる)を作っていける可能性はある。

先進国の中間層は淘汰されていく

コンピューターの発展や、グローバル化の進展
→データとモノの移転コストが下がる
→企業は新興国のより安い労働力を求めていくようになる
→先進国の中間層は無駄に給料が高い労働力とみなされてしまって必要とされなくなる

特にリモートワークが可能になると、単に出社すればいいわけではなく、その人に何ができるかが問われるようになる。
→会議中にプレゼンテーションも発言もしない人の存在意義はなくなる。
→スカイプ参加でも、与えられた役割をこなし、意見を表明する人の方がプロジェクトミッションの達成に貢献できる。
→優秀な人材が、リモートなどの発展によって移動時間が削られることで、色んなところに関われるようになった。
→中間層いらなくね?ってなってしまう。ただ安い賃金で働くか、高いスキルを持って色んなところで働くかしかなくなってきている。

「お金を持っている」というステータスの大きさ

現状、経済的な成功を測る指標が「お金」しかないから、お金を集める、ため込むことばかりに労力を割いてしまう。

例えば「同業他社の社長が100億円もらっているから、その2倍のパフォーマンスを発揮している自分は200億円欲しい」みたいにして給料が高騰していき、上の人がどんどんお金持ちになって格差が広がっていく。

でも100億円の年収があったとしても、その人達はそれだけのお金を消費とか投資に使っている時間なんてない。
もし使っているのであれば経済が回って、格差が縮小することはあるかもしれないけど、そんなはずはない。
こうやって本来は消費や投資のために存在しているお金が他者との比較のための物差しに使われてしまっている結果、再投資されずに無駄にしている富がたくさんあることが問題。
この100億円が有ればどれだけアフリカの人々を救えるか、どれだけスタートアップ企業がプロジェクトを走らせられるか、計り知れないのに…。

このお金を経済に還元して、回すためには、二つ方法がある。

一つ目は国が税金としていったん取りあげて、再分配を行う。
消費や投資が足りないところに公的な力でお金を回していくという直接的なアプローチ。
でもこんなの期待してても国がやってくれるとは思えない。(だってお金持ちのおかげで政治家は生きているし、自分もお金持ちだし)
実際、日本の現行制度においても、最低生活費として定められた額の生活保障費はあるんだけど、収入があった場合はその分が減額されることになる。
こんなんだと、自ら貧困を脱しようしても、減額されるならいいやって思ってしまって、貧困者が減らず、結局税金も無駄に使ってしまっているという現状もある。

二つ目は企業や経営者の目的意識を変えていく間接的なアプローチ。
社会貢献や、環境保全に熱心な企業を評価し、そうした企業に積極的に投資をすることで市場価値を高めていこうとすること。
そのために必要なのは、短期的な利潤一辺倒ではなく、持続可能性につながるような取り組みを評価する物差しをつくること。

とはいえ資本主義ではお金の力が相当強力だから、うまい仕組みを作らずに理念や理想だけを強調しても、「正直ものがばかをみる」悲劇を生んでしまう。(短期的な利潤を追求した企業が生き残り、持続可能な取り組みをした企業がつぶれるみたいな)
だからそのうまい仕組みみたいなのを作っていかなきゃいけない。
国を挙げてSDGsアワードみたいなのやればいいのにね。
優勝者にめっちゃ賞金みたいな。
クラファンとかでできたりするのかなー。
そしたらそれをもらった企業は一気に大きくなって、株価は一気に上がるから、そこに投資のしがいはある。
あとは持続可能な企業認定して、税金免除とか。


正しいリフレームのしかた

リフレームというのは、相手の否定的な物事の捉え方を肯定的な視点からも見てもらおうとすること。
簡単な例でいうと、「コップの中の水がもう半分しかない」という否定的な文を「コップの中の水がまだ半分もある」という肯定的な文に変換するみたいな。
こういったことによって聞き手に前向きになってもらおうとすることなんだけど。

でもなんでもかんでも肯定的にすれば良いわけではなくて。
否定的な見方をしているのには必ず何らかの理由があるわけで、それをちゃんと聞こうとすることなく、「まだ半分もある」みたいに肯定的に言い換えてしまうとその人の気持ちや考えをないがしろにしてしまう。

ただのポジティブ思考の押し付けは、
「どうしてそんな否定的な捉え方をするんだ。だからダメなんだ」
と言われているように聞こえる。
そうなると話し手は「どうせ話しても分かってもらえない」と思ってしまって、聞き手に対して不信感を持ってしまう。

だから「肯定的な視点からも見てもらえるといいなぁ。でも見てもらえなくてもいい」ぐらいの気持ちで聴くのでいい。
例えば下の例。



このように相手の状態(悩んだり落ち込んだりしている)にまずは寄り添う。
その上で、無理にリフレーム(肯定文への変換)を行わないけど、そういうリフレームをしようと思いながら聞くことが相手に大きな変化を及ぼすことがある。
つまり、リフレームをする時は、聞き手が肯定的に変換してあげるのではなく、
話し手自身の中にある肯定的なものを引き出し、支えてあげようとすることに意味がある。

話し手のキャラクターを尊重する

人は誰でも、場面とか相手との親密度とかに応じた対外的なキャラクターっていうものがある。
それはその人が人生経験の中で学び、獲得してきた「社会的な自分」であって、他人と上手く距離を保ちつつ、人間関係を構築するための道具でもある。
だからこのキャラクターを無理に外させようとするのは相手からしたらストレスで。

例えば普段真面目でおとなしそうに見える人と好きな音楽の話をしていて、
「私はONE OK ROCKが好きなんです。ライブとかもよく行くんですよね〜」
みたいに言われた時に、
「〜さんって真面目でおとなしい人かと思ってたけどけっこうはじけちゃう時もあるんですね!それなら僕の前でもはじけちゃってくださいよ。自分もそういう子の方が好きですし、全然気遣う必要とかないんで。」
みたいな返し方されちゃうと困る。
相手が今この場で自分をどう見せようとしているかを十分に尊重しようとせず、
(意図してやっているわけではないと思うけど)
「自分が相手をこう見たい」と望んでいるキャラクターを押し付けてしまっている。

たしかにその人には、はじけている一面があるのかもしれないけど、おそらく親しい人にだけ見せているだけで、誰にでもそういう自分を見せたいわけではない。
そういう面を見せてもらうには相手のキャラクターを尊重し続け、安心感を積み重ねていく以外にはない。

だから自分のイメージとは違うような一面を見せてくれた時も、特別扱いせず、同じように自然に受け入れていくようなことが大事。