相手のペースや雰囲気に合わせる
単調な相槌は相手に自分の話をちゃんと聞いてもらえてない感じを与えてしまう。
だから相槌は話し手のトーンに合わせる。
相手の話し方に「っ」がついていれば同じように「っ」をつけるつもりで返すとか、
「…」がついているような感じだったら同じように「…」をつけるつもりで返すとか。
すると話し手が、今の自分の気持ちを尊重してくれている、と感じやすい

相手がせかせかと速いペースで話している時、2通りの可能性を考える必要がある。
一つは本当に頭の回転が速い人で、テンポよく会話を進めていくことを望んでいる場合。
その場合はそのテンポを壊さないように自分もテンポよく返す。
もう一つは、本当は速いペースで話すのが得意なわけではなく、ゆっくり話したいのに、緊張していたり、プレッシャーがかかったりしていて速いペースになっている場合。
この場合は最初は速いペースに合わせて、どこかのタイミングでゆっくりペースに誘うようなことをすると良い。
例えば意見を求められた時に
「うーん…そうですねぇ…。ちょっと考えてみてもいいですか?」
みたいな。即答できることであってもあえて間をとる。
こうすることで、相手の得意なペースに誘導してあげる。

話し手が聞き手に好意や信頼感を持つのは、言葉足らない部分を補ってもらったり、的確なアドバイスをしてもらった時より、まず自分の話すペースや雰囲気を大事にしてもらった時。
だから丁寧に答えを出したいタイプの人相手に、「こういうことでしょ?」みたいな先回りして答えを出してしまったり、
「だったらこうすればいいんだよ、違う?」
みたいなアドバイスしたり即答を求めたりするのは最悪。
本当に相手のためになるアドバイスとかは、相手の話をよく聞いてからでないとできるはずがない。
こういうのは有能感を出そうとする気持ちからやってしまうことが多いから、求められていないアドバイスはしないよう気を付けた方が良い。


共感しようとしすぎない
「相手の話に共感しよう」とすることは良いのだけど、あまりにそれが強すぎると、相手の話をちゃんと受け入れる前に共感しようとしてしまう。
つまり、相手の言っていることを理解するのではなく、自分が共感できるような形に無理矢理解釈しようとしてしまう。
こうしてしまうと、「なぜこの人はいつも私の意見を歪めて捉えるのだろう」と思われてしまう。
だからまずは相手の意見をちゃんと受容し、理解してから、自分が共感できるかどうか判断すれば良い。
共感できないことに無理に共感する必要は全くない。

あと、愚痴や不満を聞く時もこれは当てはまる。
まずこの時に重要なのは「相手が今こういう気持ちになっていることは正しい」という肯定的なスタンスで聞いてあげること。
自分にはその気持ちになる理由が分からないとしても、「本人がそう言っているのだなら、そうなのだろう」と信じてあげることが相手を尊重することにつながる。
だから、共感するために自分にとって分かりやすい話になるように無理やり具体化させないことが大事。

そのためには、「つまり」「要するに」みたいな聞き手の都合で強引に整理しようとする言葉とか、
「でも」「しかし」みたいな相手の意見を否定する話が後に続く言葉はなるべく使わないように気をつけたほうが良い。

無理に話を戻さない
話をしている時に、急に相手の話が飛ぶみたいなことってあると思う。
でもそういう時は元の話題にこだわらないということも大切。
なぜなら気持ちを吐き出させてもらって少しスッキリしたからこそ、別のことも話したくなったと考えられるから。
それは自分の傾聴が上手くいっている証拠。

今日は「聞き上手の法則 人間関係を良くする15のコツ」という本から書いていきます。



相手の得意なフィールド(話したいこと)を尊重する

話し手はそれぞれ、会話における「得意なフィールド」を持っている。
例えば仕事の話をするのが得意な人、趣味の話をするのが得意な人、家族の話をするのが得意な人、ペットの話をする人が得意な人など。

こういう相手の得意な話題や話し方を察知し、それを尊重しながら会話を進めることが聞き上手になるためにはとても大事。
なぜならこの得意なフィールドの話の先に、「本当に話したいこと」があること多いから。

悲しい出来事とか、深刻な悩みとか、こういったことって最初から相手に話すことってしづらい。
傷つけられるのが怖いから、相手が本当に信用できる人だと分かるまでは、得意なフィールドに留まろうとしがち。(そっちの方が楽だから。)

どんな人でも、自分にとって大切なことを話したいけど、相手を信用するまでは話したくない。

しかし、相手の得意なフィールドを尊重するってことは意外と難しい。
なぜなら、聞き手も人間であって、自分も得意なフィールドで話したい気持ちと、相手に見下されたり傷つけられたりすることを回避しようとするから。
著者はそれぞれを「承認欲求」と「防衛反応」と呼んでいる。

承認欲求は分かりやすくて、相手が自分のことを気持ちよく語っていると、自分も気持ちよく語りたくなるってのはわかると思う。

防衛反応は、人は得意な話をしてる時ってけっこうマウントとりがちで、マウント取られて見下され、劣等感を感じることがないように先に相手の話を妨害しようとすること。

だからけっこう得意なフィードを巡る攻防みたいなのが行われることがある。
例えばアウトドアの話題が得意な人とインドアの話題が得意な人が趣味の話をした時。
アウトドア派の人が気持ちよくスポーツの話とかしていると、「得意なスポーツはなんですか?」とか質問されると困るから、
「ところで雨の日はなにしてるんですか?私は本を読んで過ごすことが多いんですが読書は好きですか?」みたいな。
アウトドア派の人に自分の話を最後までさせてもらえなかった不満足感とか、読書への苦手意識とかがあるとまた無理矢理得意なスポーツの話に戻そうとする。
「読書は人並みにはしますけど、特に好きというほどではないですね。身体を動かす方が好きですから。ところで、どんなスポーツをされますか?」みたいな。
こういうのってお互いにとってめっちゃ居心地悪い。
けどけっこうな人が思わずやってしまうこと。

だからすべきなのはまずは聞き役に徹し、その相手の得意なフィールドの話を話し切ってもらうこと。
その方が「この人は私の話したいことを存分に話させてくれた。最後まで邪魔をせずに聴いてくれた」みたいな満足感が得られて、
「この人の話も聞いてあげたい」という気持ちになる。

まずは相手がしたい話をしきるまでは聞き役に徹すれば、自分の話したいことを相手に気持ち良く聞いてもらえる。



聞き手は主人公ではない
会話がギクシャクするパターンの一つとして「聞き手が有能感を出そうとした時」がある。
相手が話していることに対して、自分の知識や経験から知っていることがあればその話をし始めてしまうみたいな。
こうなると話し手が主人公であった物語が急にその主人公の座を脅かされて、心を閉ざしてしまう。

もちろん自分の経験や体験に照らし合わせながら聞くこと自体が悪いことではないけど、
「そんなの知ってるよ」みたいな感じを言葉とか態度で出してしまうのはダメ。
「相手の話に出てくるそれについて、自分は一応予備知識は持っている。けど相手の言っているそれは、自分の知っているそれとは違うかもしれない」
と思って聞けば、話し手と聞き手の関係はおだやかになる。






今日は第七の習慣「刃を研ぐ」から書いていきます。

磨くべき四つの側面
人間をつくっている側面として、肉体、精神、知性、社会•情緒の四つある。

まず一つ目の肉体的側面について。
身体に良いものを食べて、充分な休養をとってリラックスし、定期的に運動する。
特に運動は第II領域にある、めっちゃ大事なことだけど、緊急の用事ではないから後回しにされてしまいがち。
「運動する時間なんてない」って思う人も多いと思うけど、「運動せずに良い時間などない」と思うべき。
でないと結局身体を壊したり、病気になったりして第I領域の緊急で重要なことを増やしてしまう。
せいぜい週に3時間から6時間程度はすべき。
それだけで週の162時間から165時間を万全の体調で過ごせるのだから、たったこれだけの時間を惜しむ理由はない。

次に二つ目の精神的側面について。
自分の中心と目的を明確にしておき、度々それを見直すようにすれば、
どんな状況でも平静を保って自分がとるべき選択をとれる。

次に三つ目の知的側面について。
一月に一冊とかからでもいいから本読むとか。
特にこの変化の激しい時代では継続的に学ぶという習慣をつけないと騙されたり、ついていけなくなったりする。
あと本を読む時に気をつけることとして、第五の習慣の「まず理解に徹する」ことをしてみること。
著者が言わんとしていることを理解しないうちに自分の経験に照らして内容を勝手に解釈してしまっては、せっかくの読書の価値も半減してしまう。
もちろん自分の経験と照らし合わせることも、自分に生きてくるけど、まずは何を言いたいのか理解することが大事。

最後に四つ目の社会•情緒的側面について。
これは普段人と接する中で絶対に磨いていかなきゃいけないもの。
相手のことを理解して、Win-Winの道を模索する。
あと、人は人のため、世のためになっていることをしていると思える時の方が、自分のことしか考えていない時より心が安定する。
例えばボランティアみたいなものは典型的だけど。
自分がそう思えるものをちゃんとビジネスにして、仕事にできれば心が安定した生活を送れる。

習慣の重要性

習慣にする=繰り返し行うということ。
繰り返し行う=容易くなるということ。
でもそれは行う作業の質が変わるんじゃなくて、行う能力が増すということ。

人生の中心に正しい原則を置き、行うことと行う能力のバランスを考えて努力を続けていくと、効果的で有益な、そして心安らかな生き方ができる力がついてくる。


今日は第六の習慣「シナジーを創り出す」というところから書きます。

違いを尊重する

よく他人との違いを大事にしろとか、みんな違って皆んな良いみたいなことってよく言うし、
そんなのもう言われなくても分かってるよって思うかもしれない。
けどこれだけ差別はダメだ、平等にしろ!みたいなことが叫ばれている時代でも、本当に他人の違いを尊重することができている人ってほとんどいないと思う。
例えば集団の中で、少し変わったことしている人がいると関わりを減らしたり、避けたりみたいなことってけっこうある。
あとは普通に他人と雑談みたいなことをしていても、趣味とかで共通点みたいなものがあるとすごい盛り上がるけど、違うとそこで話は終わってしまうってことはよくある。

こういうことがなぜ起こってしまうかというと、世の中を「自分のあるがまま」を見ているのだということに気づいていないから。
世の中をあるがままに見ているのだという風に思い込んでいたら、
自分と違う人=「間違っている人」
だからそんな人の話なんて聴くだけ無駄だと切り捨ててしまう。

でも、「二人とも正しい」みたいなことって、論理的にはないことかもしれないけど、心理的にはあり得ること。
例えばトリックアートで若い女性にも老婆にも見える絵ってあったりするけど、これはどっちも正しい。
戦争っていうのも正義と正義のぶつかり合いだし。

物事はあれかこれかの二者択一で決められるわけでもないし、答えは白と黒のどちらかだけではない。
必ず第3の案があるはずだと思えない限り、自分だけの解釈の限界を超えることはできない。

あと余談だけど…
雑談で自分と共通点がないと盛り上がれないってめちゃくちゃもったいないことで。
てかそもそも共通点がある人の方が少ない。
例えばめちゃくちゃ人気で、メジャーな趣味があったとしても、多分国民の過半数がそれを趣味にしているってことはない。
つまり共通点を見出そうとするってのはめちゃくちゃ難しい。

けど違いを見出すってのはめっちゃ簡単。
しかも違うってことは、自分の知らないことを知ってるってことだから、そこから色んな話を引き出すことができる。
学びになるかもしれないし、面白い情報を聞けるかもしれない。
だから違いを見出して、その話を引き出すことに注力した方が絶対話盛り上がるし、仲良くなるし、色んな人から色んなこと聞けて自分にとってめちゃくちゃおいしい。
こういう聞き上手になれると強いよね。

前に進むのに必要なこと
何かを進めようと思ったら、推進力を高めようとしがち。
一般的にこの推進力ってのは、ポジティブな力で、合理的、論理的、意識的、経済的な力が働く。
一方で、その反対に抑止力ってのもあって、これはネガティブな力で、感情的、非論理的、無意識的、社会的、心理的な力が働く。
この上向きの推進力とそれを妨げようとする抑止力とが釣り合ったレベルに現状がある。

だからこの両方に目を向ける必要があって。
特にこの抑止力。
抑止力がある限り、推進力を強めることは難しくなっていく。
バネを押すようなもので、強く押せば押すほど強い力が必要になって、そのうちバネの力に負けてしまい、元のレベルに突然跳ね返ってしまう。
それで「そう簡単には変わらないな」って諦めてしまう人が多いんだけど。

だけど例えば他人と何かをする時とかは、
心を開いて話せるような雰囲気を作って、相手の抑止力となっている問題について話し合うってことはとても大きなシナジーを生む。

だから前に進む力を強くしようということばかりに目を向けるのではなく、何が進むことを妨げてしまっているのかってことに目を向けることもとても重要。




今日は第五の習慣、「まず理解に徹し、そして理解される」というところから書いていきます。

まず話を聴き、相手を理解する
コミュニケーションの手段の基本として、人間には「読む」「書く」「話す」「聴く」の4つがある。
コミュニケーションって人生において最も重要なスキルであると思うんだけど、学校で何年も習って来たのって「読む」「書く」「話す」の3つだけ。
相手の立場になってその人を深く理解できる聴き方を身につけるために、どのような訓練や教育を受けて来たか?
ほとんどの人はないと思うし、あったとしても小手先のテクニックだと思う。
でもこういうテクニックは相手を本当に理解するために不可欠な人格と人間関係を土台としているものではなくて。

相手と良い関係を築くためには、相手が心を開き、信頼してくれるような人格を土台にして、相手に共感して話を聴くスキルを積み上げていかなきゃいけない。 
けっこうこのためのスキルがコーチングだったり、自分が少し前に学んでいたNVCにもめっちゃ含まれていた。
そうやってまずは相手のことを理解しようと努力していくことが、他者と良い関係を築き、相互に依存しないと生きていけない社会で必要なこととなってくる。

自叙伝的反応をしない
自叙伝的反応ってのは、すべての物事を自分のパラダイムのフィルターを通し、自分のそれまでの経験と相手の経験を重ね合わせて理解したつもりになっているような反応。
「その気持ちめっちゃ分かる!俺もこんなことがあってさ…」
みたいに自分の話をしだしたりとか。いや、聞いてねーよってなる。笑
自分が相手の話から感じたことを相手も感じているって勝手に思ってしまう。

これって「自分だったらこう思う」ってことがあたかも正しいことのように相手に押しつけて、自分のことが理解されたいだけ。
だからまあ会話しているようで実は独り言。
相手のことを理解しようとなんてしてない。

この自叙伝的反応でよくあることとして著者は4つ挙げている。

1つ目は評価すること。相手が話し終わらないうちに、自分の価値観で良い悪い、正しい間違っているみたいなことを評価されたら、相手は心を開いてくれない。

2つ目は探ること。相手に根掘り葉掘り質問して詮索されたら嫌。探るってのは自分が求める答えを引き出すまで何度でも質問すること。
だから自分の求めるものに誘導しがち。

3つ目は助言すること。自分の経験からうまくいったことが、相手にも絶対うまくいくって思い込んでアドバイスをする。
相手が助言を求めていないのにこういうことを言われて、そんなの自分には合ってないって思われたら心を開いてはくれない。

4つ目は解釈すること。相手の動機や行動を、自分の動機や行動を基にして説明しようとしてしまうこと。
例えば、「学校が嫌だ」という子供に「勉強がうまくいってないからでしょ」みたいな反応をする親。
子供の話をちゃんと聴くことをせずに、勝手に解釈してしまう。友達や先生との関係のことかもしれないし、他にやりたいことができたのかもしれないのに。
でもそんな反応されたらその後本当のことを言う気にはならない。
だから正しく解釈するためには、例えば「〜ということで合ってる?」みたいな確認できると良いよね。(NVC)

相手の話をちゃんと聴いて、理解しようとする時には、こうやって自分の眼鏡を通して相手を見ていないかを意識する必要がある。

共感による傾聴の仕方
共感による傾聴のスキルの段階は4段階ある。
一番効果の低い第一段階としては、相手の言葉をそのまま繰り返すこと。
これは頭を大して使わなくても誰でもできるけど、相手の話を注意して真剣に聴こうとする姿勢を持つという意味で、これが共感のための第一段階になる。
ex
子「学校なんてもう嫌だよ」
親「学校が嫌なんだね」
親はオウム返しているだけだけど、なんの評価もしてないし、実もして探っているわけでも、助言しているわけでも、自分勝手な解釈をしているわけでもない。

第二段階は自分の言葉に置き換えること。
ex
子「学校なんてもう嫌だよ」
親「そうか、学校に行きたくないんだ」

第三段階は相手の気持ちを言葉にする。
子「学校なんてもう嫌だよ、くだらないよ」
親「なんだかイライラしているようだね」
相手の気持ちよりもその言葉を口にした相手の気持ちに関心を向けている。

第四段階は第二、第三段階を組み合わせたもので、相手の言葉を自分の言葉に置き換えると同時に、相手の気持ちも言葉にする
ex
子「学校なんてもう嫌だよ。くだらないよ。」
親「学校に行きたくなくて、なんだかイライラしているのかな?」
相手が伝えようとしている言葉と気持ちの両方を理解しようとしている。

こうやって、自分が相手のことを理解しているということを伝えるのと同時に、自分が相手のことをちゃんと理解できているか、自分の言葉で言うことで確認する。
こうすることで、相手は話しやすくなるし、相手が自分の気持ちを推測しようとしてくれたおかげで、確かにそういう気持ちもあるかも?みたいなことに気づけたり、自分の考えや感情を整理する手助けにもなる。