最近、ちょくちょく日本在住の若い乙女の方々から
「Settaさんのような添乗員(又は現地ガイド)になりたいんです!」
というお便りを頂いたりするので、
いっちょお話させて頂きたく思います。
以前、随分前に「添乗ネタ」を書かせていただきましたが、
それがいつであったのか探すのが面倒くさいため、
あらすじから。
中学生からの夢:海外を飛び回るレポーター又はフライトアテンダント。
特技:6年生で世界の殆どの国の首都が言える。
(実は小学校で暗記させられただけ。)
私は短大は英文科。元々英語や諸外国の文化に
とっても興味がありました。
21歳から22歳までオーストラリアで
ワーホリを一年経験し日本帰国後、職探し開始。
新聞で偶然「旅行会社の求人広告」を当時の彼氏が見つけ、
今まで何のガイド経験も旅行会社経験もないのに、
無謀にも履歴書を直接持って行って、そのまま筆記テスト&面接。
私が面接を受けた大阪の旅行会社は海外旅行のみ
を取り扱う会社であったので、
筆記テストは、
「世界史」「世界の首都名」「ヨーロッパの通貨単位(当時ユーロではなかった)」
最後にもちろん英語。
面接オンリーとばかり思っていた私はパ二くりましたが、
小学校で無理やり覚えさせられた事が功を奏してか
無事受かり、そのまま勤務。
最初は「旅行業は何ぞや」を学ぶべく内勤2ヶ月ほど。
その合間に海外添乗には必ず必要な「TECSA」という資格試験
を受け、取りあえず合格。
そしてその数週間後、いきなり全く一人で添乗デビュー。
行き先 : トルコ
ええ、ええ、
オーストラリアから戻って間もない若かりし私が、
いきなりトルコ。
おい!
トルコってどこやねーーん!!
そこから始まりました。
いくら世界史&地理が好きな私でも
トルコの印象は最初こんな感じだったのです。
そして、
お客様人数: 大阪のおばちゃん&おっちゃん総勢18人程度。
先輩からのツアー前レクチャー:
「トルコ人ガイド(♂)には
気をつけやーーー!」 (何を?)
「あ、そうそう、それから、
お客さんには、
エルマ・チャイ(りんごティー)がお土産に
ええですよー。って言っといたら大丈夫やわー。
後はどーにかなる。」
先輩添乗員からのレクチャー・・・・
以上。
え??
それだけかいっ?!
基本的にトルコやエジプトでは日本語が話せるガイド
が付くので全く初めての添乗でもあまり心配はないのですが、
先輩が何も教えてくれなかった為、
空港の事やその他国の事など、それはもう、今までこんなに
勉強したっけ?というくらい自分で調べ上げました。
なんせ、空港から現地まですべては自分の責任で
お客様を連れていくのですから。
まー、そんな感じで私の添乗生活は幕を開けました。
このように、
私は高いお金を払って観光専門学校に通ったわけでも
ありませんが、ラッキーな事に添乗員になれました。
しかもいきなり「海外」。まー私にはそれで良かったとは思いますが・・・。
しかし、殆どの場合は「国内から下積み」をするケース
が多いです。会社にもよりますが最低1年程度かも??
私は最初の会社が「海外オンリー」だったのですが
移籍した会社が「国内&海外」両方を取りあつかっていました。
しかし、やはり国内添乗の経験のない私はいきなり海外添乗。
よって残念な事に「温泉ツアー」とか行った事がありません。
その分、おばあ年齢になったら日本国内を旅行するのが楽しみです。
しっかし、国内の添乗員さんたちは本当に大変そうでした。
「私には絶対無理。」と陰から見ながら思っていました。
というのも、やはり日本人(客)というもの、
「自国のサービスにはとっても厳しい」からです。
そして、添乗員はある意味「小間使い状態」とも聞きました。
しかし、皆、それを乗り越えない限りは
憧れの「海外添乗」ができないのでそれだけの為に
頑張っていた姿もありました。
きっと私が国内から初めていたら、
「こんなもん、やってられるか
ー!!」
で辞めていたかもしれません。まじで・・・。
あ、そうそう、国内の添乗員さんは20代の若い人が多いのですが、
オーストラリアやカナダで「ガイドやってましたー。」って
人も多かったです。
ふぅ。
このまま行くと、何冊も本が書けてしまいそうなので、
中途半端になりますが、眠いので・・・・
続く。
クリックプリーズ。