頂上社閉門祭
11月3日は石鎚神社頂上社の閉門祭
石鎚神社頂上社神殿の御扉が閉ざされ、石鎚大神の見納めとなる日である。
そして今回の登拝は先日授かることとなった石鎚山旧三之鎖を背負っての登拝であり
まさしくこの鎖が運び続けた先人すべての想いを担いでの登拝であるm( _ _ )m
この旧三之鎖については先日、この日記に記した通りであり、我が家にとっても最高
レベルでの石鎚山御神体扱いである事は言うまでもない。
そして鎖を担いで石鎚山へ登るなら、自分的に御神像拝戴まで行いたいという想いが
あり、本日が今年最後の御神像拝戴日でもある事から特別な想いでの登拝となった。
今日に限っては信者さんの登拝も多く、白いお山着で登る光景は今も昔も変わらない
すばらしいものがある、しかし先達会符を背負っている信者さん数多く見受けられるも
鎖を背負っているのは僕だけであり、どこに居ても目立つ存在となった (^_^)。
しかし登山道では冷たい視線でも、山頂まで登り詰めれば見る方が見ればこの鎖が
分かる、「ここまでご苦労様です」という数多くのお言葉はありがたいものであった。
そして本日こうやって1本の鎖を担ぎ上げて思ったことは、石鎚山の鎖が既にあったと
される江戸時代の始め車も溶接機もない時代である、そんな時に何十メートルも繋が
る鎖をすべて人力で作りあげ、下界からここまで徒歩で担ぎ上げた先人の想いはどの
ようなものか、まさしく信仰の力とははかりしれないものがあるm( _ _ )m
これは実際に鎖を背負って登拝した経験から生まれる何か特別な想いであり、最後に
思う事は「やはり石鎚山はすばらしい~」という事である。
ここはいつものように
「叶わぬ叶わぬと言う前に叶わぬともとにかく祈れ」と言う事であるが
今日思う事は、また違った意味があるのかもしれない
記念すべき日にふさわしい光景だ
背中には石鎚山 ! !
そして大鎖を背負っているm( _ _ )m
かなり周りの視線は冷たい ! !
鎖を背負っている以上、回り道はできぬ ! !
ひとつひとつの鎖を握りしめ今までにない特別な思いで登る
2の鎖途中から古い型の鎖が現れるのだが
僕が持っている安永8年の鎖とほとんど同じ形状である ! !
「1855年(安政ニ・五・一七)石鎚山二の鎖の切れたるを修復す」
とある事からこの時の鎖かもしれない
2の鎖を登り詰め天狗岳北壁展望地へ ! !
そして3の鎖場へ ! !
今から239年前に人力でこの場に運ばれ再び戻ってきた ! !
「この鎖は210年間、数知れない人々がこの鎖にすがり、
我が(想い)そして(祈り)を運び続けてきた鎖である 」
この鎖をもう一度石鎚山へ担ぎ上げる事は本当の意味で、この鎖に
すがってきた先人すべての思いを背負っている ! !
最後の最後、感無量である ! !
手がキンキンに痛いほど冷たい3の鎖
たった1本の鎖であるが特別な想いである
やっとの事で担ぎ上げた
やはり鉄は重いということがよく分かったm( _ _ )m
そしてこの達成感は自分にしか分からない
11時頂上社閉門祭に参加
そして無事に御神像拝戴まで終わったm( _ _ )m
今も山頂磐座に巻き付けられている旧三之鎖
今日最後の石鎚山は雲の中
今思う事は信仰の力とは、はかり知れないものだm( _ _ )m
「やはり石鎚山はすばらしい」
m( _ _ )m
旅する石鎚信仰者