2015年6月 愛媛県 今治市の石中寺・西条市の石鎚教元宮 | 旅する石鎚信仰者

旅する石鎚信仰者

やはり石鎚山は素晴らしい。

 

今日は前から気になっていた今治市大浜の石中寺、西条市大町の石鎚教

そして途中にある西条市河原津の石鎚神社吉田教会・朔日市の石鎚山常夜灯

更に新居浜郷にある石鎚大神の石碑へ行ってみた。

まずは石土宗総本山石土山修験根本道場石中寺

石中寺は石土山(瓶ヶ森)石土蔵王大権現を御本尊とするお寺で、現在今治市

大浜にあり西之川の石鎚山ロープ乗り場の駐車場上石中寺別院としてあり

石鎚山お山開きの10日間のみ開けられている。

この西之川の別院は昨年のお山開き大祭の時 に訪れ御住職より貴重なお話を

うかがう事ができた。

今治市旦字八ケ谷に新本堂が建設され移設される予定との事で今の内に見に

行ってみた。

そして西条市河原津にある石鎚神社へ、ここは吉田教会という所で石鎚本教の

名簿にも載ってあり今でもかなりの信者さんを抱えている様子である。

立派な禊場がありおそらくお山開き前には使用されているのだろう。

続いて西条市朔日市の石鎚常夜灯へ、この常夜灯は有名で石鎚山関連の書籍

に掲載されているが、常夜灯が建ってある場所は元々石鎚山への上陸地と言う

事であるが昔の活気はまったく無く、ただひっそりとたたずんでいる。

続いて西条市大町の石鎚教本部へ、ここは昭和20年代頃は昭和21年2月設立

の石鎚教々派総本社 (現在の石鎚本教) と肩を並べるほどの規模だった所で

かなりの信者さんを抱えていたところである。

当時は現在の石鎚本教ともいろいろ問題を抱えていたようだが現在ではあまり

名前を聞く事もなくなってしまった。

西之川奥之院の方の話によれば「とにかく昔は信者さんがすごかった」どう

すごいのかは分からないが、とにかく人数はかなりのものだったのだろう。

そして西之川ロープ乗り場にある石鎚山御神像郡を見れば分かるだろう、あれ

この石鎚教が建てたものであり現在も奥之院の方が管理している。

あと香川県三豊市詫間にある石鎚神宮 もここの出先であり、たぶんあそこには

100回ぐらい行った(^_^)。

続いて新居浜市郷の鉾前神社上にある石鎚大神の石碑へ

ここは読者の方から戴いた情報で訪れたのだが元々は鎖が設置されてあった

形跡がある ! ! 今は無くなっていてただ「石鎚大神」と記された石碑があるのみ

だが、ここにこういうものがある理由が一切分からない。

敷地は広いので元々石鎚神社があったのかも知れないがそれらしき由緒も無く

これ以上の事は何も分からない。

こうなると現住民お年寄り聞き込み調査しかないが付近は開拓されそのような

感じの所でもなく、ここはただ石碑があるだけと言う事にしておこう。

 


 

 


 

 

 

石中寺は現在ここにある
 
山すそにひっそりと佇んでいる

小さなお寺だが信者さんはかなり抱えている
不思議と地元ではなく広島を
中心に他県に信者さんが多いと言う
 
本堂奥には住職が住まわれている様子
ここは次の新本堂ができるまでの仮住まいだと言う
石中寺は昭和40年ぐらいまでは今治の中寺に
あったが廃寺となり縁あって無人だったこのお寺に来たらしい
近い内に立派な新本堂へ移るだろう
 
「石土宗総本山石中寺」
左側の札には「薬師如来」と記されている
これはこのお寺の前の御本尊の事である

御本尊の石鎚蔵王大権現を見て拝んでみたいが・・・
瓶ヶ森のお山開きの時に行けば見れる

 石鎚神社吉田教会へ
地図に載ってないがここにある

ここは人が住んでいるよう
「石鎚本教吉田教会」と掛けられている
 
まだ新しい手水舎

これは何か分からない
 
立派な禊場があり実際に使っているよう
 
まだ新しい不動明王と観音菩薩

石鎚神社の東側に山に登っていく道が有る
奥之院があるのかと思い神社の方に聞いたが何もないと言う
 
少し登ってみると神社全体が見える
 
北側の海岸が見渡せる
 
 
そして西条の新堀石鎚常夜灯へ
「朔日市の石鎚常夜灯」とも言う
西条市御本陣川の川尻右岸にある
この常夜灯は有名でよく書籍で見かける

かつては、ここが石鎚参詣の上陸港であった
場所からして特に信仰の強かった因島や福島方面と察する
上部に「石鉄山大権現」
台座には「世話人」「當所本町」「今川屋国蔵」

正面(南面石鎚山方向)上部に「石鉄山大権現」
裏側北面には「天下泰平 国家安全」
西面には「弘化三丙午 五月吉日」1846年ひのえうま
東側には「御武運御長久」
 
火袋の中には何も無い
 
台座北側には「備前岡山」「橋本町大手」「伊部屋永吉」
とにかく福山・備前辺りは今も昔も石鎚信仰が盛ん

元々は賑わっていた所だろうが今はひっそりと佇んでいる
 
西条市大町の石鎚教元宮へ
ここは石鎚山ロープ乗り場に奥之院がある
 
大通りから1本入った所にある
案外知られていないが西之川ロープ乗り場にある
巨大な御神像郡の銅像はすべてここの初代館長が建てた
ものであり今もここの奥之院が管理している

昭和の時代はかなり繁栄していた
近年まで2の鎖元にあった建物も石鎚教の建物であった
以前はかなりの信者にささえられていたと言う

「石鉄神社」とある
 
昭和の始め頃は現在の石鎚本教と肩を並べていたほどであった
そしてどういう訳かこの石鎚教の資料は見た事が無い

ぱっと見た目は石鎚神社と同じである
 
敷地内に有る小さな神社は何か分からなかった
 
続いて石鎚大神の石碑へ
 
石鎚山は地図には載ってないが
石鎚山の石碑は鉾前神社の一段上にある
ここが鉾前神社への参拝道入口
 
手前に線路があり奥に鳥居がある

線路を渡ると山に登っていく道がある
石碑もあるが一切石鎚山の事は記されていない

鉾前神社の右側に入って行く道が有る
 
鳥居か?正面の斜面はいかにも登っていた踏み後がある
 
どうもこの上に石碑があるようで
元々はここを登っていたに違いない ! !
 
右側の階段を登ると
おぉぉぉ~~っ ! !
元々は何か建物があったのだろう

「石鎚大神」とあるので比較的新しいと思う
この石碑は西向きである

 
意味は分るが由緒が無い

手水舎には「昭和廿一年八月」とある

石碑の前に怪しいポールがある
このリングに鎖が取り付けられていたのだろう

見下ろすと下の鳥居である
この斜面を鎖を漕いで登ったのである
「やはり石鎚信仰はすばらしい」
 
 
 
 
 
 
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