おびただしい世界がぼくの隣りを流れて行って

ぼくが一ト鍬畑土に撃ち込むたびに眩暈となって僕を襲って来る

ぼくは掘り起こされてのたうち回ってゐるミミズを見ていて

その歓喜の吐淫色を鵯(ひよどり)が見てゐる

 

ぼくの背中を大きな世界が流れていって

日曜日であったり村や街の風景であったり

戦争であったり

それはブラームスの音律のやうでもあり

それは青い水色になってとめどもなく空に散らばって行って

もう慰めようにもなかった

 

まだ三月なのにめずらしく五月の気温になって

ぼくは上着を一枚脱ぐ、二枚脱ぐ

 

倉石智證

たったポチっとしたこれっくらいのことしか無かったので

とっても恥ずかしく思ってゐる

庭の端っこに佇って何往復かした

たちまち芽が紅く出ているものもあってびっくりさせられる

その批評意識は有意義だと思う

庭の裏に回り

もう一往復しやうと思っているところにようやく送迎車がやって来た

春はこれっくらいのことじゃ間に合わない

ばーさんをスロープに降ろし庭を横切って送迎車に乗せる

まだ少し寒いとばーさんは云ふが

なにもかも観念したままだ

放棄地には梅の花が抛られしままに放恣に咲いて

とってもこれっくらいのことぢゃあ間に合わない

私と妻は人影のやうに門柱に立って

赤々と送迎車のテールランプにふかぶかとお辞儀をする

 

倉石智證

「白梅の明ける夜ばかりになりにけり」

 

なにしてたのって落ちるに任せていた花瓶の花を抱いて

黒い水が流れてゆくのを見ていた墓石を呑み込んで

有線放送が空に突き刺さっていたもうどうしようもないとばかりに

結局はあの女の子はどうしたんだらう声ばかりが残ってゐる

消防士は行ったまま帰って来ないし

家族を車に押し込んで万歳万歳を叫ぶ媼の後ろに迫り来る濁流

みんなみんな降りてゆき海の底ゐへと行きて不帰

 

愛してるって云ったのに

帰って来るって云ったのに

五体満足でなくたっていいのに

天は嘘つきだ

寒い寒い空が割れて

青い空から雪が降ったて来た

 

ば様は車椅子のまま黙祷

 

倉石智證