韮摘む春に爪を汚して───

/希望めく牡丹の芽吹きあからえく

/もっとと云ひ未だとも云はんナツズイセン

/雁首を揃えて仏間落椿

/一本(ひともと)の梅にまつはる一つ家

/芋穴や藁の塒を起きよとて

/穴倉や里芋掘りて種イモに

/ホットケーキ蜂蜜春の調べかな

/初韮を土手に摘まみて鍋の湯気

/もつ鍋や指さす己が腹脂

/故郷は信濃にありて野蒜摘む韮摘む春に爪を汚して

 

倉石智證

2025,3,16内田あぐり『動く人』

 

すると古びたドアが朝に開いていて

すると朝の曙光が部屋に影をつくり

どこかで山羊の鳴く声がして

どこかで追いかけるやうに小鳥たちが鳴いて

挨拶を交わす

 

ぼくたちは元気にしてますが

あなたたちはどうですか

こんこんとドアを叩くと

こんこんとドアが叩き返されて

ドアが大きく呼気をして

あちらにふくらんだり

こちらに凹んだりする

ぼくたちがこちらで食事をしやうとすると

どうもあなたたちは聞き耳を立てて

そんなことでお腹がいっぱいになるわけもありませんが

いきなり不幸になると云ふことでもありません

 

出て行きさへすれば

山羊の群れにも遇えるでしょう

緑の原っぱに

そしてお腹を空かせて待ってゐる

するとひとりのために祈ってはならない

とすると

不思議です

ドアはあちらです

ほんと、金輪際、

人の幸不幸って分かりませんね

 

倉石智證

/食卓に景色に水に春でぶん

春は苦味であったり、

春は潮滴らす貝であったり和布蕪であったり、

新鮮な緑野菜だったり、

妻はずい分奮発したなぁと思いきや、

安いマグロの端のスジ肉を買って来た。

スプーンでトロ肉をこそげて一品に仕立て上げる。

うれしいなあ。

マグロの握りだよ。

/洗車して水温むのを手のひらに

/洗車して梅の花散るいぃむぅなぁ

/小さき子の遊ぶを見れば春の雪

富士見パノラマで。

/先付けてからし菜のあを御用達(ごようたし)

/春は鯛、春は貝やら春は和布、しゃぶしゃぶにして翠滴る

/店先に花の賑ひ春でぶん

春だ春だ、あっちの方では踊り子草が赤紫に煙ってゐるよ。

 

倉石智證