お父さんが、
『なかなか いい あなが できたな』と言うと、
ぼくは『まあね』と言う。
おとーさんは勝手に大分前に死んでしまっているので
そっからの話はふっつりと途切れている。
あんなことぐらいで不良になるわけがないのサ。
誰でも若いころは穴の一つや二つぐらいは掘って
お山の大将力自慢に、
馬鹿みたいに穴の縁に立ってガッツポーズをする
面白可笑しくもないけれど
おとーさんは大分前に当然死んじまっているので
今更褒められるわけもないが
代々穴掘りなんかは続いていて
いつかは自分も穴の底に落ち着いて
ぽっかり空いた空を見上げることになるんだ

1969香月泰男「青の太陽」作者はシベリア抑留者
白い雲がふわぁと流れてゆく
お父さんが、『なかなか いい あなが できたな』と言うと、
ぼくは『まあね』と応えるしかない。
だんだん敗戦日が近づいて来るので───
7/16トリニティで原爆実験
「赤ん坊が生まれた」
とトルーマンは報告を受ける。
7/25ポツダムで日本に原爆投下を指示。
7/26に『ポツダム宣言』を発表。
日本の無条件降伏に拘わらず、原爆投下は先に決められていた。
神頼みの日本は『日ソ中立条約』を頼りに、
ポツダム宣言を無視した。
8/6ヒロシマ
8/9ナガサキ
8/9ソ連の満州等への侵攻
8/14『ポツダム宣言』受諾。
日本全国への空襲は
8/15まで続いてゐる。
ポツダム宣言後、ヒロシマ、ナガサキを含めて
無慮30万人くらいの人命が損耗したのではないか。
“受忍”と云ふ文言である。
国家は未だにその責任を明確にしていない。
倉石智證