おーいと呼べば

はーいと応える

朝はみんないい顔してるね

長雨が続いていたのでみんな飽き飽きしてゐる

畑に下りれば土の匂いがワッとして胸が清々するのだ

家族三人だものそんなに多くは要らない

ところがプチっとトマトはみんな赤いまま罅割れてしまった

おーいと呼べばはーいと応える

みんな清々といい顔してるね

 

トマトは割れてしまったけれど

こんな日はコロボックルを探す

トマトの畝の奥はこんもりと雑草が茂って

蒼く蒼くけむって見える

そんな中から心細げに虫たちが鳴きい出し

コロボックルは悪戯気に赤い目玉を燁(ひか)らす

おーいと呼べばはーいと

もうご飯ですよーって

 

倉石智證

さながらばーさんには故郷はこのやうなもので

山のやうにふくらんだり

手の平に包み込むほどに小さくなったり

目に浮かぶ水張田は夜に

蒼く蒼く

子ぎつねがコン

1982池田遙邨「朧夜」

日本における懐かしい匂いの記憶。

 

明かり障子の窓に

みんなやせ細った膝を抱えて

父の父なるものや

母の母なるものが帰って来るのを

凝っと待ってゐる

 

呼びかけて呼び交わす

呼び交わし呼びかける

このやうに此岸と彼岸が溶けあって

そのやうに人々は故郷へ帰ってゆくのだ

 

家巡りのリハビリで仏壇の前まで来る。

「よく生きてきたもんだよなぁ」、とば様。

「もう苦労したくない」と手を合わす。

ほんたうはば様の頭の中でぼんやりと

どんな思い出や記憶やもろもろの映像が結ばれているのかは知らない。

「台風来氷見のうどんを褒めそやす」

昼食はみんなで頂くのがいいのだ。

翌日は淡々とショートステイに送り出す。

施設の前の田圃は青々と風にさやぐ。

ば様は少し不安げな素振りをする。

 

倉石智證

雨の日はやだね。

訪問入浴。

雨の日はいやだな/雨の日はしょうがない/新聞配達やさんもやだなぁ/通勤の人も/農人も/みんな空を見上げニュースを見るな/それにけふは訪問入浴/今かまだかと庭に待ってゐる/

暑い日もヤダケレド/雨の日も調子が狂う/傘を差しかけても/すぐにシャツの背中が雨だれに濡れてゆく/ホースをいくつも繋げて/ボイラーの温度は39度/髪を洗いますよって/まあ、ば様はいい気持ち/シャワシャワシャワとお湯の音も外まで聞こえてくる/雨の日はヤダね/ば様はお陰で気持ちいいけれど/せっかくの作業の人の麦藁帽も台無しに/タオルもずいぶん濡れっぱなしに/やれやれシャツに雨が沁み込んで/傘を差しかけても役に立たない/雨の日はヤダね/小一時間も、ああば様は気持ちいい/こまめに動き回って最高のチームワーク。さあようやく了となる

/外ではつないだホースも片付けて/庭の紅色の百日紅の花穂の下/ヒューマンサービス───運転席に乗り込んで/さて帰ります/お疲れさまでした。

 

倉石智證