石山の石より白し───

ば様のリハビリ。

/秋の蚊の止まりしとこを叩かるる

/昼寝して夏井(かせい)のなかへ真っ逆さま

/重なりしスプーンみたいリハビリは

ばーさん抱え兵隊さんススメ

妻が前で両手を握り、ぼくがかうして両脇を後ろから支え、

えっちらおっちら家居の中を行進します。

疲れたとば様は、「柱さんお助けください」と柱にすがる。

つい、アヤシイ格好になったわたしとば様でありました(笑)。

/眠るほか甘いものが好き生身魂

フレンチトースト蜜をたっぷり

/ルビー置くこれから作る干しブドウ

/ねこじゃらし一陣風の吹き乱れ

/ゑう無きに風もいやだネねこじゃらし

/朝顔や望郷の雲一筋に

/畝寄せるネギマの間にはほど遠く

/薄の穂黙(もだ)風の筋風の熄む

/飛びっきりの高気圧来い秋の山

/百日紅と百日草の競ひけり

/がん検診弱気になりて義兄さんは死の止まり木の一人二人を

/雲の峰夏を残して崩れけり

/終末のカボチャは蔕を白くして

/トンボうの石に休める所在無さ

/柘榴の実いまかまだかと気を揉んで

 

倉石智證

箸にも棒にもかからんね

犬も歩けばて云ふが

そのお犬様がさっぱりだ

1969香月泰男「青の太陽」

シベリア抑留中も絵を描き続ける。

 

足が棒のやうになった

眠ってはならないと云ふ

縦のものを横にしてはならんて云ふことだ

今では棒は立ったまま眠る

何千、何万て云ふ棒のうなものが非難声明を出す

あの天辺で嗤っているものをなんとかしよう

棒は立ったままでは眠れない

何百と云ふ棒が眠ったまま倒れ始め

それが何万て云ふ数になる

1970宮崎静夫「墓を訪う」シベリアの死者の叫びを描く

14歳で満蒙開拓青少年義勇軍「武装移民」17歳入隊→シベリア抑留4年間

 

花を数えるよりもやさしい

革命だ、と叫ぶ

花の数限りない頸を棒で撃つ者がいて

兵隊から帰って来たばかりだった

赤い花なら曼珠沙華

彼は行き着いた土手で

どうと、倒れる

虫の息になる前に

まったく箸にも棒にもかからんねとは

棒の最後の呟きになる

 

倉石智證

ぼくの場合は妻のお母さんのお兄さんがシベリア抑留に。

まったく運よく舞鶴に帰って来ることが出来た。

夏闌る…

/カネチョロの棲み処はハツユキカズラかな

/蚊に喰はる直ぐに忘れるばーさんの昔のことはほつりほつりと

/朝顔や天に座を占む確かかな

/をんな文字函に認む林檎かなふる里まとめてはないちもんめ

/林檎函にいと涼やかにをんな文字

ふる里まとめてはないちもんめ

/信濃から津軽が届く秋映える故郷の女友達(とも)声は変わらず

/熟しゆく実はよしなにとよしな事

/よく見れば韮に花咲く蟻が来る

/縁あらば他生はみんな畑の中

/ふうらりとぶらりゴーヤの冷や奴

/あからゑく柘榴の実玉青の空

/夕べに呼べば朝にこたえる紫苑かな

/蜂も来てムラサキシキブ色深む

/秋明菊朝清(すが)やかに三つ四つ

/帰り花凌霄花(のうぜんかずら)溽暑ちゅう

/茄子紺はたが云ひせしかそのままに

/薄の穂金波銀波にお月さま

/夏過ぎて林檎病に穴掘りぬ

自宅のリンゴは生らせ過ぎ。

病を得る。

赤星病とか他にも。

穴を掘って墓標に。

 

倉石智證