Manger la vie 「時は命を啖う」(ランボー)



悲しいとかうれしいとかでなく/ほぼ忘れるためにだ/梯子に上ってゐれば高処(たかどころ)になる/微妙な足裏の感覚に神経が張り詰める/チビ松ちゃんを扱(しご)く/五月の翠摘(みどりつ)みからだいぶ経って/ぎゅうぎゅうに育って拳にカタマッタものを剪りほぐす/枯れ色の下葉を指で扱く


/梅木はさらに高く/黒い枝は堅固な城砦のやうだ/幾度が枝枝を跨いで/高きは縮める/徒長枝ばかりか今回は強剪定に/太枝をバッサリ降ろした/糸ヒバはなよなよと誘う/しかし、それがなまめいてなかなか手強いのだ/抛っておいたわけではないが/時には気付いていたのだよ/ずいぶんと葉末が枝垂れてきたなと/梯子に上れば/茶色や黄色になった下葉がイヤでも目に付く/右手に剪定鋏を/両指で扱く、そしてしごく/ほうら気持ちよく梳いて来たではないか

/枝枝から青空が気持ちよく見える
/気持ちよく見える
/気持ちよく見える


/悲しいとかうれしいとかでなく/このくらいの齢になるとどちらかと云うと悲しいが多くて/突然ですが同じ年のトランプが大統領になったこととか/生と死が混在した生身魂が眠りこけているとか/「おいしいよ」って云ってたかと思うと突然ゲロッパ/陰部が痒いとただれてしまった/するとたちまちあんよがマリオネットに/汽車汽車しゅっぽしゅっぽ/ぼくたちムカデの行列リハビリが怪しくなる/ポポー、老衰なのか/新たに何か始まったのか

/世間は至る所病葉だよ/秋雲起こりて/たちまち草木は黄落する/庭前の落ち葉は掃けども掃けども散り敷くばかりだ/で、わたしはまたけふも高梯子を上る/蹠(あうら)に神経を集中させて/目前の枝枝と葉っぱちゃんたちと繰り返しお話を続ける


/かなしいとかうれしいとかでなく/そうすると大方のことは忘我の向かうに行っちまっていることに気付かされる/おおいに、と思う/時間よ止まれ/「Manger la vie 」モンジェラビ/けふ皇帝ダリアがついに三輪咲いたのだよ



倉石智證