一ト筆描きの夜

1985V2020Victoria Trunova『Gardener Girl』
線は不思議だ/まさか一筆描きで線を曳っ張って行ったら/蝉や蝶になった/夏だものね/鳴き声はない/線はそれでもたとへやうがないくらい不思議で
/線をなほも曳っ張って行ったら/波がちゃぷちゃぶ/子供らの浮き輪や草履はどこへ行ったんでしょう/大人たちの背中、とほくに波に帆掛けて/水平線になった
/山を描かなくっちゃね/線を入れると山並み/峨峨として岩稜に風が蹲る/なんでこんなところにこんなにお花さんが咲いてゐるんでせう/花と虫たちと木道と/お喋りまで入れるととっても描き切れない
/人類とか平和とか正義とかを描こうと思ったら/ついに行き詰った/マイクとかプラカードなら描けさうだ/でも何十万、何百万人の足並みは、人々の悲嘆は描けさうもない/人々の暮らし向き、経済指標はなんとか描けたね
/そして最後は此の人たちだ/両手を出しなさい/真っ赤に血に濡れている/王様は裸だ/一筆描きにしやうと思ったらカリカチュアになってしまった/ミサイルがすっ飛んで行った/砲弾は描けなかったが/大砲とドローンは描けた
/一本の途があって一ト筆で進んで行ったらバッかりと穴が開いてやたらと眩しい/生を受けたんだね/太陽のやうな黄金色の夏休み/宿題や勤労/でも生は夏休みのやうに耀やかで短い/そして花市場などの脇を通って/銀河鉄道の夜/やはりその先はあちらの方にずうっと続いていくんだらうか
倉石智證