なんだかんだと言っても、

11月から今までくらいの期間が気持ちの面で

タイにきてから一番きつかったなと振り返る。


そして現在は、人生で一番、

蚊にさされているんじゃないかと思う。

元来、蚊にさされやすいのだが

いまのさされっぷりは比ではない。


こんなにさされていたら、

グレゴリー・ザムザ(カフカ『変身』より)のように

朝起きたら、でっかい蚊になってるんじゃないだろうか。


あらかじめ同僚には

「あたしが蚊になってしまったら代講おねがいします」と伝えておいた。

結構、真剣にその可能性があるのではないかと思う。


それとも、水嶋ヒロ先生よろしく「MUSHISASARE」とでも

表記してみようか。そうすれば少しは格好がつくだろう。

蚊をモチーフにしたおやじギャグとばしたろかこんにゃろ。

蚊をつぶしながら命の大切さを説いたろか。



そもそも、こんなに暑いとまったく12月だという気がしない。


暑くなり、涼しくなり、寒くなり、暖かくなって、

時が過ぎたのを体が感じるんだとすると、

きっと私の体はまだ、季節が過ぎていないと勘違いしているかもしれない。


それでもタイの人は敏感に、少しずつ冬のおしゃれを楽しんだりしている。

曰く、やはり冬だからちょっと寒いとのこと。

私はあまり、その微々たる温度差を感じられない。


日本には四季があり、その移り変わりを敏感に察知してきた民族なので、

繊細な感覚・五感を持ち合わせているんだ、と聞いたことがある。

故にジャパニーズホラーは世界的に成功したのだ、と。


でも、私はむしろこの暑い国で、

微妙な季節の移りかわりを察知するこちらの国の人の方が

五感が優れているのではないかと思ってしまう。


大きな変化より、小さな変化の方が見つけにくい。



そんな国ではや7カ月。


私に起きた小さな変化といえば、

蚊にさされているときに、「あ、さされている」と

わかるようになったということだ。(これまじで。)

ちょっとねぇ、チクっとすんだよねなんか。

人智を超えたなにかに、進化しようとしています私。

そのうち仙人にでもなってしまうんじゃなかろうか。



         ~おまけ~
Thaiのおかしら
       ひゃっほ~い♪♪

















ところ変わっても変わらないものがあるようだ。


気がつけばもう12月。

去年の今頃、私は非常に盛り上がっていた。

修士論文の締め切りや日本語学校の勤務に追われながらも、

クリスマスシーズンはやはり心が躍るものだ。

大学や勤務先からの帰りしな、

寄り道をしてはイルミネーションを見に行った。


1年たって、今。バンコク。

仏教の国でもクリスマスはやるようだ。


いたるところで飾り付け、イルミネーション、

ツリーだチキンだプレゼントだと、盛り上がりを見せている。


ところ変わっても、宗教ちがっても、クリスマスは楽しい。


ご存じ、フューチャーパークのツリー。

(おっきすぎて撮れない!)
Thaiのおかしら

Thaiのおかしら



セントラル・ワールドプラザと伊勢丹の前広場
Thaiのおかしら


広場一帯がクリスマスのイベントのようになっている。
Thaiのおかしら


観覧車があったり、
Thaiのおかしら


人の入れるスノードームがあったり。
Thaiのおかしら


この電飾の使い方…バブル!!
Thaiのおかしら


セントラル内
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かわいい…。特にペンギン。
Thaiのおかしら



インターコンチネンタルホテル

Thaiのおかしら


Gayson前
Thaiのおかしら


高架下にこんな飾りも。
Thaiのおかしら


イルミネーション好きの私は、

土曜・日曜とイルミネーション・ツリー詣を敢行した。


一人で勇み出かけた土曜日。

セントラルのクリスマス広場で写メを撮っていたときのこと。


大勢の人で賑わう中、キレイなそれらを前にしていたら

じわじわと、それでいて猛烈に、「私は一人ぼっちだ」と思った。

胸の奥の奥で、扉をこぶしでドシドシと叩くような強さで

さびしい、さびしい、と思った。


安心されたいのは、現に私は一人ではないということだ。

いくら離れているといっても日本には家族がいるし、

いつでも応援してくれる人たちがたくさんいるのだ。

それに、大切な同僚もいつもそばにいる。


それは百も承知で、

自分が絶対に一人ではないことを、自分が一番よく知っている。


それでも、クリスマスのイルミネーションの中では

一人ぼっちだと思った。そして、それは本当のことだ。


クリスマスがもう世界中の人にとって

キリスト生誕祭りではないのは明白なことで

きっともうこれが例えば

「メリーお釈迦様!」でも

「メリー天照大神!」でも

「メリーペレ!」でもなんでもよいのだけれど、

ただ一つ、家族や友だち、恋人と

あったかく過ごすイベントであるという趣旨は

欠けてはいけないのかもしれない。


それが自分には欠けているのではないか

と、気付いてしまったとき、さびしくなる。


ところ変わっても、一人はさびしい。特にクリスマス。


それでも私はクリスマスが大好き。


日曜日は、ひーちゃん(このブログではお馴染みの、我が同僚)と

再びイルミネーション詣に出かけた。

セントラルの広場でひーちゃんに昨日のことを話したら、

「きみ、ここは一人で来ちゃいかんよ。」だって。ごもっとも。


クリスマスは彼女と2人、

トナカイの角をつけてガイヤーン(タイの焼き鳥)をむさぼり食う予定。



          ~おまけ~

Thaiのおかしら

トゥース!


今学期が始まって数週間。

やっと1週間の仕事の流れにも慣れてきた。


現在は2年生と3年生の文法を担当しているのだが、

中級と中上級なので、教えている方にとっても

教科書のトピックがなかなか面白くて教えがいがある。


2年生が使っている教科書での、今やっているトピックが、

「猫の額」や「猫の手も借りたい」といったような、

動物をつかった慣用句やことわざについての話題。

それらに関するある程度の長さの読解文があり、

その内容に使われている文法項目(文型)を教えるのだ。


授業に入る前10分で必ず聴解力の強化を目的とした

ディクテーションをしている。

私がある程度の文を口頭で言い、

学生はそれをそのままひらがなで文字に起こしたり、

私が質問をして、その答えを紙に書くというのが主だ。


今日した質問がこうだ。

「高い辞書を持っていても使わずに、棚に並べておくだけの人のことを、

日本語で例えて何といいますか。」


答えは、【「猫に小判」と言います。】(完全解答)


だいたいの学生は教科書の内容を覚えていて正しく答えていたのだが、

数人、非常に私のつぼに入る答えが。



・ねこのこばん

(「それ、キミのじゃないよ!ねこの小判だよ!返してあげて!」という光景がまぶたに浮かぶ。)



・ねこを借りる

(「猫に小判」と「借りてきた猫」がまざった模様。)



・ねこのごはん

(=エサ)



・ねこにごはん

(=エサやり)



と、猫まっしぐらな回答。

なんともかわいいwww



タイ語ではどんな慣用句・ことわざがあるのか、

「~ことを/とき、~~と言います」の文型を扱った後に聞いてみた。


日本語の「猫に小判」(または「ブタに真珠」「ウマの耳に念仏」)

と同じ意味のものとしてあるのは、

「サルにダイアモンド」というらしい。なるほど。


また、同様に、

「髪のない人にくしをあげる」。

というのもあるとのこと。うまい!!


他には、

大変な苦労をしたにもかかわらず得たものが小さい、という意味で、

「ゾウにのってバッタをとる。」


人の悪いところを見て自分もつられて悪いことをする、

というような意味で、

「ゾウのウ○チを見て自分もウ○チが出る」

(゜-゜)  イ  ヤ !!


日本人にとって犬や猫が身近な動物であるように、

タイ人にとってやはり象は身近な動物であるので

このような言葉に多く使われているとのこと。


やはり、

言葉を学ぶということは

その国々の文化を学ぶということなのだなぁ、と実感。

もっと文化を伝えられる先生になりたいなと改めて思った一日。


んー、今日はキレイにまとまった!!

キマッタネ!!