ブログをやっている、我々のような一般人の中で、

久しくブログを書いていなかったことについて

「しばらくブログ、さぼっちゃいました><ごめんなさいっ!!」

などと書く人がいて、それを見かける度に、

元来性の根が悪い私は、それは一体誰に対する何の謝罪ですか?と

心の中でコメントをしつつ、ヨクナイネ!ボタンを妄想連打してしまう。


洪水後の私の職場を紹介したブログ以来、ご無沙汰していました。

でも、あやまらないもんね!

だってこのブログはほとんど身内しか見てないんだもんね!

てへ!



恥ずかしながら生きておりました。



洪水で大学の後期開始が2カ月送れたことによって、

後期終了の今月中旬を目指して1月から、

それはもう、教育機関にはあり得ない鬼スケジュールで

ここまで授業をこなしてきた。

我々教員にとっても、なにより学生にとって、

洪水の代償は本当に厳しいものだったと思う。



何度か、引退を決意する力士のような心境で、

「自分、体力の限界でごあす。」と呟いてみたものの

案外、ここまで不戦勝を相手に強いることなく

来週の千秋楽を迎えることになりそうだ。



ということで、そう。

私の、今の職場での仕事も残すことあと1カ月。

授業はあと2コマ(実質一回)。


学生からの「先生今までありがとう・・・」的な空気が本当に辛い!

見送るのには慣れているけど、見送られるのは苦手なんだよぉぉ。。


終わりが見えてきた時期、

私がこの学生たちのためにあと何をしてあげれるのかとか、

何を残してあげれるのかとか考えて少し焦っていたけれど、

今はもうなんか、何もしてあげれなくて当然だ。という心境。


何かを残せるなんて私の思いあがりであって、

今私がするべきことは無事に最後まで授業をし続けることだ。



そんな中でも、授業中の学生の、

「先生、あの、トイレ・・・・、トイレに・・・行き・・ませんか。」の発言

(さ そ わ れ たーーー!)等によって癒され、

やっぱりこの仕事好きだな~~などと実感する今日この頃。



さて、もうひとがんばり。





洪水の影響で、日本に2ヶ月ほど居り、

先日タイに戻ってきた。



私の住む町はバンコクから40分ほど車を走らせた、

ちょうどアユタヤとバンコクの間にある。



日本に帰ってすぐ新聞を見たら、

その町と勤務する大学の名前がでかでかと載っていて、

それでやっと本当に冠水したのだということを知った。



でもなんだか半信半疑で、というよりも、現実離れしすぎていて、

一体全体どんなことになっているのかさえも想像つかなかった。

それが正直なところだ。




一時は2メートルほどあった水も今はすっかりひいており、

ここに戻って現状を見て、やっとこその被害のすさまじさが理解できた。




さて、私はとても元気なのだが、

大学内の様子はなんともはや、筆舌を尽くし難いものがある。




構内をぶらぶら歩いていると目に入るのは、

がれきの山、山、山。


Thaiのおかしら





Thaiのおかしら





図書館では本をせっせと乾かしていた。
Thaiのおかしら






銀行はこんな状態ですっかり使えないけれど、

2階の出張所で営業していて本当に助かる。
Thaiのおかしら






Thaiのおかしら
あれ?ここって何があったんだっけ・・・?






Thaiのおかしら
がれきの次に多いのは、家電や家具の山。

みんなダメになっちゃったんだね。

ていうか、

水がくるってわかってたのになぜそのままにしておいた。

さすがタイ!





Thaiのおかしら
壁という壁に水が来た跡。



Thaiのおかしら
優に私の身長は超えている。






とかげくん(写真下部)に再会!

キミにとったらさぞかし楽しかったろう。
Thaiのおかしら
逆光のため、シルエットでの登場。







セブンイレブンは今日やっと新しいガラスが入った模様。
Thaiのおかしら
          やったね!





住まいの周りはまだこんなかんじ。
Thaiのおかしら




私の部屋は最上階なので洪水の被害はなかったけれど、

電気が止まっていたために、

冷蔵庫がホーンテッドマンションになっていた。


牛乳のプラスチックボトルがぺこっと凹んでいたり、

とろけるチーズじゃないチーズなのにとろけていたり・・・

(最終的には牛乳に戻るのか。万物はすべからく流転するのだ。

深いぞ、乳製品。)


自由研究の題材にできないのが残念なくらい。

カビ学者でも連れて帰ればよかった。





でも、1階は冠水したので床はすべて剥がれ落ちている。
Thaiのおかしら
廃墟のようだ・・・

向こうのドアからふいにゾンビが出てきても驚かないだろう。

奥にあるのは水サーバー。怖くて使えん!





学生時代、草原や砂漠で少し生活したこともあるけれど、

それと比べたら、比較できないほど、まだこっちの方が建物がある。

生活できる環境がある。生きていける場所のように思える。



それなのにどうして、こんなにショックを受けるのだろう。



なにもないところに比べてここはこんなに恵まれている。とか、

なにもなかった頃に比べて今はこんなに便利だ。とか。

現状よりも悪い場合を卑下して、今を乗り切ることは、

前進するにあたって大事なプロセスのひとつだと思う。




でも、案外それはあまり役に立たないのかもしれない。

なくなってしまったものを惜しんだり、

どうしても以前と比べてしまうことは

何も失うものがなかったり比べるものがないことよりも、

はるかに苦しいことなのだろう。



そしてなにより、「自然災害なのだから仕様がなかった」と

あきらめることは、本当に難しいことなのだ。




そんな中でも、こちらの人たちの明るさには本当に救われる。


床の剥がれ落ちた1階で机をひっぱりだして

洪水前と変わらない笑顔で迎えてくれた警備員のおばちゃん。

「ここ、こんなになっちゃたんだぜ~」とニヤニヤしながら

しきりに何かを説明しようとしてくる、たまごやき号のおじちゃん。




私がするべきことは来期の準備だけだけど、

まぁ、がんばるか!





いつまでもショック受けてても、何の腹の足しにもならん。




夕日は相変わらずきれいだし!
Thaiのおかしら




*あくまでもこの現状は私の住む場所のことです。

バンコクは何も変わっていないので、日本人のみなさん、

また観光にじゃんじゃん来て、タイを元気付けてください!

観光客でにぎやかなタイにまた戻るといいなぁ♪







          ~おまけ~


Thaiのおかしら

水に流れ流れて~~の、フィット!

(絶賛スプーンはさまり中。)




避難場所といっても、実家なのですが。


さて、先々月から日本に帰っております。


というのも前回のブログでは

「水と食料備えたから洪水なんてへっちゃらだぜヘイヘ~イ」

などと、ピーヒャララなことを言っておりましたが、

いざ「洪水が来るぞ」「逃げろ」と言われたら恐ろしくなって

しっぽを巻いて逃げたわけです。



でもその後、私の職場・住まいは2メートル級の水深で沈み、

2か月ほど水につかっていたようです。

もしあのとき逃げていなかったら私は2か月、

外に出られず電気も水も使えずの場所で生活をし、

たぶんこんな感じになっていたでしょう。


Thaiのおかしら

   文明万歳!


あと2週間ほどでタイに帰ります。


一足先に職場に戻った先輩からは、水が引いた後の現在、

大学構内はまるで廃墟だという報告をもらいましたが・・・はてさて。

廃墟フェチの私(愛読書:「廃墟本3」)ではありますが、

廃墟に住みたいとは思っていなかったので・・・はてさて。


タイに帰ってからのブログに乞うご期待!

・・・インターネットがつながってたら。