自己責任をとって
行動すると云うことは
貴方が、
責任をもって
行った言動を
他所の誰かが
後から、どのように
捉え、思おうとも
他所の誰かが
貴方の行いを
貴方が夢に描き
想像していたように
受け止めないことに
慌てふためくこともなく
貴方とは違う存在に
貴方が気付き出会い
貴方の見聞、貴方の視野
貴方の世界を広げ
貴方主体の
貴方本位の世界では
気付けなかったことを
貴方が学び
貴方の今後に
活かせる種を
貴方が賜り、
決して、
他所の誰かが
貴方の行いを見て
貴方が夢に描いた通りには
受け止めてくれない人が
ソコに一人でも
居るせいで…と
貴方が他所の誰かに
責任転嫁して
しまうことではない。
貴方のことを
よく知ろうともしてくれず
貴方と云う存在を
軽んじて
貴方を誤解し舐めて
馬鹿にして
貴方が求めるように
貴方のことを見てくれず
貴方が思い描くような
関係性にも
なってくれない人が
ソコに、居るから、
だから…と
貴方が、自ら
ゆこうとする道、
しようとしていた行いを
自ら、断念して
相手に向かって
貴方が、そうしたからと
貴方が思い描くように
接してくれるよう
求めてしまうことでもない。
何時だって
己を挫くは己だけ。
誰のせいにも
出来ないことを
理解出来ずに居る者は
赤ちゃん返りでもして
あの時のように…と
無責任に生きれた時のように
生きたい。と
夢に描き望んでいる。
過去に戻ることを
夢に思い描く者は今、
責任を自ら
一人担って
生きることを畏れている。
子供は真面目で
毎日毎日、偉いよね。
大人なんて、
ほら見てご覧
子供程に勤勉な者は
減ってゆく。
大人は皆
自己責任をとって
生きる分には
どこまでも
自由に生きれるから
子供で居られる間に
投げ出すことなく
逃げ出さずに
友とでも肩を並べ
支え合って
やり遂げて
堪えて生きてこれたなら
後は自分で
好きなように選んだ
在り方に添った
責任を自らがとって
生きてゆくだけ。
他人に背負わせられる
責任なんてモノはないので
何も畏れることはない。
それを畏れてしまうのは
自らが、誰かに
悪いことをしたことを
自覚しながら
感傷や後悔に
浸るばかりで
責任感は感じていると
称することに対し
自らが何の責任も
負わずに、
生きていることを
自らが、心のどこかで
自覚しているからだろう。
何かに対して
最期に自分が
どのような姿勢で
対峙出来たか、
責任もって
接することが
出来ていたなら
自らが、何かしら
果たせたことが
あったならば
他所の誰かが
どのように
受け止めようとも
相手がどのように
受け止めようとも
自らが、責任をとって
生きれていれば
慌てふためくこともなく
自分の人生を
他者に委ねて縋り
誰かを待ち続けることもなく
自らが待っている誰かに
何かを背負わされることを畏れ
身構えてしまうこともなく
淡々と
生きてゆけることが
出来るんだ。