王様の耳はロバの耳 -35ページ目

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


個人の
自業自得な事象を前に、
第三者が
心を痛めることはある。

心を痛めた第三者が、

被るだろう報いから
他者を救い出そうと
動けることは、貴く、

第三者の徳にも成るし
第三者の徒とも成る。

人の有り様は
個人の主観そのもので、

人は、誰もが、
自分が、その立場なら
他者にして貰いたいことを
他者に施し、優しさとする。

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いに
抗うモノ程

自分は、誰かよりも
優しい。と
思い込んでいる。

自身が、他者を憐れみ
差し出す手を
掴み返さなかったり
無視されて

引っ込みつかない
自身のエゴをそのままに
人目や体裁を気にして
怨み言を呟く者は、

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いに
抗って、他者に
救いを求める者に
落ちぶれてしまう。
 
自業自得
因果応報の
何が苦しいと思うのか。

無垢で無邪気な
無知の内は
おしなべて皆、
傷も痛みも穢れも知らず、

そう思うからこそ
第三者は、
先の未来で
自業自得 
因果応報に

傷つき挫かれ
立ち止まり
立ち上がれぬ位の
思いを味わう者の姿を
思い浮かべて心を痛める。

救ってやろうと
差し出す手を
その想いに応えぬ
他者を前にして

灼ける想いに身を焦がし
やきもきし、
愛憎が湧き上がろうとも
自業自得
因果応報。

自分とは違う人間が
自分とは違う道を
歩むというだけのこと。

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いを
背負えてこそ、

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いに
抗い、

迷い、葛藤、苦悩に
もがき苦しみ
湧き出る穢れ、邪念
怨憎に呑まれながら

他者からの施し
救いを求める者の
この現世での有り様が
クッキリ、ハッキリ
見えてくる。

自業自得
因果応報

ただ、それだけのこと。

自分自身が
何を想い
どのように動いたか、
動けたか。

その時、
そう出来た自分に
足りれずには

自業自得
因果応報に
個人が背負い被る報いを
一人で背負えず、欲をかき

自業自得
因果応報に
人は自分自身を苛んで

自分自身を
無駄に孤独を味合わせ
自分自身を苦しめる。

自業自得
因果応報の
理解を深めようとせずに

とってつけた
その場しのぎの
詭弁や理屈を
講じて見せようとも

自業自得
因果応報に
自らが背負い被る報いに
独り溺れ苦しむばかり

自己責任をとって
生きるだけのことを

自分がああしたから
こうしたから、
だから、自分が今、
酷な目に合うのも
仕方がないことだ。と

大層なことでも
自分がしでかして
今、その責任や
報いを背負って
生きているかのように

自分本位で、
自意識過剰で、
自己中心的な
自己主体の夢に浸り
酔いしれながら
隷属的に何を積んでも

何をも
自らが、背負って
生きていることには
成らず、

自分ばかりが
自分本位に
何かを、背負って
生きているつもりに
成ってるだけで、

無気力に
何かを積んだ経験しか
蓄積されず
疲労ばかりが溜って
虚しく疲弊してゆくだけ。

焦れて、
第三者に
不平、不満を抱こうと

鬱憤、鬱積
怨憎、愛憎を
誰に対して抱こうと

自業自得
因果応報
個人が背負い被る報いを
自らが、背負いきれずに
自らが、他者に救いを
求めてしまっているだけ。

自業自得
因果応報
個人が背負い被る報いを
自ら背負えることで
地に足が着き

自らが今、
この現世に
そのように
顕現していることを
知れるだけ。

誰かが、
ソレを見て
どのように思うとも

それは
その誰かの自業自得の
因果と成るだけ。

今の自分を
誰かに、こう思って欲しい。と
自業自得、因果応報の
個人が背負い被る報いを
背負いきれずに

第三者に救いを
求めてしまえば
自業自得、因果応報に
自らに罰を与えるように
生きてゆく。

他者への礼や
他者を敬い尊重するように
自分自身が動けることが

自分自身を
自ら絡み付く柵から
自分自身を救い出し

自業自得
因果応報から
人として解放されてゆく。

人であろうと
努めることを忘れ

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いを
背負えずに、

第三者に
救いを求める者の姿が
実際、この現実世界で
どのような有り様で
存在しているかに
気付けたならば、

特別、憐れな存在でもなく
何処にでも
ありふれている。

そのように
生きることを
当人が今、選ぶなら

それもその当人の
自業自得 因果応報
その当人の人生。

どんな関係性だからとか、
どんな想いを
自分が相手に抱いているからと
絡み付こうとして

応じて貰えたからと
相手が救われる訳ではなく、
自分が救われる訳でもなく、
絡み付けた訳でもない。

ただ、自業自得
因果応報に
個人が背負い被る報い。

今、自らが
背負い、被る報いが
酷に感じている者ほど

あまりに、
安易、安直、不用意に
無責任に
第三者に依存して
事に及んだ者ばかり。

同情、共感
第三者の心を痛め
第三者からの救いを
求める程に罪深く、

自業自得
因果応報
酷な目に合ってゆく。

逆恨みし
第三者に酷な想いを
味合わせようと
いくら試みようとも

自業自得
因果応報
個人の背負い被る報いを
背負いきれずに苦しむは
罪人ばかり。

自業自得
因果応報
個人の背負い被る報いを
背負いきれぬ者など
いやしない。と

他者へ
礼に敬意を払えれば
自業自得、因果応報に
個人が背負い被る報いも
必然に、容易く
納まるようになる。

自業自得
因果応報に
己が弱さに加担すれば
己自身が弱く成り

己が己を律すれば
己自身も強く成る。

優しさとは何なのか。
責任感とは何なのか。
己が背負う責任とは何なのか。
己が器がどれほどのモノか。

第三者に
良く思われようと欲すれば
自業自得 因果応報
己自身の徒と成り
己自身の枷と成る。

己自身に枷を嵌めれば
個人が背負い被る報いも
無駄に酷に感じるだろう。

自分ばかりが…と
思ってしまう者は
自業自得 因果応報

自分本位で
自己中心的で
自意識過剰な
自己主体で我儘な我を盾に
虚勢を張ったことの
因果に見舞われただけだろう。

自業自得
因果応報
個人の背負い被る報いを
一人難なく背負えるか。

苦痛に感じてしまうのか。

どのように思い
どのように生きるか
当人自身が選ぶからこそ

当人自身が自ら招く
個人が背負い被る報いを
一人背負ってゆけるのだろう。