王様の耳はロバの耳 -34ページ目

王様の耳はロバの耳

普段口には、しないで
済んでいることを
こっそりと、呟いて…

人は、誰もが
愚かしくも、
あまりにも、簡単に

与えられ具えていた、
徳や尊厳を自ら失くし
迷ってしまうことを
私が忘れぬ為に書く
普段は口にしないこと。


どこの誰が
どのように
振る舞っていたからと、

自身が、その人を
どのように
捉えることにするかは
自己責任。

自分自身が
人並みの作法を
積む努力を怠らず

自分自身の言動に
自己責任をもって
生きていれば

要らぬ業の報いに
追われることもなく
たんたんと
平坦な道を歩んでいける。

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いを
背負いきれずに

どこの誰かが
こうしていたから、
だから自分は
こう思ってしまって、
こう動いてしまったんだ。と

主張して、
第三者の情けに
縋り乞い
救いを求めてしまう程

人智を得られず
人として
生きることが適わない
憐れな者に映るだけ。

誰かの業を
他所の誰かが
背負い被るのではないか?と

エゴイストは
自業自得
因果応報に
個人が背負い被る報いに
悪夢を見てしまう。

ウッカリ
悪夢に喘いでは、

第三者から、指摘や
注意を受けて

でも・けど・だって…
どこの誰かが
あのように
振る舞っていたから、

だから自分は
こう思ったんだ。と
主張して

第三者の情けに
訴えかけてしまうだけ

自業自得
因果応報の
個人が背負い被る報いに
抗って、

この世で、暗中模索、
迷い、葛藤、苦悩して

自業自得
因果応報に
独り、彷徨ってしまって
いるように映ってしまう。

自分自身の言動に
自己責任をとって
生きることが、出来てやっと
因果に、気付けるのだろう。

他者の因果が報いは
代わりに
背負ってやりたくても
背負えない。

何かしら
施すことが、
自分に、出来たとしても

その施しで
救われるは自分だけだし、

その施しに
自己責任をとれずには
自分自身の徒に成るだけ

誰かの為にと想い動く
自分自身の行いが
誰かの為に成ると
自惚れていては

誰かの為にと想い
動いてやったのに…と
自業自得
因果応報に
自分自身に我慢を強いて、

自業自得
因果応報に
己が背負い被る報いを
自分が背負うことが

思うが儘に
いってないのに…
なんで自分ばかりが…と

自分自身が
狭量と成っていく様を

誰かが、
どのように
振る舞っていたから、

だから自分は
誰かのことを
このように捉え
このように思ったんだ。と

この世界で
主張する程

警報を無視して
中洲に取り残されながら、

自分は悪くないんだ。と
第三者の情けに
訴えかけ、

自身が背負い被る
悲痛な想いを
第三者に迄、味わせ

自らは、ただ
溺れ流されながら
第三者へ

肩代わりの
救いを
求めているように
映ってしまう。

自業自得
因果応報
自らの生成した因果は
他者に移譲することは
出来ない。

たった
ソレだけのことを
自分自身が悟る為には、

自業自得
因果応報に
自らが背負い被る報いの

不平、不満、不服
愚痴を
自らが溢す
己自身の言霊に
流されてしまわぬように

自分自身の言動に
自己責任をとって
生きること。

人並みの努力を
積ませて貰うだけで
何を畏れることもない
人生を誰もが送れるように
成っている。

当たり前の
人の道を妨げるは

自分自身のエゴ。
我、欲、自惚れ。

ウッカリ
誰かのことを
偉そうな奴と
思ってしまえば
自分の負け。

自業自得
因果応報に
自分自身が
要らぬ業の報いまで
背負い被ることに成る。

どこかの誰かが
偉そうな振る舞いを
していたから…と

どこかの誰かの
振る舞いのせいだとか
責任転嫁しながら

第三者の情けに
縋り乞う真似を
自らにさせてしまえば

自業自得
因果応報に
自分が背負い被る報いが
自分自身の首を締め

独り勝手に
己が因果に
追い立てられてゆく。

何処にでもある日常
何処にでもある落とし穴。

気付いたモノが
出来ることは

自分自身の言動に
自己責任をとって
今を生きてゆくだけ。